フランスワイン、米国市場開拓で「産地」表示見直しを模索ー動物の涙の味のカリフォルニアワイン化?

農業情報研究所(WAPIC)

04.6.28

 需要の低迷に苦しむフランスワイン関係者が、世界最大のワイン市場である米国への輸出拡大に活路を見だそう懸命になっている。だが、ここでも、米国消費者が理解しやすい簡明な表示で販売攻勢をかけるオーストラリア、イタリアに遅れを取っている。02年には、米国市場での販売量シェアではオーストラリアに抜かれ、販売額シェアでもイタリアに第一位の地位を譲り渡した。

 この事態に、フランス農業省も昨年10月、米国への輸出業者を援助するための行動計画を策定した。これは、とりわけ、今年5月のラスベガスでの博覧会や6月のシカゴでのワインエクスポ(2年に一回、ボルドーで開かれる国際博覧会の米国版)でのフランスワイン販売促進活動にかかわる。だが、ここでますますはっきりしてきたのが、フランス伝統の「産地」による製品差別化戦略が米国消費者の離反を招いているということだ。ワインエクスポを訪れたフランスのルース貿易相も含め、関係者は、表示の簡明化も含む販売促進策を真剣に考え始めたようだ。だが、伝統の「産地」表示が消えるようなことになれば、フランスのワイン・ブドウ産業は根本的改変を迫られ、ことはビジネスだけでなく、地域の文化・環境にもかかわってくるだろう。この問題は、余程慎重に考える必要がありそうだ。

 農業・農産飲食料品輸出がフランス経済で演じる役割は大きい。フランス農産食料品は、02年と03年、85億ユーロの貿易黒字を稼ぎ出したが、うちワインが稼ぎ出した黒字は53億ユーロで、60%を超える寄与率となっている。フランスワイン公社(Onivin)の統計によれば、02年のワイン輸出額のうち、米国向けは16.4%で英国向けの20.8%に次ぐ。だが、輸出量では7.3%にすぎない。米国向け輸出ワインは超高級品に限られているわけだ。しかし、米国は世界一のワイン市場として、今後も成長が予測される。ロンドンの国際ワイン・スピリッツ・レコード(IWSR)は昨年3月、米国のワイン消費は、98年には1,730ヘクトリットルだったが、07年には2,200ヘクトリットルに達すると予測する研究を発表している。この米国市場への輸出拡大はフランスの重要関心事とならざるを得ない。この目的の達成のためには、中級ワインの輸出拡大が不可欠だ。

 輸出市場拡大は、国内消費の低迷に悩むフランスワイン・ブドウ生産者の重大関心事でもある。フランスの国内ワイン消費は60年代以来、減少するばかりだ。Onivinの分析によれば(La comsommation de vin en France)、フランス人は、60年代初めには年間4,600万ヘクトリットルを消費したが、20年後には4,300万ヘクトリットルに減り、01-02年には3,400万ヘクトリットルにまで落ち込んだ。年一人当たり100リットルを飲んでいたのが、58リットルしか飲まなくなった計算になる。理由はワインを好まず、まったく飲まない人が増えたということだ。飲む人でもたまにしか飲まない人が増えた。95年以来、まったく飲まない人の割合は安定したが、たまにしか飲まない人は増えつづけている。ビールやソフトドリンクなど、競合飲料を好む人が増えており、先々も消費回復の見通しは立たない。ワイン・ブドウ産業の維持・発展のためには、輸出市場、とりわけ米国市場の拡大が重要課題になるわけだ。

 しかし、米国市場では、現在のような「産地」による差別化、統制原産地呼称(AOC)のような複雑なシステムがあるかぎり、オーストラリアなど新興ワイン生産国に太刀打ちできないだろう。20日からシカゴで開かれたワインエクスポで、このような声の大合唱が起きたようだ。フランスのAgrisalon.comは、シカゴのワイン・エクスポで、フランスのワイン生産者は、何年も前から始まった米国への販売の低落を止めたいなら、表示と販売の仕方を緊急に変えねばならないことが確認されたと報じている(Les vins français victimes d'une mauvaise commercialisation aux Etats-Unis,6.21).。

 この報道によると、”Wine Advocate”の編集者で、著名な「ワイン・バイヤー・ガイド」の著者でもあるロバート・パーカーは、フランスワインの販売方法を厳しく批判、高級ワインの需要は伸びているが、中級フランスワインの販売はここ数年、大部分のアメリカ人消費者が産地の違いを理解できないために伸び悩んでいると語った。品種によってよりも、ブドウ園の場所によってワインを差別化する多数のマークやAOCワインの複雑なシステムのために、多くの消費者がフランス製品に背を向けているのだという。ワインエキスポの会長であり、トップクラスのボジョレー取引会社社長でもあるジャン・マリー・シャドロニエは、「我々は平均的消費者が理解せず、関心ももたない言葉で話す。彼らにアクセス可能な何かを、・・・数千ものマークや小さなシャトーではない何かを提示せねばならない」と語った。

 パーカーは、「米国消費者は、スーパーでブドウ品種を見てワインを購入する。平均的消費者にとって、AOCは何も意味しない」と強調、フランスの生産者が表示に品種を書き込む世界の生産者にならうべきだと言う。その彼も、「表示は短期的解決策」であり、「最善の解決策は、与えられた価格で、できるだけ優れたワインを壜詰めすることだ」と認めるが、「しかし、フランスワインの生産者は、他の地域のワインの方が近づきやすいために、販売のレベルで打ち負かされる」と警告する。彼は、とくにオーストラリアのイエローテイルとイタリアのサンタ・マルゲリータの例を引き、「イタリア人とオーストラリア人は、ワインの販売の仕方」を称賛、米国で成功した販売戦略を取ったフランスのマークは、有名なボジョレー輸出業者の“Georges Duboeuf”だけだと指摘した。英国の「デカンター」誌の出版部長のサラ・ケンプは、「オーストラリアではワインの90%が4つから5つの巨企業を通じて販売される。これにより、販売は非常に有利になる。ボルドーを見ると、1万2000もの生産者がいる」と指摘した。

 フィナンシャル・タイムズ紙によれば(French winemakers plan to woo America,Financial Times,6.24,p.7)、エクスポを訪れたルース貿易相は、「フランスワインが直面してきた問題は“フランス・バッシング”(⇒ボルドー・ワインを河に流す米国市民、世界は対立と分裂に進む?,03.4.28)ではない。それは、もっと前、オーストラリアワインが非常に攻撃的な販売活動をしたときから始まっている」と応えた。彼は、フランスワインは、ブドウ園が余りに多いために販売が難しい、「オーストラリアワインは、たった一つのブランドしかないのだから、フランスワインよりも理解しやすいだろう。わが国にはたくさんの地域ブランドがあり、すべてのワインの間にどんな違いがあるのか、人々は理解できない」と語ったという。フランス政府が一部資金を提供するワイン販売機関・Sopexaのグレグ・デリグディッシュ米国販売部長も、「表示」の簡略化を通じてフランスワインを「分かりやすくする」努力が進行中であり、 「表示がフランス語なのだから、平均的アメリカ人に分かりにくいのは認める。これはビールとソーダの文化ではなおさらだ」と語った。

 確かに、原料品種名でのみ製品を差別化する米国やオーストラリア流の表示に比べれば、フランスワインの表示は分かりにくいかもしれない。下に、カリフォルニアワインの中心的生産地の一つであるソノマ郡の製品とフランス・メドックの表示の例を示す。

RAVENSWOOD

VINTNERS BLEND

2002

CALIFORNIA

MERLOT

MAISON

DELOR

DEPUIS 1864

Medoc

APPELLATION MEDOC CONTROLEE

2001

SELECTIONNE ET MIS EN BOUTEILLE

PAR DEROR A PAREMPUTRE-GIRONDE-FRANCE

 だが、フランス語を解さない消費者にも、「メドック」と称するワインの産地が、フランスのジロンド県のPAREMPUTREと言われる場所であることは分かるだろう。少なくと筆者には、このことから無限の興味が湧いてくる。ここはどんな土地なのか。ワインの品質に直結する土壌や気候はどのようなものかというだけではない。この土地にはどんな歴史があるのか。このワインを作り出すだめに、人々はどんな努力をしてきたのか。いまもどんな努力をしているのか。人々は、どんな風景のなかで、どんな風に働いているのか。ブドウ栽培地、急傾斜地に石を積んで造られた段々畑(テラス)であったとすれば、このワインは数百年にわたる農民たちの、なみなみならぬ血と汗の結晶だと感得する。このワインには、このような「コク」が生じるのだ。だが、米国流表示は、こんな感懐、コクとはまったく無縁だ。

 産地が無数にあり、それがいちいち表示されるのは、それぞれがかけがえのない地域の風土・伝統・文化・生活を誇っているからだろう。ワイン造りは、ここでもビジネスには違いないが、単なるビジネスではない。このようなワイン造りは、地域の特徴の基礎をなす伝統・文化・自然・生物多様性を壊すわけにはいかない。だが、単なるビジネスと化したワイン造りは、販売拡大の邪魔となる一切を破壊する。6月21日付のワシントン・ポスト紙が、その好例を取り上げている(Calif. Wine Cuntry Clashes With Ecosysytem,The Washington Post,6.21)。カリフォルニア・ソノマ郡では、シャルドネとカベルネの人気に支えれられ、可能な限りのブドウ園拡張が行われてきた。そのために、風光明媚な谷を縦横に走る河、小川沿いの野生動物の「回廊」となるオークの森林が侵食されているという。

 野生動物の専門家や環境問題研究者によると、これらの川岸は、農民や野生動物に水を提供する以上の、生態系にとって複雑で非常に重要な役割を演じている。ブドウ園の拡張は、食糧・繁殖・季節的移住のために必要な動物の棲息地を壊し、不毛な土手からの侵食を増し、流れへの汚物排出を増やす。川岸地域は、ますます分断される景観のなかで野生動物の楽園として役立つ未開発オーク林を連結する唯一の回廊をなしている。北部カリフォルニアでは、灰色グマや狼は姿を消したが、ヤマネコ、キツネ、コヨーテのような生残った動物も、ブドウ園拡張で脅威に曝されている。川岸近辺は、カリフォルニアの爬虫類の半分と両生類の4分の3を支えている。ところが、ソノマは、川岸棲息地の70%から90%を失った。

 彼らは、回廊を広げることは、洪水防止、地下水水質保全、魚の繁殖、野生動物生息数増加など、多様な利益があると言う。ブドウ園所有者は野生動物に悪影響があるという証拠はないと言うが、彼らは、川岸とブドウ園との距離が2,200フィート(1フィート=30.48cm)の幅の「広い回廊」(5ヵ所)では、幅65フィートの「狭い回廊」(7ヵ所)、ブドウ園が川岸に20フィートまで迫った「裸地回廊」(9ヵ所)に遠隔操作カメラを設置して調査した。ヤマネコ、キツネ、スカンクなどは広い回廊で一番頻繁に見られた。動物は狭い回廊の2倍、裸地回廊の3倍の頻度で広い回廊を利用していた。

 現在、サノマ郡は、ブドウ園を岸から25-100フィート離すことを義務付けている。これでは狭すぎると郡当局も認め、住宅開発など非農業用途については、脅威に曝されているギンザケの故郷であるロシア河でこの距離を200フィート、その他の川では100フィートに増やすことを提案している。しかし、ブドウ園を含む農業用途ではその半分の距離でよいとしている(侵食の恐れが強い傾斜地では100フィート)。研究者はこれでも大型捕食動物には不十分と言うが、この提案はブドウ園所有者の激しい反対に出遭っている。

 カリフォルニアワインを飲むとき、我々は追い詰められた動物たちの涙の味を感じなければならないのだろうか。ビジネスとして成り立たないかぎり、何らかの変革は必要かもしれない。しかし、地域の「誇り」を棄てさせるような改変だけは、何としても回避してもらいたいものだ。飲む方としても、「フランスーカベルネ」だけでは、余りに味気ない。

 関連情報
 フランス:ブドウ・ワイン産業の構造変化ー国際競争激化で「品質」に賭け,02.11.19