ヨーロッパ小農民、別のCAPを求めて国際的運動を始動

農業情報研究所(WAPIC)

04.5.21

 EUは24日、25ヵ国に拡大後初の農相理事会を開いた。主要議題の一つがWTO農業交渉とメルコスル(ブラジル、アルゼンチンを中心に構成される南米共同市場)との自由貿易協定(FTA)交渉だった。

 WTOドーハ・ラウンドを「EU貿易政策の核心」と位置付ける欧州委員会は、何があってもこれを成功させねばならないと、EU農産物市場のとりわけ途上国への一層の開放を追求している。成功へのカギを握ると見られるブラジルを引き込むために、メルコスルとの交渉では、大幅な市場開放を提案している。24日に行われた提案では、メルコスルの農産物輸出の99%を自由化(関税撤廃か特恵供与)、うち87%は関税を撤廃、残りは関税削減(50%)か関税率割当で新たなアクセスを与える。これはドーハ・ラウンドを絡めなければ、半分の譲歩で済むはずと言われている。フィシュラー農業担当委員は、EU農民も利益を受ける、特にワインの輸出は拡大、EU産品の地理的表示も適切な保護が得られると言う。だが、それでもメルコスルの色よい返事は受けていない(Fischler défend face à la France l'offre "équilibrée" de l'UE au Mercosur,Agrisalon,5.24)。

 EU農民の間には、逆立ちしても太刀打ちできないメルコスルの安価な輸入農産物の洪水への恐怖が広がっている。南米のトウモロコシ輸入の増大はヨーロッパの飼料用小麦に重圧をかける一方、ブラジルのバイオ燃料への関税撤廃は、欧州で漸く育ち始めた燃料用バイオエタノール部門の発展を挫くだろう。砂糖、牛肉、豚肉、鶏肉部門は破滅的打撃を受ける可能性もある。このことあるに備え、EUは、農業者を市場の荒波に放り出し、EU市場・世界市場で競争力を高めようとする共通農業政策(CAP)の改革を決めた。競争力強化と農業者の所得維持を両立させるためと、生産から切り離された直接支払いを導入したが、それで目的が達成できると考えるのは楽観的にすぎる。欧州議会でさえ、改革CAPも、経営集中・農村地域の過疎化・遠隔地域や条件不利地域の放棄に道を開くと、新たな価格・市場政策と農村開発措置を含む適切な直接援助政策の早急な確立を要請している(⇒欧州議会、公正な農家所得安定策―競争力と多面的機能を両立させるCAPを要請,04.2.10)。

 この状況のなか、フランスの農民同盟(CP)や家族経営擁護運動(MODEF)を始め、ヨーロッパ諸国の小農民組織で構成されるヨーロッパ農民共闘(CPE)が24日、米国の全国家族農民連合(NFFC)、ブラジルの土地無し農民運動(MST)、西アフリカ農民・生産者団体連合(ROPPA)、ヴィア・カンペシーナなど、世界の8組織とともに、農相会合が開かれるブリュッセルで、CAPの変更を求めるヨーロッパ・国際レベルのキャンペーンを始動させた(CPE Press Releaqse:Launching of an European and international campaign To change the European agriculture policy)。

 その声明は、「EUは、国際的・社会的・農村的・環境的レベルで、農業政策を三重の袋小路に嵌め込んだ。この状況から脱出することは可能である。これが、拡大EUのすべての地域で活気溢れる田園を維持し・環境を尊重する公正で正当なCAPを求める国際レベルの運動を始める理由である」と言う。

 この声明への調印者は、CAPはヨーロッパ的・国際的レベルで正当性を否定され、農村世界の雇用を破壊した、「大規模流通業者とアグリビジネスではなく、農民と市民の要求と期待に基づき」CAPを再建せねばならないと言う。彼らによれば、直接援助のレベルと生産量を切り離す(デカップル)今次の改革は、「生産性至上主義も、安売り」も問題にするものではなく、農業食糧産業と大規模流通への低価格での供給、巨大な数のヨーロッパ農民の消滅、さらには過剰産品のEU域外諸国へ安値輸出に帰着する。

 彼らは、「食糧主権の原則」に基づく政策、すなわち域内市場への供給、供給の制御、小経営者の支持、「いかなる形態のダンピングもない」通商規則を要求している(La Coordination paysanne européenne appelle à refonder la PAC "délégitimée",Agrisalon,5.24)。

 折りしも、小泉首相を本部長とするわが国政府の食料・農業・農村政策推進本部は24日、亀井農相が提出した「農政改革基本構想」を了承、農地の6割を使う40万の「担い手」に「品目横断的直接支払い」を行い(07年から実施)、市場指向的生産と規模拡大を目指すという。他方、財務省の諮問機関・財政制度審議会は、耕作放棄などを防ぎ、過疎地の活性化に貢献してきたと評価される中山間地域への直接支払いを、「自律的な農業生産活動により、農用地の維持・保全が行われる姿を基本とすべきだ」と見直しを求めている。わが国政府の求める改革が、EUもはるかに及ばぬ「ウルトラ自由主義」の思想に立脚するものであることがはっきりした。

 EUの「デカップル」直接支払いは大規模農家が大半を受給することになり、小農民切捨てとCPEが批難するところではあっても、それでも「全農業者」への支払いだ。わが国は最初から「担い手」(誰がそう決めるのかは知らないが)への支払いだ。そもそも、こんな支払いがWTOの「緑」の政策になるのかどうかも分からない。WTOの生産者直接支払いに関するルールによれば、支払い受給者は固定した基準期間の所得、生産者か土地所有者か、生産要素の利用まらは生産のレベルなどの明確な基準に基づいて決定されねばならず、基準期間より後の生産のタイプや生産量・家畜頭数、価格、使用される生産要素と関連せず、「支払い受給のためにいかなる生産も要求されない」支払いだけが、「緑」の助成である。支払いを受けるために「いかなる生産も要求されない」「担い手」などあり得ようか。

 他方、中山間地直接支払いはWTO法上完全に合法であり、そもそも自然・地理的条件のために「自律的な農業生産活動により、農用地の維持・保全」が不可能なためにこそ導入されたものだ。例えば、フランスの山岳地域農民に対する特別補償支払いは、市場経済の深化のなかで自然・地理的条件が不利なために競争できず、過疎化・無人化が進む山村に、「生産的役割」は後退しても「土壌・生態系の保全に最低限必要な人口を維持するための農業、社会的農業、人口維持農業」を維持せねばならないという発想から生まれたものだ(北林寿信「フランス山地政策の胎動」『レフアレンス』98年5月号)。このような思想は、その後のEUレベルの条件不利地域援助にも受け継がれている。見直しの提唱者は、国土と環境を保全し・維持するために中山間地域が演じる決定的役割を知らないか、山河荒れ果て・雇用を失い・産廃処分場と化しつつあるこれら地域を見たこともないのだろう。

 EUは、農産物市場措置の後退とともに、農村振興措置を強化している。お陰で、農山村の景観は一見美しく保たれている。だが、農業経営は激減している。一見美しく見える農山村にも人影はまばらだ。フランス農業近代化政策の立役者・ピザ―ニは、農業で立ち行かなくなった山地が観光などの大規模開発に走る有様を見て、こう自問している。「都会人を引きつける山地とは何なのか。起伏だけなのか。二メートルの積雪だけなのか。それは農民的雰囲気でもないのか。・・・観光のためだけの第三次産業を維持するために農民的山地に人影を絶やし、それで問題を解決したなどと考えれてはならない」(北林、同上)。ピザ―ニが模索した山地政策は、未だに実現していない。だが、わが国は、その模索さえ放棄しようとしている。

 このような流れに激しく抗するCPEの如き抵抗もあまりに弱い。すべてが「改革」の波に飲み込まれようとしている。改革がいかなる結果をもたらすのか、それさえまともに評価されていない。欧州委員会は、改革がEUの農業・食料・農村に及ぼす影響を第三者機関に依頼して評価した。それが行われれば、流れは多少なりとも変わるかもしれない。だが、政府のスケジュールでは、そんな暇さえなさそうだ。

 農業情報研究所(WAPIC)

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