農業情報研究所

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EU共通農業政策(CAP)改革の内容

農業情報研究所(WAPIC)

03.6.27

 既報(CAP改革交渉が妥結、WTO交渉の弾みとなる?,03.6.26)の通り、26日朝、EU農相理事会が共通農業政策(CAP)の改革に合意した。1月の欧州委員会提案に比べると改革は大きく後退したが、とりわけ農業援助と生産の関連を切り離すという改革の基本方向は維持された。これは援助獲得を目当てに市場動向を無視して生産を拡大するという傾向に一定の歯どめをかけ、過剰生産体質の一定の改善に寄与するであろう。同時に、環境・食品安全・動物福祉の尊重を農業政策の主要な柱に据えるという方向、農村開発政策をCAPの「第二の柱」に据えるという方向も再確認された。EUの中東欧への拡大に十分に対応できるのか、停滞するWTO交渉を加速する要因となり得るのかという疑問は残る。それでも、CAP創設以来の大改革の名に値する改革とは言えよう。

 当初案に比べての最大の変化は、1)穀物部門のデカップリングを75%にとどめたこと、2)穀物の介入価格(保証価格)の切り下げを断念したこと、3)牛肉部門のデカップリングを大幅に後退させたこと、4)酪農部門の改革が予想以上に進められたこと、5)農村開発政策の管理への構成国の関与を強めたように思われること、である。1)と2)は、特にフランス・パリ盆地の大規模穀作農民の利益にかかわり、最終段階でフランス政府を妥協に導いた最大の要因と思われる。3)は山岳地域に多数の繁殖母牛経営をもつフランスを始め、様々な形態の養牛(羊・山羊)が散在する多数の国の様々な利害を調整した結果である。4)は、EU拡大によってポーランド等新たな加盟国からの牛乳が殺到すればEU牛乳市場は崩壊するという危機感を、さすがの閣僚も否定し切れなかった結果と思われる。5)は、恐らく、EU予算への最大の拠出国・ドイツが独自の農村開発政策を強く望んだ結果であろう。このようにして、多様な利害を抱える各国の妥協が成立したものであろう。各国はそれぞれ自国の最低限の利益を守った。しかし、対外的には、貿易歪曲的国内助成の削減では一応面目を保ったとしても、関税削減や輸出補助金削減では困難が増したように思われる。米国やケアンズ・グループの最大の関心である穀物の価格の切り下げに失敗したからある。現行制度では、関税や輸出補助金は内外価格差に応じて変わる。

 すべて文字通りに受け取ってよいかは別として、農業担当欧州委員・フランツ・フィシュラーは次のように述べている(欧州委員会プレス・リリース:EU fundamentally reforms its farm policy to accomplish sustainable farming in Europe,03.6.26)。

 「この決定は新時代の幕開けを画する。我々の農業政策は基本的に変化した。今日、ヨーロッパは新しく、効果的な農業政策を得た。我々の直接支払の大半は、もはや生産と関連しないことになる。それは、農業者に対し、所得を安定させ、消費者が望むものを生産することを可能にする政策を提供する。わが消費者と納税者は一層の透明性を獲得し、マネーの価値を高めることになろう。この改革は世界に強力なメッセージも送る。我々の新政策は貿易に馴染む。我々は国際貿易を大きく歪め、途上国を傷つける旧来の補助システムにサヨナラを告げつつある。今日の決定はドーハ開発アジェンダに関する交渉においてEUに強力な援助の手を差し伸べる。EUは宿題を果たした。今や他の国々がWTO交渉を成功に導くために動く番だ。・・・ボールは、今や高度に貿易歪曲的な農業政策を取り続け、ますますその方向に動いている米国のような他国陣営にある」。

 以下、上記のプレス・リリースが明らかにする改革の内容を紹介する。

 改革の基本要素

 ・EU農業者に対する生産とは独立な単一農場支払:生産放棄を避けるために生産と結びついた限定された要素は維持される。

 ・この支払は環境・食品安全・動物と植物の健康・動物福祉基準の慎重ととともに、すべての農地を良好な農業・環境条件に保つという要件に関連付けられる(「クロス・コンプライアンス)。

 ・一層多くのEU資金、環境・品質・動物福祉を改善し・農業者が2005年にスタートするEU生産基準を満たすのを助けるための新措置を伴う強化された農村開発政策。

 ・新たな農村開発政策の資金を調達するための大規模農家に対する直接支払の減額(「モジュレーション」)。

 ・2013年まで固定された農業予算がパンクしないように保証する財政規律メカニズム。

 ・CAP市場政策の改変:

  牛乳部門のシスティマティックな価格切り下げ:バター介入価格の4年間にわたっての25%の切り下げ(アジェンダ2000に比べて10%の追加切り下げ)、脱脂粉乳については3年間にわたっての15%の切り下げ(アジェンダ2000での合意の維持)、

  穀物部門の月次加算の半減、現在の介入価格は維持、

  コメ・デュラム小麦・ナッツ・スターチ・ポテト・乾草飼料部門の改革。

 一層市場志向的で、持続可能な農業を促進するための単一農場支払い

 様々な共通農業市場組織の下での大部分のプレミアは単一農場支払に置き換えられる。原則として、農業者は2000-02年の基準期間における基準額に基づく単一農場支払を受け取る。

 耕種部門:土地放棄の危険を最小化する必要があると考えるEU構成国は、現在の面積当たりの支払の25%までを生産に関連した耕種部門で維持できる。それに代えて、デュラム小麦追加プレミアの40%までは生産と関連づけて維持できる。  

 牛肉部門:構成国は、1)現在の繁殖母牛(サックラー・カウ)プレミアムの100%まで、屠殺プレミアムの40%までを維持するか、2)屠殺プレミアムの100%までか、それに代えての雄牛特別プレミアムの75%までか、を維持すると決定できる。

 条件不利地域での追加プレミアムを含む羊・山羊プレミアの50%までは生産と関連づけて維持できる。

 酪農部門:酪農支払は、酪農部門改革が完全に実施されたときには、2008年から単一農場支払に含める。構成国はもっと早くからこのシステムを導入できる。

 コメ、デュラム小麦、スターチ、乾草飼料など他の産品には追加特別取極めが適用される(以下参照)。

 構成国は、環境・品質改善・マーケッティングのために重要な特別のタイプの農業の奨励のために、単一農場支払総額の10%までの追加支払をすることができる。

 新システムは2005年から実施する。構成国が特別の農業条件のために移行期間を必要とする場合、遅くとも2007年から単一農場支払を実施することができる。耐え難い競争の歪曲に対処し、国際的義務の遵守のために、欧州委員会は管理委員会手続を通じて必要な措置を取ることができる。

 環境・食品安全・動物の健康と福祉の基準の強化

 単一農場支払及びその他の直接支払は、環境・食品安全・動植物の保健・動物福祉の法定基準の遵守に関連付けられる。このクロス・コンプライアンスは農村景観の維持にも寄与できる。法定基準の遵守義務に違反した場合、危険度や損害の重大性に応じて直接支払を減額する。

 新たな農場助言システム

 システムの設置は2006年までは構成国の任意とし、2007年から構成国の義務とする。農業者のこのシステムへの参加は任意とするが、2010年にはシステムの働き具合に関する欧州委員会の報告に基づき、閣僚理事会が農業者の参加を義務化するかどうか決定する。

 このサービスは、農業者へのフィードバックを通して、生産過程で基準や良好な慣行が生産過程でどれほど実施されているかに関する助言を提供する。農場監査は、標的となる一定の問題(環境、食品安全、動物福祉)に関連する企業レベルでの資材のフローやプロセスの組織的で定期的な現状把握と会計にかかわる。農場監査のための助成は農村開発措置の下で利用できる。

 農村開発の強化

 農村開発のために利用できるEU資金は大きく増え、EU農村開発支援の対象範囲は新措置の導入により拡大される。この変更は2005年から実施する。これらの措置を農村開発プログラムに取り入れるかどうかを決定するのは構成国と地域である。

 これらの措置は、食品の安全性と品質に関する関心への取り組みの改善に役立ち、EU立法に基づく基準の導入への農業者の適応を助け、高度の動物福祉基準を促進する。これらの措置は、持続可能な農業を促進し、ヨーロッパ社会の広範な期待に応えるという目標にとって不可欠な手段であり、CAP改革全体の中心要素をなすとともに、農業者に新たな所得機会を提供する(農業環境サービス、高品質製品の促進とマーケッティング)。

 1.農業者のための新たな品質奨励金

 農産物の品質と使用される生産プロセスを改善し、またこれらの問題で消費者に保証を与えるための計画に参加する農業者には奨励支払が提供される。このような助成は、最大限5年間、年々、1ホールディング当り3000ユーロ(原案では1,500ユーロとされていた)まで支払うことができる。この措置の下で支援された品質計画に拠り生産された製品について消費者に知らせ、またこの製品の販売を促進するための活動について、生産者集団を支援する。

 2.農業者の基準達成を助けるための新たな支援

 環境、公衆・動物・植物保健、動物福祉、職業安全に関する国内立法に未だ含まれていないEU立法に基づく基準の導入に農業者が適応するのを助けるための一時的で漸減的な援助が提供される。援助はフラットなレートで払うことができ、最大5年間の間に漸減させる。援助は年間1ホールディング当り1万ユーロまで払うことができる。

 農場助言サービスを利用する農業者への支援が与えられる。農業者は、このためのコストの80%、最大限1,500ユーロまでの支援を受けることができる。

 3.動物福祉のための農業者のコストの補填

 動物福祉を改善し、また通常の良好な動物飼育慣行を超えることを最低限5年間について約束する農業者に助成を行なう。このような助成は、家畜単位当り年に最大500ユーロまで、この約束から生じる追加コストと失われる所得を基礎に年々支払うことができる。

 4.青年農業者のための投資支援の改善

 青年農業者のためのEU投資援助補助率を引き上げる。

 5.資金(農村開発促進のための大規模農家への直接支払の減額=モジュレーション)

 下の方法で減額。 

予算年度 2005 2006 2007 2008-2013
直接支払額が年5,000ユーロまでの農家

0%

0%

0%

0%

直接支払額が年5,000ユーロ以上の農家

3%

4%

5%

5%

 超遠隔地域(島嶼、海外県など)はモジュレーションを免除。

 5%のモジュレーションで農村開発資金は年12億ユーロ追加されると推定される。

 モジュレーションにより生まれた資金の1%はこの資金が生じた構成国に残され(当初案にはなし)、残りは農地面積、農業雇用、購買力平価による1人当りGDPの基準に従って各国間に配分される。各構成国はそれぞれの国で生じたモジュレーション資金の最低80%を受け取る(当初案にはなし)。直接支払減額は、新規加盟国には直接支払額が正常なEUレベルに達するまで適用されない。

 [当初案で提案された直接支払の段階的削減(調整)は構成国の強い反対で最終的には採択されなかった。しかし、CAP支出の上限が固定されているから、直接支払により支出がこれを超える場合には調整が必要になる。そのために次のような妥協がなされた]

 直接援助の調整は、見通しが与えられた予算年に3億ユーロの余裕をもってこの支出限度を超えないと示したときに決定される。理事会が欧州委員会の提案に基づいて調整を定める。

 市場の安定化と共通市場組織の改善

 1.耕種部門

 1)穀物

 介入価格は現行を維持(63ユーロ/t)。収穫後月々介入価格を引き上げる「月次加算」は現行の半分の額とする。

 ライ麦については、介入在庫のさらなる膨張を避けるために介入システムから除外。影響緩衝措置として移行措置が適用される。すなわち、ライ麦生産が国内穀物生産の5%を超え、かつEUのライ麦生産の50%を超える国は、モジュレーションで浮いた資金の90%が当該国に配分される。この資金の最低10%はライ麦生産地域で支出されねばならない。

 2)蛋白質作物

 生産奨励のための現行の追加(9.5ユーロ/t)は維持され、55.57ユーロ/haの作物特定地域支払に転換。これは新たな140万haを限度とする最大限保証区域内で支払われる。

 3)エネルギー作物炭素クレジット支援

 欧州委員会はエネルギー作物のためのha当り45ユーロの援助を提案。これは150haのEUの最大限面積に適用される。この援助は、加工が保有地上の農業者により行なわれる場合は除き、その生産が農業者と加工産業の契約でカバーされる面積に関して行なわれる。欧州委員会は、エネルギー作物計画の5年間の適用期間のうちにその実施に関する報告を閣僚理事会に提出し、適切な場合には提案を行なう。

 4)デュラム小麦

 伝統生産区域でのデュラム小麦追加金は生産と関連なしに支払われる。 構成国は40%まで生産と関連付けることができる。これは2004年313ユーロ/ha、2005年291ユーロ/ha、2006年285ユーロ/haに定められ、単一農場支払に含まれる。デュラム小麦が支持される他の地域についての現在ha当り139.5ユーロと設定されている特別援助は、2004年から始めて、3年間で段階的に廃止される。

 デュラム小麦が支持される他の地域についての現在ha当り139.5ユーロと設定されている特別援助は、2004年から始めて、3年間で段階的に廃止される。

 セモリナとパスタの生産のための使用に関連するデュラム小麦の品質を改善するために新たなプレミアムが導入される。このプレミアムは、認証された選抜品種の種子を一定量使用する農業者に、伝統生産区域で支払われる。品種はセモリナとパスタに関する品質要求に合致するように選抜される。ha当り40ユーロのプレミアムが現在伝統生産区域で適用されている最大限保証面積の限界内で支払われる。

 5)スターチ・ポテト

 現行政策はスターチ・ポテトの生産者への直接支払を提供している。その額は、アジェンダ2000のフレームワークでスターチ・トン当り110.34ユーロと設定された。この支払の40%(当初案では50%)は単一農場支払に含まれることになる。残りはスターチ・ポテトの作物特定支払として維持される。最低価格は維持される(当初案では廃止とされていた)。

 6)乾草飼料

 乾草の助成は生産者[栽培者]と加工産業の間で配分される。生産者への直接助成は、産業への引渡しの過去の実績を基準に、単一農場支払に統合される。国別のシーリングが現在の国別保証数量を考慮して定められる。

 加工援助は2004/05年、33ユーロ/tとする。

 2008年、欧州委員会は、必要ならば提案も伴う報告を提出する。

 7)コメ

 特に[後発途上国に適用される武器を除くすべての産品を無税・無割当で許す]EBAイニシアティブの影響による市場バランスの安定化のために、欧州委員会は介入価格を一度に50%切り下げ、世界市場価格に沿ったトン当り150ユーロの有効支持価格とすることを提案。介入は年に7万5,000トンまでに制限する。生産者の所得を安定させるために現在の直接援助はトン当り52ユーロから177ユーロに増額する。これは1992年とアジェンダ2000の改革に関係する総穀物補償と均等な率である。このうち、トン当り102ユーロは単一農場支払の一部をなし、現在の最大限保証面積(MGA)を限界とする実績に基づく権利を基準に支払われる。1995年改革の収量を乗じた残りのトン当り75ユーロは作物特定支払として支払われる。MGAは1999-2000年の平均か、現在のMGAのどちらか低い方のものに設定される。

 理事会は、欧州委員会が、コメの拘束関税の修正について、EUの貿易相手国とWTOの枠内で交渉を開くように要請。

 8)ナッツ

 現在のシステムはha当り120.75ユーロ(当初案では100ユーロ)のフラットなレートの年次支払に置き換えられ、国別保証面積に分割される80万haの最大限保証面積について与えられる。構成国はその保証量を柔軟に利用することができる。これは、構成国により、年間ha当り120.75ユーロ/ha(当初案では109ユーロ/ha)まで増額できる。

 9)牛乳

 酪農民に安定した展望を提供するために、改革された牛乳割当システムを2014/15年まで延長する。

 バター介入価格は2004年・2005年・2006年に7%ずつ、2007年に4%、計25%切り下げる(当初案では年7%、5年間で計35%切り下げ)。これはアジェンダ2000での提案より10%高い切り下げである。脱脂粉乳介入価格は2004-2006年に年5%ずつ、計15%切り下げる(当初案では5年間で計17.5%切り下げ)。これはアジェンダ2000での提案と同率の切り下げである。

 バターの買入れ数量限度は2004年に7万トンとし、2007年には3万トンまで減らす。これを超える量については、買入れは入札手続の下で行なわれる。牛乳の目標価格は廃止。

 価格引き下げに伴う補償は2004年11.81ユーロ/t、2005年23.65ユーロ/t、2006年35.5ユーロ/tとする。

 単一農場支払への統合は、構成国が早期導入をしないかぎり、改革が完全実施された後にのみ行なわれる。 

 10)オリーブ油・タバコ・ワタ

 2003年秋に欧州委員会が改革に関する通信を出す。

 なお、改革案原案については、EU共通農業政策改革案に関する欧州委員会メモランダム,03.2.6-7 を参照されたい。