仏・欧穀物収量の10年来の低迷の原因は土壌有機物欠乏?―フランスの研究

農業情報研究所(WAPIC)

08.6.30

  フランス農業省中央統計調査研究局(SCEES)が、フランスとヨーロッパの大規模栽培耕種作物(穀物、油料種子作物)のこの10年来の収量低迷を確認、その原因を探る研究を発表した。

 この収量低迷は持続的減少なのか一時的現象なのか、あるいは経済的最適化(肥料、農薬、水などの利用の最適化)の追求の結果なのかと問う。しかし、収量低迷の説明は難しい。

 欧州委員会がヨーロッパの45%の土壌で起きていると推定する土壌有機物の欠乏が重要な説明要因になり得ると示唆している。

 http://agreste.agriculture.gouv.fr/IMG/pdf/primeur210.pdf

 この研究は、第一に、気候条件による大きな変動はあるものの、第二次大戦後一貫して伸びて収量がこの10年ほど低迷していることを確認する。これは、軟質小麦、トウモロコシのような大面積で栽培される穀物だけでなく、硬質小麦、大麦、ライ麦、菜種、ヒマワリといったすべての耕種作物に共通であるという。

 2007年の軟質小麦の1㌶当たり全国平均収量は64キンタル(64q/ha、1キンタル=100kg)で、10年前(1997年)のレベルよりも低い。天候条件に恵まれた04年には78q/haの最高記録を達成したが、05年には急降下した。1862年以来12-18q/haに低迷していた戦前のレベルを引き継いだ1946年の16q/haというフランスの軟質小麦収量は、1997年まで一貫して増加してきた。これが1997年を境に、10年にわたって低迷することになったことが確認される。

 かつての収量の増加は、とりわけ品種改良と窒素肥料の投入の増加で可能になった。この10年の収量の低迷は、窒素肥料の投入が減ったからだろうか。地表水中の窒素の存在が証言するように、それはあり得ない。2006年には窒素投入を減らすことで、却って収量が増加したほどだ。水不足も説明要因にならない。小麦はトウモロコシほどに水を必要とせず、2006年の灌漑面積比率は、2001年のレベルを辛うじて上回る3%ほどだった。

 農薬ができたことも収量増加の大きな要因であったが、この15年、農薬の実質的利用がどれほど変化したかの評価は難しく、収量低迷が農薬使用の減少と関連しているとも結論できない。

 トウモロコシの収量についても、軟質小麦と同様な変化が確認される。トウモロコシは水不足にとくに弱い。2006年、トウモロコシの収量の地域格差は小麦より大きかった。この格差は北部・西部よりも南部で大きかった。窒素投入が最も多い場合に収量が最低だったことを除くと、窒素の量は収量とほとんど無関係だった。農薬と収量については、小麦ほどの関係もない。 

 こうして、この10年の収量低迷は説明が難しい。研究は、”有機物仮説”を特別に取り上げている。土壌有機物の余りの減少が土壌の肥沃度を損なっているという仮説である。

 欧州委員会は、ヨーロッパの土壌の45%が有機物欠乏になっていると推定している(EU 土壌と気候変動の関係でハイレベル会合 土壌有機物減少に危機感)。フランス・ブルターニュでもこの傾向が確認されている。土壌有機物が豊だった地域における有機物減少が激しく、もともと有機物が少なかった地域では比較的安定している。

 その主な原因は、堆肥投入の減少、土壌の植物による被覆の欠如、土壌の激しい耕起に帰せられるという。2006年、有機肥料を受け取った軟質小麦作付地は、全体の8%にすぎない。不足する窒素は常に無機窒素で補われてきた。トウモロコシのような夏作物の作付地では、栽培季以外は植物被覆がまったくなくなる。不耕起栽培は3分の1の面積に普及した(フランスで不耕起栽培が急増 労働・エネルギーの節約や土壌保全が動機,08.2.11)。しかし、地面の有機物を害するのは、耕起ではなく、その深さだという。


 ヨーロッパ農業の生産性向上は、もはや農法(その根幹は地力再生産方式)の根本的転換なしでは不可能なところまできているようだ。化学肥料・農薬の一層の多投は、収量増加どころか、減少にさえ結びつきかねない。水不足は深刻化する一方だ。遺伝子組み換え(GM)技術による品種改良?窒素多投・病害虫・乾燥塩害に同時に耐え、様々な地方的条件に適合した”増収”品種を作り出すには、GM技術は余りに幼稚である。

 なお、川島博之東京大学大学院農学生命科学研究科准教授は、ヴァンダナ・シバが指摘する窒素肥料を投入し続けることによる土壌劣化を否定、その証拠に、「窒素肥料が土壌に悪い影響を与えるのなら、それは西ヨーロッパに一番先に現れてもよいはず」だが、「西ヨーロッパに穀物単収が低下する兆候は見られない」としている(『世界の食料生産とバイオマスエネルギー』、東京大学出版会 08年5月、113頁)。しかし、これは完全な事実誤認である。西ヨーロッパの穀物単収の伸びがこの10年ほど完全にストップしていることは、氏が依拠したFAOSTATによってもかなり以前から確認されていることであり、一体何を勘違いしているのだろうか。

 ついでながら、氏は世界には農地拡大の余地が十分にあると、現在の農地面積のほぼ2倍に相当する穀物栽培適地が存在すると評価する国際応用システム研究所(IIASA)の研究報告を引き合いに出しているが、この報告自体、このような農地面積が実際に実現することはありそうもなく―平均単収の増加につながる投入財利用や技術の改善のために―、またその実現は、「生物多様性や地球の炭素循環にとっての明白な意味合いの故に、望ましくもない」としている*ことには一言も触れないのは公正な態度とは思えない。

 *http://www.iiasa.ac.at/Research/LUC/SAEZ/pdf/gaez2002.pdf,p.88