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EU:漁業政策マラソン交渉が決着、北海の鱈は「政治的合意の犠牲」か

農業情報研究所(WAPIC)

02.12.23

 12月20日、5日間にわたって続いたEU諸国農相によるEU漁業政策をめぐるマラソン交渉が決着した。この交渉で議題となったのは、欧州委員会の提案になるEU漁業の経済的・環境的・社会的側面での持続可能性の確立をめざす共通漁業政策(CFP)改革案(参照:EU:欧州委、共通漁業政策改革案を採択、前途はなお多難,02.5.29)、絶滅の危機にある鱈・ヘイク(メルルーサ)の資源回復措置を確立するための規則案、2003年の漁獲可能総量(TACs)と関連条件を定める規則案である。いずれも、EU漁業の将来の存続にかかわる重大提案である。

 CFP改革は、TACsによる従前の資源管理がほとんど無効で、今日の資源危機を招いていることから要請されたもので、欧州委員会の主要な提案は、2003年から実施すべき次の諸点にかかわる。

 ・科学的勧告に照らしての魚種別・水域別の多年次管理計画の策定を通して、漁業資源の保全と環境保護への長期的アプローチを採用する。

 ・公的援助を漁労活動と漁獲能力の削減に集中し、安全性改善を除く漁船更新と近代化への公的援助を停止する(漁業構造改善基金=FIFGの下での新船建造・漁船輸出のために現在利用できる資金の計画見直し、緊急廃船基金の設立)。

 ・EU漁船の漁獲能力を制限するより簡素で有効なシステムの設置。

 ・ルールのEU水域全体での平等な適用を確保するための、コントロール及び執行の分野での協力の強化。新技術使用の小船舶への拡張。CFPのルールのEU構成国による執行の改善のための、義務違反国への懲罰(国別割当配分の削減を含む)。(多くの国で割当をはるかに上回る漁獲が行なわれ、有効に取り締まられていないことは、半ば公然の秘密となっている)

 ・漁業者及び関係者のCFP決定過程への参加を改善するために、すべての関係者を地域・地方レベルで糾合させる地域勧告委員会の創設。

 鱈及びメルルーサの資源回復措置については、1年前に提案され、未だ閣僚理事会が承認するにいたっていないが、今年10月に出された新たな科学的意見に基づき、欧州委員会は、これをさらに強化する提案を行なっている。10月、国際海洋開発委員会(ICES)は、北海、スコットランド西部、東部海峡、アイルランド海、スカゲラックにおける鱈漁のモラトリアムと混獲される関連魚種の漁獲の大幅削減を勧告した。しかし、それがそのまま実施されれば、多数の沿岸漁村の社会・経済が崩壊の危機に瀕する。欧州委員会は、科学者に代替策の検討を求め、この代替策について産業と協議してきた。その結果、委員会は次の提案を行なった。

 ・漁獲による斃死率を鱈について80%削減、関連魚種についても30%から75%削減。これは、後に述べる2003年のTACsに関する提案に翻案される。

 ・漁獲による斃死率が削減されねばならない資源を漁獲する漁船の漁労活動(出漁日数)の削減基準にかかわる簡素化された漁労活動制限計画。

 ・コントロールと執行の手段の強化。

 ・これらは、成魚生物量が絶滅を回避するのに必要な最低限のレベルに回復するまで、関係鱈資源に適用される。これが達成されたときに、最初の回復計画が適用される。

 2003年のTACsに関する提案は、ICESの意見に基づくものである。意見は鱈漁の「モラトリアム」などを勧告している。しかし、欧州委員会は、漁村社会の反発と影響の大きさを考慮して、12月11日、モラトリアムが勧告された魚種に関する次のようなTACs削減(2002年に比べての)案を含む提案を行なった(Commission proposes significant reductions in fishing catches to fend off moratorium on cod fisheries in 2003)。すなわち、

 ・北海:鱈66%、ハドック70%、ホワイティング76%、ソウル(舌ビラメ)17%、

 ・スコットランド西部:鱈79%、ハドック49%、

 ・アイルランド海:鱈63%、ハドック20%、ホワイティング60%。

 ただ、提案は、このような削減がモラトリアムと同等な効果を発揮するためには、漁労活動のコントロールを伴なうことが不可欠だとしている。

  このようなTACs案が明らかにされると、ヨーロッパ中の漁民や関連業界は、産業と沿岸漁村を存亡の危機にさらすとして激しく抵抗、いたるところで海上デモや港湾占拠の抗議行動を展開した。フランス・スペイン・ポルトガル・アイルランド・イタリア・ギリシャの6ヵ国で構成される「漁業の友」グループの政府も欧州委員会提案に真っ向から反対、ドイツ・スウェーデンなどの「魚の友」グループとの対立で交渉妥結が危ぶまれた。フランス・シラク大統領は、提案の根拠となっている科学者による資源評価を漁民も含めた評価機関で再評価するように要求した。基本的には委員会提案を支持するイギリス政府も、CFP廃止を要求する漁民に対し、首相が、そうなれば我々の水域に入ってくる魚を他の国が制限なしに取る自由を与えることになり、問題の解決にならないと説得せねばならなかった。資源が減れば漁業の存続が難しくなるというフランツ・フィシュラー担当欧州委員によるカナダの例(参照:カナダ:漁業は鱈(タラ)資源を消滅させる可能性、漁業海洋省)を引きつつの懸命な説得(Open letter from Franz Fischler to the European fishermen,12.11)も無駄であった。現在のEU議長国であるデンマークが必死に妥協を模索、漸く合意に漕ぎつけたものであるが、欧州委員会は大幅な譲歩をすることになった。ドイツ、スウェーデンは、この譲歩を不満とし、合意に参加しなかった。

 妥協の結果、次のことが合意された。

 ・北海鱈の漁獲可能総量は45%の削減にとどめる。北海のハドック、ホワイティングのTACs削減も50%ほどにとどめられた。ただし、出漁は月に9日間に制限(魚場までの往復のための2日を追加)。

 ・新船建造に対する補助の停止は2005年以後とする。

 ・建造後5年以上を経た漁船の近代化補助は、漁獲能力を向上させないかぎりで継続。

 ・EU水域外の漁船輸出への補助停止は2005年以後とする。

 ・絶滅の恐れがある資源の義務的回復計画は、漁労活動の削減を義務づけない。

 ・他の魚種の多年次管理計画は強制(義務)としない。

 このような妥協的合意であっても、漁船の近代化や更新に対する援助の維持などのフランスの要求(フランス農業・食料・漁業・農村問題省COMMUNIQUES DE PRESSEConseil des Ministres de l'Agriculture et de la Pêche : Quels enjeux pour la France ?,12.19)は完全な形では盛り込まれず、北海鱈のTACs削減率の大幅引き下げを除けば、欧州委員会の提案の大筋は通ったと言えるかもしれない。北海での鱈の50%ほどを漁獲するイギリスでは、TAC削減率の大幅引き下げにもかかわらず、出漁日数削減の影響は大きく、スコットランドでは2万人に失業の危険があると言われている。政府は、漁船買入れや職業訓練などの援助が検討されている。しかし、即時の漁獲禁止以外に北海の鱈を救う手段はないとしていた科学者の勧告が正しいとすれば、そして補助停止を先延し、現実にはどう保証されるのかわからない「漁獲能力を向上させない」近代化補助を続け、漁労活動の削減も、多年次計画も義務化しないとすれば、資源回復はあり得るのだろうか。

 フィシュラー委員は、「今日はEU漁業政策における歴史的一里塚を画する。かつて、このような重要な転換点で成功裏に交渉を終えたことはなかった」とこの日の合意を歓迎したが(Franz Fischler: Today marks an historic milestone in the European Union's policy on fisheries12.20)、国際自然保護団体・WWFは、「これは北海の鱈に対する死刑宣告であると信じる。鱈は政治的合意のための犠牲にされた」、「CFP改革はこれ以上希釈することはできない」と反発している(WWF Press Release:End to deadlock on fish?,12.20)。

 鱈資源の回復には、ICESの意見のように、「モラトリアム」しかないであろう。鱈資源減少の最大の要因が過剰漁獲にあるあることは広く認められているが、海水温低下による産卵の減少や海洋汚染なども関係していると指摘されているし、魚資源減少については未知のことも多いから、それでも回復が保証されるわけではない。しかし、鱈資源保全のためには、資源回復が見込まれるまでのモラトリアムとその間の関係者の損失の100%補償以外に漁業政策としての選択肢はないはずだ。科学的意見が政策決定に反映されなかったのだから、まさに「鱈は政治的合意のための犠牲にされた」というしかない。今回の決定は、EUの政策決定への信頼性も、長期にわたり損なう可能性がある。

 なお、EU閣僚理事会の決定内容についての詳細は、次のEU文書を参照のこと。
 Council of the EU;2476th Council meeting - AGRICULTURE AND FISHERIES -Brussels, 16-20 December 2002(12.23)
 European Commission;Outcome of the Fisheries Council of 16-20 December 2002(12.23)

 また決定に対するイギリスとフランスの対応については、次の文書を参照のこと。
 DEFRA;Temporary fishing controls to start in February(12.23)

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