農業情報研究所

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フランス:AFSSA、有機食品の栄養と安全性の評価報告書

農業情報研究所(WAPIC)

03.5.6

 フランスの有機農業経営数は、長い間3千ほどに低迷してきた。しかし、1996年の狂牛病危機の勃発は様相を一変させた。有機食品への需要が膨らみ、有機農業に転換する農業者が急増した。1997年、政府も年間2千の有機農業経営を創出する有機農業開発計画を採択した。このペースには及ばないものの、1996年の4千足らずの経営数は、2002年には1万1千を超えるまでに増えた(転換中の経営も含む)。2002年の有機農地面積(転換中のものも含む)は50万haほどで、全農地面積の1.7%を占めるにすぎないが、1996年の14万ha足らずに比べれば、僅か6年間で4倍近く増えたことになる。今年3月に開かれた全国有機農業連盟(FNAB)の総会では、2010年までに有機農地面積比率を15%にまで増やすという目標が採択された。

 消費者、生産者、政府、すべてが有機農業の発展を求めてきたし、求めている。しかし、有機農業の発展には、早くも翳りも見えてきた。有機経営数は、2000年に14%、2001年に12%増加したが、2002年の伸び率は8%に低下した。すっかり市民権を得たかに見える有機農業も、さらなる発展のためにはなお解決すべき多くの問題を抱えているようである。欧州委員会がそのような問題を分析、将来のアクション・プランの策定の可能性を探っていることは前に報告した(欧州委員会「有機食品・農業のためのヨーロッパ行動計画の可能性の分析」(翻訳),03.2.18)。

 その中で、欧州委員会は、「市場開発」のための「消費者の有機製品理解」や「有機製品の付加価値に関する情報」の改善も優先事項として掲げていた。それは、「ヨーロッパ市場全体をカバーする有機製品の購入動機に関する調査は未だないが、多くの研究は、健康との関連が最大の動機であり、次いで味、環境、動物福祉に関連した動機がくると示唆している」と言う。従って、「公的機関により客観的で信頼できる情報」、「有機農業の原則とあり得る便益についての関連する情報」を得ることが重要になる。ところが、「様々な研究が消費者が有機製品を購入しない理由ー価格が高い、店にない、品質に差があるとは思わない、有機製品の性質に関する情報がない、製品が真に有機かどうか疑っているなどーを明らかにしている」という。

 4月29日、フランスの食品衛生安全機関(AFSSA)が有機食品の栄養・衛生上のリスクと便益の評価に関する報告書を発表した(Evaluation des risques et bénéfices nutritionnels et sanitaires des aliments issus de l'agriculture biologique前文報告書付録)。これは、まさしく、このような問題に答えるための大きな一歩と言えよう。AFSSAの報告や意見は、主として政府機関の諮問に答えるものであるが、この報告はAFSSAが独自に設定した研究の成果を報告するものである。この研究の動機は、有機農業の発展は関連職業者・消費者・公権力により望まれ、また有機農業と食品衛生安全の関係が不断に問題にされてきたにもかかわらず、フランスではいかなる全体的評価も実現していないことにあったという。

 有機農業由来の食品の衛生上のリスクと栄養的特性を評価するために、これらに関する既存のデータを収集し、分析することが研究の目的であったが、そのためには有機農業生産にかかわる慣行を正確に理解し、関係職業者により蓄積された経験を考慮に入れる必要もあった。そのために、18ヵ月をかけた研究には科学専門家だけでなく、多数の職業関係者も参加した。研究は様々な困難に遭遇した。何よりも、利用可能なデータが不足していた。研究グループ内では、科学誌で確認された側面に限定したアプローチと実践から出たデータや科学的に客観化されていないデータも考慮するアプローチの対立が生じた。研究が衛生にかかわる問題を取り上げることは、消費者に不安を与えるという有機農業者の不安も引き起こした。報告書には科学誌に基づくデータと一定のメンバーの立場を反映したデータが混在する。最後まで対立を解消できなかった見解は付録に収録された。報告はAFSSAのインターネット・サイトで議論に供され、受け取った意見には最終報告書に取り込まれる可能性が開かれている。

 このように、この報告は決定版ではない。それにもかかわらず、有機食品をめぐる従来の議論において曖昧であった多くの側面を明確にし、少なくとも今後の研究の方向に有力な示唆を与えるものと思われる。128頁にのぼる報告本文の内容を、以下にかいつまんで紹介する。

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 有機農業は、農業経営のレベルでは、環境と動物福祉を尊重し、外部投入への依存を減らす管理方法を重視する特殊な生産方法と定義される。この生産方法は、EU規則2092/91により大枠を与えられ、国別の基準書で補完される耕作と家畜飼養の方法に依拠するものである。AFSSAは、有機農業由来の植物と動物を起原とする製品の栄養的・衛生的リスクと便益を、慣行農業由来の製品と比較して評価することを可能にする研究を実施しようとした。有機生産方法を特徴づける環境面でのアプローチは、食品の衛生安全にかかわる一定の慣行の影響に限定した。

 基準書によって課される一定の慣行(合成農薬の利用の禁止、家畜飼養における医薬品治療や施肥資材の制限など)が有機農業に特有のものであるとしても、他の慣行(屋外での家畜飼養、作物や放牧家畜のローテーション)は慣行農業、特にラベルを与えられる生産でも採用されていることを強調する必要がある。類似の耕作・飼養方法のインパクトは同じである。逆に、リスク制御の手段は、有機農業の要件に鑑みて異なり得る。

 加工方法については、一般的には照射・GMOとその派生品などの禁止を除けば、基準書により課される特別の義務はほとんどない。他方、添加物や技術的補助材の種類は非常に制限されているから、加工過程の適応が必要である。

 有機農業由来の食品の栄養価と衛生リスクの評価は、生産・加工方法だけの影響の評価を可能にする慣行製品との比較研究を重視して行なわれた。これらのデータが欠けているか、不十分な場合には、演繹的方法も利用された。この方法は、栄養面では生産技術の知識・化学的構成と栄養価の変動の様々な要因に基づき、衛生面では生産要因のリスクと影響評価に基づく。

有機食品の栄養的側面の特徴について

[報告は、有機農業産品は慣行農業産品よりも栄養面で優れているという主張にかかわる議論に、ほとんど終止符を打つかのようである]

生産方法の人間用食品の栄養価に対する影響

 この評価の枠内で検討されたデータでは、一般的には有機農業由来の原料と慣行農業由来の原料の化学的構成は、大きな、また再現可能な違いを示さなかった。研究結果は、ときには矛盾さえしている。食品の化学的構成と栄養価に起こる変動の要因(品種、季節、気候、成熟・発達段階、貯蔵、家畜飼養指針など)の多くは、しばしば農業方法(肥料の性質、衛生処理など)に結びついた要因よりも重要なことがある。

 ・乾物量:根菜、球根、塊茎、葉菜では有機農業由来のほうが乾物含有量に勝る弱い傾向が示された。果実ではこの傾向はない。

 ・炭水化物:食品に応じて、さらに同一食品でも矛盾した結果が示された。従って、利用可能なデータでは、炭水化物含有量への生産方法の影響を実証することはできない。

 ・蛋白質:有機農業由来の穀物の蛋白質含有量は慣行農業由来の穀物に比べて少ないように見える。これは、明らかに有機生産での窒素投入の制限に関連している。他方、これら蛋白質に基本的なアミノ酸等量では有機のほうが勝る。

 ・脂質:有機家畜飼養・耕作方法は脂質総量に様々な変化を引き起こすが、脂肪酸のプロフィールに顕著な変化を引き起こし、特に動物産品のポリ不飽和脂肪酸の含有量を増加させる。これらの変化は、主に動物が消費する脂肪酸の性質に起因する。

 ・鉱物質と微量元素:多くの比較研究があるが、大部分は大きな差がない。一定の有機野菜について、鉄とマグネシウムでプラス、マンガンでマイナスの弱い傾向が認められる。

 ・ビタミン:ビタミンCとβカロチン以外のビタミンに関しては利用できるデータがほとんどない。ジャガイモのビタミンC含有量は有機のほうが若干多いが、野菜のβカロチンの含有量には影響はないようだ。

 ・植物微量構成要素:生産方法は果実・野菜のリコペン含有量に影響を与えないように見える。ポリフェノイスについては、利用でき、有効と判断される大多数のデータで有機果実・野菜が勝ると結論している。

加工品の栄養価に対する加工技術の影響

 有機農業で実施される特別の技術に関する情報はほとんどない。一定の加工技術は食料の栄養価値に影響を与える可能性がある。例えば、有機農業は、粉の中の穀物の胚芽や種皮の保存を可能にし、ミネラル・繊維・ビタミンに富んだパンにつながる製粉方法を好んで使用する。有機農業の技術的アプローチは、一定の食品について、微量栄養素の廃棄を制限することで原料の固有の栄養価値を最大限に保存することができる加工技術を重視している。

食事の全体的あり方の重要性

 個人の栄養状態や健康への食料の影響は栄養や食品に限定できず、食事全体のバランスを考慮しなければならない。現在の知識では、生産方法による栄養素含有量の大きな差は証明されず、消費者の栄養状態に生産方法が与える影響は無視できる。加工品については、精製度が少ない製品の規則的消費は繊維やミネラルをより多く摂取できる利点があり得る。

 現在、栄養面で考慮すべき中心問題は食事全体のバランスと必要栄養量の確保である。有機農業由来の食品と慣行農業由来の食品の化学的構成と栄養価の間には、いくつかの栄養素について、また一定の研究において若干の違い明らかにされたが、これはこの中心問題の観点からは重要な意味をもたない。ポリフェノイスについては、摂取基準がなく、また現実の摂取量がよく知られていないから、有機食品について見られる傾向の栄養面でのインパクトは評価できず、今後の研究領域となり得る。

 植物産品の化学的構成の変動の多様な要因に鑑み、今は新たなデータを取得するための比較研究の実施は勧告する時期ではない。多数の食品についての多くの分析が必要であり、消費者に役立つ結論を引き出すこともできないからである。動物産品については、生産方法そのものよりも飼料の影響のほうが大きい。長期的な栄養面での影響については消費者(有機製品を多く消費する消費者と慣行製品を多く消費する消費者)の比較研究の必要性はあろうが、そのような研究の実施は困難であろう。

食品衛生安全上の側面での影響について

 最近の食品安全にかかわる諸事件は、汚染のリスクに関して決定的に重要な点が生産・貯蔵・輸送・原料にあることを示している。有機畜産の原理の一つは大部分の飼料の経営での生産を重視することであるから、汚染のリスクは制限される。また、有機農業の生産・流通サイクルは短いから、偶然の汚染のリスクは慣行農業よりも少ないであろう。しかし、食料生産全体の仕上げ・加工度はますます高まる傾向にある。従って、農場から消費者までの製品のトレーサビリティーが認証機関により記録され、監督されるねばならない。

農薬汚染

 有機農作物の生産規則が合成化学物質由来の農薬に頼ることを禁じているのだから、これに関連したリスクは限定され、環境汚染の最小化にも寄与する。植物保護のための手当ては、基準書で許された製品の助けで、危険が差し迫ったときにだけ行なわれる。

 EUレベルのポジティブ・リストの自然起原の農薬が手当てに利用される。しかし、これらの農薬の自然起原という性格によって人間への毒性が排除されるわけではない。しかし、これら農薬の残留に関する研究は極めて少なく、また残留の検出が困難であることやこれら農薬の分解のために、生産物にこれら農薬が残留しているのを確認することができない。

 慣行農業に許された農薬による有機農業由来食品の汚染の研究は、分析された大多数の食品にこれら農薬の残留がないことを示している。残留がある場合、利用された分析方法の検出限界に近いレベルである。こうした稀な残留は圃場の履歴、環境汚染、事故、誤用による。従って、環境タイプの汚染と誤用・監視を欠く収穫後の汚染・あるいは故意の行為による汚染を区別する監視を行なわねばならない。

 他方、銅・硫黄塩化物、ロテノン、除虫菊などの一定の自然起原の農薬は、他の合成農薬と同様に毒性再評価の対象をなさねばならない。

重金属

 利用可能ないくつかの研究では、有機農業産品と慣行農業産品の重金属濃度に違いはない。他方、基準書が課す制限(圃場転換期間、浄水場汚泥の散布の禁止、鉱物肥料投与の制限、銅塩化物のより厳格な制限)は植物・動物食料品の重金属汚染のリスクの軽減に寄与する。燐酸塩(自然燐酸塩、過燐酸塩)はカドミウムの重要な源泉となる。工業起原の重金属汚染については、汚染源近くでは有機・慣行の区別がない。有機・慣行問わず、重金属含有は基準レベル以下である。

マイコトキシン

 その食料品への出現は、特に収穫・貯蔵時の様々な要因(湿度、気温等)に影響される。有機農業の殺菌剤処理の制限は汚染リスク増大に結びつく場合がある。しかし、作物のローテーション、耕起、窒素肥料削減、成長調整剤の不使用などは、汚染を減らす方向に働く。利用可能ないくつかのデータでは、有機産品の汚染レベルは様々で、非常に高いものもあるが、全体的には慣行産品との差はない。マイコトキシンの多様性、その出現に影響する要因、食品汚染の不均質な性格に鑑み、利用可能なデータの代表性には議論の余地があり、二つの生産方法についての新たな監督・監視計画の実施による汚染監視の追究が正当化される。

硝酸塩

 硝酸塩は多くの要因(日照、気温、雨量、灌漑、窒素施肥)の影響下で植物に蓄積される。窒素施肥と日照は野菜への硝酸塩蓄積の決定的要因であり、人間食料中の硝酸塩の80%までがこれによる。

 利用可能なデータの分析では、有機野菜の硝酸塩含有量は全体的に少なく、これは合成窒素肥料の使用の禁止と有機土壌改良資材(厩肥、コンポスト等)による代替で説明できる。しかし、この研究は古いもので、慣行農業の窒素施肥の慣行の変化を考慮して、新たな研究で確認される必要がある。

 有機農業産品中の硝酸塩含有量は、急速に同化できる窒素に富む有機肥料の制限等による窒素施肥の改善、乾燥下での耕作の制限など、様々な方法で減らすことができる。

ダイオキシン、その他の環境汚染物質

 放牧された動物は、汚染源が近いときには、土壌と植物を通して、直接・間接に環境汚染にさらされ得る。これらの汚染物質は、次いで動物産品(卵、乳、肉)に蓄積される。舎飼いの動物も飼料(汚染地域で生産される原料)により間接的に同様の汚染にさらされる。このタイプの汚染には、有機・慣行の差はない。

獣医薬と植物ベースの物質

 有機畜産における獣医薬使用は非常に制限されている。予防的に獣医薬に頼ることは、一定の限界内でのワクチン摂取を例外に禁止されている。治療のための合成化学物質逆症療法が僅かな回数許され、この場合は出荷までの待機期間が慣行農業より長い。

 基準書は植物ベースの物質とホメオパシー療法を重視する。多くは品質・無害性・効果が評価されて使用許可の対象となるのではないこれらの製品の利用の発展は警戒すべきである。これらの物質のあり得る残留の認識の欠如に加え、これらの使用は、有効性が評価され、証明された薬品の利用を遅らせ、動物への慢性病の定着を引き起こす可能性がある。動物飼料への植物ベースの物質の利用は有機農業だけの特徴ではなく、特に最近の一定の抗コクシジウム添加剤の禁止以来、慣行農業でも見られる。

 抗生剤は、有機農業では治療にのみ許され、成長促進剤としての利用は禁じられている。これは抗生剤耐性の発展の削減に寄与する。

微生物・回虫のリスク

 有機農業生産システムとその産品における病原性バクテリアと回虫の出現に関する科学的研究は非常に少ない。ウィルスのリスクは、基本的には汚れた水環境で汚染された植物食料に関係する。

 有機農業生産方法は、微生物または回虫のリスクについては両方向に働き得る。

 浄水場汚泥の散布の禁止は作物と牧草のリスク要因を減らす。しかし、動物の糞尿は汚染源となり得る。コンポスト化は胞子を形成しない病原性バクテリアを減らし、排除さえするが、回虫のコンポスト化への抵抗性は発育段階(卵、幼虫等)で異なる。バクテリア胞子については、それは、まさにコンポストの中で生き残る。 

 有機畜産は薬剤治療を制限し、頑強な種の選抜、屋外飼育、低飼養密度、放牧地での動物のローテーションに基づく衛生管理を重視する。屋外での自由放牧は、動物が様々な回虫や媒介動物・中間宿主や土壌中の感染因子に接触する機会を増やす。これらのリスクは有機畜産に限られたものではないが、有機畜産の治療の制約がリスクを増す。

遺伝子組み換え体

 有機農業は遺伝子組み換え体とその派生品の使用を禁じているから、これに関連したリスクは直接にはなく、これを使用する作物からの汚染のリスクのみがある。

狂牛病

 有機畜産における肉骨粉の長年にわたる禁止、飼養レベルでの交差汚染を制限する生産・流通のルートの存在は、この病気の発生を抑えることに寄与する。今までに狂牛病とされた稀なケースのすべては、有機方式への転換後に感染が発見された慣行飼育で生まれた牛である。

 以上のように、有機農業産品の衛生安全に関しては、農薬、マイコトキシン、硝酸塩、微生物と回虫、植物ベース物質治療についてのリスクの一層の研究と新たなリスク管理手段の構築の必要性が指摘されている。FNABは、この報告には、しばしば有機産品の消費者にとっての利益を最小限に評価しようとする「偏向」的記述が見られ、研究委員会は有機農業を発展させるというその主要な役割を果たしていないと批判している(Rapport de l’AFSSA sur l’agriculture biologique : " une écriture souvent tendancieuse" juge la FNAB,Agrisalon,4.30 )。しかし、その主張は客観的な裏付けをもつ必要があろう。それはFNABが課題として受け止めるべきことではなかろうか。FNABは、有機農業は顕著な社会的・環境的アメニティーを伴う生産方式だということも想起すべきだとも言う。しかし、この側面はAFSSAの関与する研究領域ではなく、この研究の対象でないことは最初から断っている。