フランス:政府交代で農政逆戻りの兆しー「モジュレーション」停止

農業情報研究所(WAPIC)

02.5.25

 大統領選挙の結果を受け、ジョスパン首相が辞表を提出、フランスに保守内閣が誕生することになった。それに伴い、農業・農村政策変化の兆しが早くも現れた。新農水相がEUのアジェンダ2000の共通農業政策(CAP)で導入された「モジュレーション」の適用のモラトリアムを決めたのである(フランス農水省:Moratoire sur la modulation - Paris le jeudi 23 mai 2002)。

 アジェンダ2000のCAP改革は穀物等主要耕種作物の保証価格を大幅に引き下げるとともに、それによって生じる農業者の所得減少を補償するための直接支払い(所得直接補償)を定めている。ただし、このような支払いについては、EU構成国は経営における雇用数、経営の全体的繁栄度、あるいは経営に支払われる援助の総額に関連して、一定限度内(20%)内で減額できるというシステムも導入した。このシステムが「モジュレーション」と言われるものである。

 左翼の主導で制定されたフランスの1999年農業基本法は、従来の専ら経済的機能(生産・輸出)を優先する農政の基本路線を批判、農業のもつ多面的機能(社会的・環境的機能)の実現を目指した。そのために導入されたのがCTEと呼ばれる契約制度である。それは、多面的機能を実現するための経営全体にかかわる計画を実施する経営者に対して国が報酬(補助金)を与えるという農業者と国の間で結ばれる契約制度である。基本法は、現在はWTOのルールで「灰色」措置とされている価格引き下げに伴う所得損失補償の削減を見越し、このような契約援助を農業者に対する公的援助の「基本的」手段と位置づけた。

 この契約に参加する経営者の経営計画は、雇用の維持や創出・品質や安全性の改善・有機農業への転換・家畜の飼養条件の改善(動物福祉)・生産者経済組織の強化・経営多角化(農村ツーリズム、生産物加工等)・流通の改善・高付加価値化などの経済的・社会的側面と、水質保全・土壌浸食防止・生物多様性の保全・景観保全・自然災害防止・エネルギー消費削減と再生可能なエネルギーの利用などの国土・環境的側面の両面を必ず含まねばならない。それは経営が位置する地域の全体的なニーズや特徴に合わせたものでなければならない。必要ならば、一定地域の経営者が集団で契約を結ぶこともできる。

 フランスは、このような契約援助のための財源を「モジュレーション」に求めた。EUの規則で許される最大限の20%までのモジュレーションを適用、それによって浮いた直接支払いのための財源と国独自の財源によりCTEのために必要な資金を賄ってきたのである。ところで、所得直接補償のための支払いの大部分は大規模耕種農家の手に渡る。モジュレーションの適用は、これら農家が受け取る援助の減額を意味する。パリ盆地の大規模耕種農家の影響力が強いフランス最大の農民組合・全国農業経営者連盟(FNSEA)、それを支持基盤する保守政治家は、もともとモジュレーションやCTEに強く反対、抵抗の姿勢を示してきた。他方、農民同盟等は、モジュレーション、CTEは決して十分とはいえないが、専ら大規模耕種作物と大規模農家を優遇する農業補助金を公平な配分に向けて方向づけるものとして、基本的には支持してきた。

 今回の決定は、穀物価格の低迷のなかで、FNSEAの強い要求に答えたものである。農水省の決定にFNSEAは早速歓迎の意を表明した(Moratoire sur la modulation : une mesure de bon sens,5.23)。他方、農民同盟は、この決定は「40万の経営が何の補償もなく価格低下の影響をもろにかぶっているときに、たった4万の巨大穀物経営者」に手を差し伸べたものであり、農水省は「この決定により、フランス農業者の80%を犠牲に、多数派農民組合が擁護する輸出農業支持」に向かう意志をはっきりさせたと激しく非難している(suspension de la modulation des aides : une décision scandaleuse qui renforce les disparités de revenu en agriculture,5.23)。

 モジュレーションの停止は、フランス農政が99年農業基本法以前に逆戻りを始める兆しとみることができる。しかし、農水相は、CTEについては、多少の手直しはあっても、廃止するつもりはないと言っている(Gaymard n'est pas contre les CTE,Ouest-France,5.17)。ただし、財源については明言がない。モジュレーションの先行きも不透明である。EUは6月に迫ったアジェンダ2000の改革CAPの中間見直しにおいて、所得直接補償の一層の削減と農村開発援助への補助金のシフトを提案するであろう。EUの中東欧への拡大とWTO農業交渉を控え、それはCAP見直しの最重点事項となる。その中で、現在は構成国の任意の措置となっているモジュレーションは、「義務」とする方向も示されている。フランスはCAP見直しに向けてどのような立場を取るのであろうか。イギリスやドイツは上記の方向での改革を推進する準備を整えている(EU:農民補助金改革提案に支持、世界のニュースと論調・2002年5月参照)。大統領選挙で明け暮れたフランスの見直しに対する立場は未だはっきりしていない。しかし、99年以前に逆戻り、専ら量的な拡大を目指するとすれば、現在のEUがそれを簡単に許す情勢にないことは確かである。今回のフランスの決定は、EU内部に大きな混乱を生み出す可能性がある。

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