農業情報研究所

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EU:欧州右傾化・米国保護主義でCAP改革に暗雲

農業情報研究所(WAPIC)

02.5.30

 保証価格引き下げに伴う農業者への直接援助を減らし、環境対策から農村地域における非農業雇用の創出に至るまでの農村開発に援助をシフトさせるという共通農業政策(CAP)のさらなる改革は、ひところ、止め難い趨勢であるようにみえた。このような方向に向けての改革は、食品安全・動物福祉・環境保全、間近に迫ったEUの中東欧への拡大、WTOの下での新たな農業交渉という現在のEUが避けて通ることのできない重要課題のクリアに向けて不可欠と考えられたからである。

 欧州全域に広がったBSE危機やイギリスを席捲した口蹄疫は、その究極の原因と評されるに至った集約的農業・工業的農業を助長する既存農業政策への批判を高めた。農業政策の「グリーン化」は、とりわけドイツやイギリスといったEU有力国の左派政権の優先課題となった。

 中東欧へのEU拡大は、なお農業の比重が高い多くの国のEU加盟を意味する。EUの既存の農業者直接援助制度をこれらの国に適用すれば、EU財政のパンクは目に見えている。今年、欧州委員会は、2004年と想定される最初の拡大に向けて、新規加盟国の農業者への直接援助の段階的導入を提案した。加盟候補国は、既加盟国との平等な扱いを強く主張しているが、そのための支払いをしようとする国はどこにもない。当面は乗り切れたとしても、新たな予算が設定される2005-06年には、CAPの抜本的改革が不可避になるであろう。拡大によりEU予算が増大することは、EU財政への最大の寄与国であるドイツが最も警戒することであり、それはドイツが改革(EUが全額負担する市場措置としての直接援助からEUと加盟国の共同ファイナンスによる農村開発援助へのシフト)を主張する最大の動機でもある。

 WTOの下での新たな多角的交渉では、輸出補助金等市場支持のための補助金(現在は農業支出の28%)はもとより、ウルグアイ・ラウンドではとりあえず2004年まで削減要求の対象から外された「ブルー・ボックス」補助金、すなわち価格引き下げの補償措置としの現在の直接援助(62%)も、総攻撃に曝されることになろう。 

 これらの内圧・外圧はCAPの抜本的改革を不可避にするというのが一般的な見方となってきた。既に予算枠が定まっている2006年までは、抜本的改革はないであろう。しかし、アジェンダ2000の改革は、市場の状況を見極め、2002年には中間見直しをすると定めていた。6月に提案されるはずであったこの見直し案は、改革派が抜本的改革の糸口となることを期待してきたものであり、アジェンダ2000の改革案の後退を余儀なくされたEUのフィシュラー農業食料農村問題担当委員も、かねて、この中間見直しを市場措置としての直接支払いから農村新興援助へのシフトと食品安全・環境保護の強化の機会としようとしてきた。

 ところが、フランス大統領選挙における極右の台頭に象徴されるヨーロッパ政治の右傾化と、米国における保護主義の台頭により、改革の前途に一気に暗雲が広がってきた。イギリス・ドイツとともに改革派の最先端を走り、ドイツの改革案を支持してきたイタリアは、ベルルスコーニ政権が誕生すると早速ドイツ支持を撤回した。そのドイツでは、緑の党のキュナーストを食料農業消費者保護省のトップに据え、農業の「グリーン化」(とりわけ有機農業促進)を9月の選挙綱領の中心の一つに掲げるシュレーダー政権の存続が危ぶまれている。フランスは、シラク大統領の改革反対の姿勢は知られたことであるとしても、大統領選挙を控えたジョスパン政府の態度は不鮮明であった。選挙後の新任農相は、早速、フランスの農村振興措置の財源を捻出するための「モジュレーション」措置のモラトリアムを決めた(フランス:政府交代で農政逆戻りの兆しー「モジュレーション」停止,02.5.25)。27日のEU農相理事会では、中間見直しは1999年のベルリン・サミットで定められた(アジェンダ2000による改革CAPの)原則とメカニズム、ましてCAPの基本的使命に手をつけることは一切許さないとし、「現行制度の枠内での援助の漸減(モジュレーション)に反対するフランスの反対も想起させた」(COMMUNIQUES DE PRESSE :Hervé Gaymard a participé au conseil agriculture du 27 mai 2002. A cette occasion, la Grèce a présenté sa position sur la revue à mi-parcours de la PAC. )。

 5月15日にブッシュ大統領が署名した米国の2002年農業法(農業安全保障・農村投資法)も改革の見通しを混乱させる。この農業法による商品プログラム支出は年間150−200億ドルになると予想され、96年農業法が適用される最後の時期に予想された額に対して70%増える(80%という計算もある)。固定支払いは96年農業法による固定支払い(AMTA支払い)を継続するものであるが、AMTA支払いは年々減額され・最終的には廃止されるものであったのに対し、新たな固定支払いは定額に維持されるし、レート(商品単位量当たりの支払額)はAMTAのレートより高い。さらに、AMTA支払い額は、1980年代初・中期の歴史的期間の間に作付された面積とその期間に得られた収量を基礎に計算されたが、新農業法は面積基準の更新(1998−2001年に実際に作付された面積)を認めている。AMTA支払いの対象外であった大豆とマイナーな油料作物にも支払われる。ローン・レートによる不足払い(LDP)も増加する。その上、様々な作物についての農業の全体的所得(販売収益+固定支払い+LDP)が一定の目標価格を下回った場合に支払われる「景況対抗」支払いも新たに導入された(事実上、98年から毎年導入された「緊急」支払いに相当するが、それが恒常化する)。これらの支払いのWTO法上の地位については論議があるかもしれない。しかし、これらの巨額の支払いが市場の指標と無関係な生産を助長し、過剰生産・世界市場価格の低下に導くことはほぼ確実であろう。

 となれば、保証価格引き下げに強く反発してきたEUの大規模生産者の補償要求が強まるのは避けられない。「自由化」は避けられないと自重してきた農業者の保護主義的要求も強まるであろう。フィシュラー委員は、米国農業法によって改革は影響されないと言っているが、中間見直しの基礎をなす市場見通しは、最初からやり直す必要がある。27日の農相理事会で、フィシュラー委員は、市場見通しの見直しのために、6月に予定されたいた中間見直し案の決定を7月10日まで延ばすと表明した(Outcome of the Agriculture Council of May 2002,5.28)。中間見直しが抜本的改革の糸口となるのかどうか、不透明さが一気に増したということができよう。

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