米国:直接補助農政が肥満病の根]因―N.Y.タイムズ論考

農業情報研究所(WAPIC)

03.10.15

 今や米国の最も深刻な公衆保健問題となった「肥満病」の根本的原因は、食品原料農産物の過剰生産−価格下落の悪循環を放任する農業政策にある。10月12日付のニューヨーク・タイムズ(magazine)に、このように論ずる一文が掲載された(The (Agri)Cultural Cotradiction of Obesity)。一方で肥満と闘いながら、他方で農業政策が大量の補助金を注ぎ込んで過剰生産を助長しているのは矛盾も甚だしいという。著者はカリフォルニア大学・バークレィで教鞭を取るミカエル・ポラン(Michael Pollan)である。耳を傾けてみよう。需給調整、価格支持を棄てて自由化・直接支払(デカップリング)に向かう世界の潮流が馬鹿馬鹿しく見えてくる。

 現在、米国人の5人に3人がオーバーウェイト、一部研究者は、今日の子供は余命が両親より短くなる最初の世代になると予測している。彼らは、その犯人は肥満に結びついた健康問題だと言う。

 肥満の原因については、ビッグな食品企業が我々や我々の子供にスーパーサイズの不健全な食品を押し付けているからだと聞かされてきた。このような説明は、その限りでは真実である。だが、その背後には、食品が豊富になり、安くなれば、人々は一層沢山食べ、太るという単純な事実が隠されている。1977年以来、米国人の一日当たりカロリー摂取量は10%上がった。興味ある問題は、この追加されたカロリーはどこから来たのかということだ。すべてのカロリーの源泉は、遡れば農業だ。

 米国人が最初の肥満問題に直面することになったのは、19世紀初めの数十年間からであった。このときの肥満は食品ではなく、アルコールに関連していた。突如として溢れ出し、安くなったコーン・ウィスキーが国民のアルコール消費を急増させた。ウィスキーは朝食、昼食、ディナーと一日中飲まれ、仕事前や仕事中にさえ飲まれるようになった。現在の「コーヒー・ブレーク」の起原は、午前遅くの「イレブン」と呼ばれたウィスキー・ブレークにある。今日の米国人が飲む量は年に1ガロン弱だが、当時は5ガロンに達した。

 なぜこういうことになったのか。アメリカ農民が、とくに新たに入植したアパラチア以西の肥沃な土地で、有り余るコーンを収穫するようになったからである。市場はコーンで溢れ、価格は崩壊した。こうなれば、マーケッターは、遅かれ早かれ、我々にこれを消費させる方法を考え出す。当時、余ったコーンを人口稠密な東部に輸送するのは難しかったから、コーンはウィスキー―コンパクトでな「付加価値商品」に変えられた。ウイスキー価格は、人々が1パイント(約0.5g)容器で飲めるほどに下落した。

 現在、コーン(及びその他の農産商品)は、いささか違う理由で、再び豊かになり、安くなった。そして、余ったコーンはコンパクトな付加価値商品―コーンスウィートナー、コーンで飼育された家畜の肉や鶏肉、高度に加工された多種多様な食品に変わった。「アルコール共和国」が「ファット共和国」に道を譲った。抜け目のないマーケッティング、ライフスタイルの変化の前に、安価な穀物の山がある。これに挑むことなくしては、最も善意の食品企業や公衆保健キャンペーンも、我々の食べ方を大して変えることはないだろう。

 農業過剰生産の問題は、旧約聖書の時代からの古い問題だ。農業の性質が、常に需給の調和を難しくさせる。古典的経済の法則は通用しない。価格が下がれば、農民は生産を減らして価格上昇を待つのではなく、稼ぎの減少を補うために一層多くを生産し、それがまた価格を下落させる。その上に技術改良の不断な流れがある。政府が政策を誤れば、不要な食料の生産を促し、事態は一層悪化する。馬鹿げたことに、連邦政府は肥満病防止キャンペーンを繰り広げる一方で、農民が育てるコーンのすべてに小切手を切ることで、過剰生産を助長している。農業政策が米国外交政策の目標を毀損し、第三世界農民に安価な米国穀物との競争を強制しているという声が高まっているが、同じ政策が国内では公衆保健の目標を毀損もしている。

 農業政策が常に状況を悪化させるわけではない。事実、米国」の農業プログラムは穀物の巨大な山を崩す方法として創設されたものだ。大恐慌の間に、ルーズベルト政府は最初の農場支持プログラムを策定した。飢えた国民を養うためではない。問題は食料が多すぎたことであり、ニューディール農業政策は、過剰生産のための価格崩壊によって引き起こされた農業恐慌から農民を救い出すことを目的とした。それは穀物備蓄に支えられた価格支持システムを設置、過剰穀物を市場から取り去り、農民が毎年一層の増産に走る悪循環を断ち切った。

 現在の補助金地獄から脱出する方法を示唆するであろうから、このシステムがどう働いたか思い起こす価値がある。政府は、コーンのような貯蔵可能な商品について、目標価格(現在の生産費)を定め、支持した。市場価格が目標価格を下回るとき、農民は低価格で販売するよりも、自分が収穫したコーンを担保に「無償還ローン」を得る選択肢を与えられた。農民は市場が改善されるまでコーンを貯蔵、目標価格に達すると販売してローンを返還した。その年に市場が改善しなければ、農民はコーンを政府に手渡すことだけで、債務を免除された。政府は、米国農務省(USDA)が管理し、不作で価格が高騰したときにはいつでも販売する備蓄にこのコーンを加えた。これによって過剰生産と価格下落の悪循環を断ち、食料費を安定させた。

 これは完全なシステムではないかもしれないが、安価な穀物の市場への氾濫を防ぎ、農民の受け取り価格を支えた。しかも、大部分のローンは償還されたから、政府の費用も非常に少なく済んだ。USDAは売りに出し、利益を上げることさえあった。納税者に年間190億ドルの負担を強い、生産コントロールの術をもたない現在の補助金体制と比べて見よ。

 このような政策がなぜ放棄されたのか。1972年、悪天候による不作の年に、ニクソン大統領はソ連との新たな穀物協定に調印した。以後、商品価格が高騰、怒った消費者が街頭抗議行動に出た。大統領が政治的混乱を認め、農務長官は過剰生産防止のための40年にわたる政策を解体した。無償還ローンが農民への直接支払に置き換えられた。農民にカネを貸して穀物を市場に出回らないようにする代わりに、どんな価格でも市場に放出させることになった。これにより、食料価格高騰の政治的問題は沈静した。そして、商品価格は不断に低下し、農民は生産を増加させるようになった。農産物価格支持から補助金への移行による価格低下は、原料コストを減らすから、アグリビジネスには恩恵となる。「ビッグ・フーズ」は、過剰生産と安価な穀物を加速する農業政策の維持のために、農業州議員と組んで不断の圧力をかけるようになる。

 だが、いまや、我々は安価な食品を供給する農業政策が高い犠牲をもたらすと知り始めている。政府は毎年190億ドルを払わねばならない。ダンピング輸出で途上国農民を悲惨な経済状態に追い込んでいる。国内では肥満病。多くの研究者は,肥満病が70年代に始まったと認めている。米国農民は、一日一人当たり500カロリーの余剰カロリーを生産する。我々がそのうちの200カロリーを何とか消費する。残り300カロリー(大部分はコーンの形でのもの)は海外にダンピングされるか、エタノールに変えられる。

 安価なコーンは、まさしく「ファスト・フード国家」の建築ブロックである。高い糖分を含むコーンシロップに加工される安価なコーンは、コカコーラが70年代のスリムな8オンスのソーダボトルを、今日の20オンスの丸々としたボトルに変えるのを可能にした。安価な牛肉に変えられるコーンは、マクドナルドがバーガーをスーパーサイズにし、それでも1ドルで販売することを可能にした。安価なコーンは、世界チャンピオンのチキン・ナゲットを含む新たな高度に加工された大量の食品を我々に与えた。商品価格の低下は消費者に恩恵をもたらすと思われるかもしれないが、実際にはそんなことはない。食品原料が豊富で安くなるとき、食品企業の抜け目のない戦略は必ずしも価格引き下げではない。それは利益の減少につながる。サイズを大きくすることで、消費者にもっとカネを出させるのだ。サイズが大きくなればなるほど、人々は余計に食べることになる。マクドナルドは、我々を600カロリーの食事に誘惑し、1,550カロリーにまで引き上げようとする。成分追加のコストは、マーケッティング、包装、労働のコストに比べれば微々たるものだ。

 安価な原料は、安価なコーンの販売では稼ぎにならず、付加価値をつけるために、ますます高度な加工食品を工夫する理由にもなる。これは、安価な食品供給農業政策に移行して以来、スーパーに多種多量の新たなスナック・フードが氾濫した理由の一つである。牛乳が水と同じほどの安い原料となったとき、ビッグ・フーズは、突然、牛乳をいかにしてジャンク・フードに変えるか「発見」した。

 肥満をめぐる政治的関心が高まるにつれて、政治的圧力の焦点は食品産業とその販売戦略に集まっている。だが、その効果は、過剰生産―過食を補助しない新たな一連の農業政策の開発がなければ、しれたものだ。

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 11月11日付のジャカルタ・ポスト紙は、「’安い’米はKulonprogoの貧民には安くない」と題し、ジョクジャカルタ州の農村民が、米価が90セント(100円ほど)/1sの安さにもかかわらず、3人の子供を抱える一家の台所には5片のキャサバと3sに足りない米があるだけだという貧困世帯の生活を伝えている。生き残るために必要な仕事は何でもするが、1ヵ月の稼ぎは千円ほどにしかならない。米がどんなに安くても、これではど滅多に食べられない。僅かな家庭菜園から獲れる作物―キャッサバがあればキャッサバ、コーンがあればコーンなど何でも―と野菜で食いつなぐ。18万人、5万世帯が暮らすこの地域では、3万6千世帯が「極貧家庭」、残りが「貧困家庭」に分類される。食事は一日2回しかできない。彼らは怠け者ではないが、乾季は干ばつで植付けもできず失業状態になる。雨季になると、常時、洪水・地滑りの脅威に備えねばならない。このような地域では、安価で豊富な米がもつ意味は米国とまったく違う。一層安くなっても、必要なだけ買うためのカネがない。ここでは米の値段よりも、人々に適切な収穫と稼ぎを生む農業生産と仕事の創出(開発)のほうが先決問題だ。

 だが、途上国といえども、都市部では、まさに安値輸出された原料から作られる糖分・脂肪分・塩分過多な(高カロリー)食品が、より高価な穀物や塊茎などの伝統食を押しのけつつある。大多数が飢餓に苦しむ国々でも、米国と同根の肥満病と無縁ではない。

 関連情報
 米国大学研究者、世界のための米国新農業法の青写真,03.9.5

農業情報研究所(WAPIC)

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