欧州議会、公正な農家所得安定策―競争力と多面的機能を両立させるCAPを要請

農業情報研究所(WAPIC)

04.2.10

 EU各国閣僚(閣僚理事会)とともにEU政策決定の一翼を担う欧州議会の農業・農村開発委員会は、先月22日、「共通農業政策(CAP)の目標の一つは、依然として農業人口の公平な生活水準の保証とEU領土全体における農業活動の維持のための所得の安定である」とする報告を採択した。EUは92年のCAP改革以来、いわゆる農業の「多面的機能」に基づく「ヨーロッパ農業モデル」を追求してきた。昨年は、そのための中心的手段としてきた「直接援助」の大半を生産から切り離す改革(デカップリング)を導入した。この報告は、この導入を受け、農業者の所得の観点から、CAPの目標として定められた「競争力」強化と「多面的機能」維持という目標が両立できるかどうかを問うものである。ヨーロッパ農業モデルの将来はこの問題への答えに大きくかかわっている。

 報告は、大部分の農家が持続可能かどうかを知るための唯一の信頼でき、利用できる指標は、依然として所得であると確認する。農業者の仕事と生活を可能にするのは所得である。個々の農家は適切な所得がなければ消滅に向かい、経営集中・農村地域の過疎化・遠隔地域や条件不利地域の放棄に道を開く。だが、現在の政策、昨年改革された政策でもこれを防ぐには不十分だと、新たな価格・市場政策と農村開発措置を含む適切な直接援助政策の早急な確立を要請している。

 95年から02年までのEUの農家所得は、平均して7%増加した。所得安定という政策目標が達成されたかに見える。だが、実際の状況はそんなものではない。国・作物・生産者の間での大きな格差があるし、所得が維持されたのは、生産単位の拡大・農業活動の集約化・多角化とともに、兼業化とパートタイム労働の拡大などによるものだった。一部農家は資本の取り崩しや家計費節減のような短期的手段によってしか生き残れなくなっている。報告は、将来、ヨーロッパは、このタイプの構造調整に頼ってその農業を保護し、その農業モデルを発展させることはできなくなるだろうと言う。

 所得に影響を及ぼす重要な要因の一つ、市場であり、価格水準を通じて所得に影響を及ぼす。この価格は市場の開放度、需給バランス、品質、製品の加工度、部門の組織化、大規模流通が大きな役割を演じる販売経路など、多様な要因によって変動するだろう。95年から02年までに、生産者価格指数は1.1%低下する一方、消費者価格指数は95年から01年までに10.8%上昇した。農業生産性上昇の利益を手にしたのは、全体的に見れば農業者以外の部門・経済であった。

 92年以来、直接援助も農業所得に決定的影響を及ぼすようになった。昨年の改革前、それは課税前所得の56%を構成するまでになっている。だが、その最大の特徴は、極端な集中と不公平である。土地の59%、農業従事者の25%を占める20%の農家が、直接援助の73%を受け取っている。ヨーロッパ農業モデルの発展を求めるならば、EU全体に広がり、多面的機能の要請に応える広範な農業人口が受け入れることのできる所得をどう生み出すかこそが問題である。また、多面的機能実施に伴い生産コストは上昇するだろうし、定められた来るべき10年の予算シーリングは減少することになっているから、このモデルの将来は暗い。

 かくして、報告は、EU内のできるかぎり多数の家計の所得を保護する制度的価格保証と域内市場の需要に基づく生産量調整が不可欠だと言う。もちろん、従来のCAPの基本的所得保証手段をなしてきた高い制度的コスト・生産の全面的統制・厳しい国境保護に基づく価格・市場政策は競争力強化にも、多面的機能の要請にも応えられるものではなかったし、国際環境からしても非現実的である。品質政策も品質が競争力の一要素であるかぎり、十分な所得保証の手段とはなりえない。したがって、一層市場指向的である一方、セーフティーネットと追加的危機管理策を通して最低限の所得を保証する競争力と多面的機能を両立するための新たな価格・市場政策が望まれると言う。この政策は、品質改善を奨励するとともに、生産・加工・流通間での付加価値の公平な分配を確保するためのEUによる部門別契約の促進に補完されねばなtらない。

 他方、直接援助は多面的機能に焦点を当て、農業の非商品的生産物(景観、土壌保全等)に報酬を与え、またEU領土内全体のできる限り多数の農家の存続を確保せねばならない。昨年の改革によってこの方向に大きく前進したが、なお不十分と厳しく批判する。

 改革は「デカップリング」により、農業者間で移転可能な面積当たりの援助受給権を与える「単一農場支払い」を導入したが、これはよほどの注意がないと危険であると言う。それは土地投機を昂進させ、新たな世代の農業参入やとくに条件不利地域の多くの農業者の生き残りを阻害する恐れがある。さらに、農業経営集中の過程も鈍化しそうにない。したがって、援助受給権はヨーロッパ全体でもっと広く配分されねばならないし、一層厳格なコントロールが必要だと言う。

 単一農場支払いは不公正で、ときに正当化もされない。すべての農業者が多面的機能の尊重を期待されているが、予算はすべての農業者をカバーしていない。その上、過去の実績―2000-02年の面積―に基づく援助額の計算は本質的に不平等なものだ。予算がますます制約されるようになる公共政策に依存する多面的機能の要請を満たすために、この点の是正は緊急を要し、それぞれの状況と無関係に、すべての農業者を援助の恩恵に浴させねばならない。これは、ヨーロッパ農業モデルへの欧州市民と国際社会の信認を長期にわたって持続させるための前提条件である。

 改革は直接支払いの一定割合を減額して農村開発措置に当てる「モジュレーション」の制度の義務化も決めたが、その再配分効果はほとんどない。価格・市場政策としての直接支払いの予算の僅か3%に相当する12億ユーロ(約1,600億円)が再配分されるにすぎない。これでは、所得格差縮減により社会的結束の強化にも寄与すべき農業の多面的機能には何の役割も演じることができない。したがって、国土と雇用に基づく直接援助の一層バランススが取れた配分方法を確立し、単なる過去の実績を基準とする援助から離れるために、モジュレーションの率を引き上げ、メカニズムを修正すべきである。

 農村開発措置は、とくに予算の制約から、既存の措置に品質改善・基準遵守・動物福祉改善が付け加えられただけだが、これらに限定できるものではない。予算の制約の問題は別としても、援助の条件として課されるものを超えた基準を自主的に満たそうとする農業者の多面的機能に酬いることに、一層多くの財源が向けられねばならない。そうすることで、この形の援助は、単にコストを償うだけでなく、多面的機能の真の刺激要因、そして追加的所得源となすべきである。この援助は、関係地域、個人、集団の農業活動のタイプに適合させねばならない。同時に、利用可能な資金が複雑な手続のために十分に利用できなくなっている。この簡素化は不可欠であり、拡大ヨーロッパでは一層重要になる。現在のルールでは、EU資金の援助は相応の国の援助に追加される「共同ファイナンス」の形でのみ行われる。そのために、十分な財政支出能力のない貧しい国が十分なEU援助を受けられなくなっている。国家負担を減らすための共同ファイナンスのルールの変更がなされねばならない。

 報告は、競争力と多面的機能の両方を追う現在のCAPの正当性と必然性を認めながら、その実現がいかに困難であるかを強調する。そして、昨年の改革は「正しい方向」に見えるとも言う。だが、それによって期待される変化を十分に実現できるとする幻想を抱いてはならない、現在の不安定で混乱した国際環境(WTO等)と差し迫ったEU拡大を考えれば、とくに価格・市場政策と、農村開発次元で補完される公共援助政策に関連する決定のために残された時間は少ないと警告している。

 関連情報
 EU共通農業政策(CAP)改革の内容,03.6.27
 
EU共通農業政策改革案に関する欧州委員会メモランダム(その2),03.2.7
 
EU共通農業政策改革案に関する欧州委員会メモランダム(その1),03.2.6

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