厚労省、牛の背骨の食用利用を禁止、対応迫られる農水省

農業情報研究所(WAPIC)

03.11.14

追記:03.11.15

 厚生労働省は14日、BSE(牛海綿状脳症=狂牛病)発生国産の牛の背骨が付いた食肉(Tボーンステーキなど)の販売や、背骨を原材料とした食品、添加物の製造と加工を禁止することを決めた。背骨に附着する背根神経節からくるBSEの人間版(とされる)・変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)への感染のリスクを回避するためである。

 背根神経節のBSE感染性はヨーロッパでは早くから認められ、特定危険部位に指定されてきた。国際獣疫事務局(OIE)は遅れて昨年9月に特定危険部位に指定した。そのために日本の当局も検討を開始、OIEの決定から1年以上遅れてようやく対策が取られることとなったわけだ。既に911日、発足したばかりの食品安全委員会が、牛の背根神経節を含む脊柱について特定危険部位に相当する対応を講じるべきだと結論していた。厚生労働省は今日14日、薬事食品衛生審議会伝達性海綿状脳症対策部会に対応を諮り、その結論を受けて新たなリスク管理措置を決めることになった。

 厚生労働省は、リスク管理の二つの方法を提示していた。一つは、牛の脊柱(BSE発生国としてOIEが公表した国・地域のもの)を食品、添加物及び器具の製造に使用してはならない。ただし、食用牛脂(いわゆる骨油)であって、不溶性不純物が0.15%以下のものは除く、ゼラチンについては、脊柱の使用禁止に加え、OIE基準を参考に設定を行う、というものである。もう一つは、と畜場において背根神経節の除去が十分に行えることが確認できれば、BSE未発生国から輸入されたものは除き、背根神経節を特定危険部位に指定し、と畜場において背根神経節の除去及び焼却を義務付ける、というものだ。前者の方法が取られることになったようだ(正式発表は未だないので確認はできない)。

 なお、牛の脊柱から生産されるゼラチン(及び牛脂)については、今年3月、EUの科学運営委員会(SSC)が、BSEリスクが低くはない国・地域()、あるいはリスク管理が不十分な国・地域の12ヵ月以上の牛の頭蓋と脊柱はその生産のために使用されてはならないとし、さらに工業用ゼラチンについても、あり得る食料または飼料との混合使用または汚染を回避するために、適切な貯蔵・表示・使用が必要、最終使用が検証できず、人間または動物の消費または使用を排除するためにコントロールできない場合、食料用ゼラチンのための基準が工業用ゼラチンにも適用されるべきであるとする意見を出している(**)。

 厚生労働省のこのような決定を受けて、農林水産省も対応を迫られる。飼料には、いわゆるレンダリングの工程で製造される反芻動物由来の油脂や牛の脊柱・死亡牛に由来する動物性油脂が含まれているし、肥料にも牛の脊柱や死亡牛に由来する動物性油脂が含まれているからである。厚生労働省が背根神経節を特定危険部位に指定し、と畜場において背根神経節の除去及び焼却を義務付ければ、背根神経節付きの背骨からくるBSE伝播のリスクは自動的に排除されることになる。しかし、厚生労働省の決定はそのようなものでなかった(ようだ)。このリスクを排除する措置が一刻も早く講じられる必要がある。この経路でのBSE感染が既に起きている可能性も否定できない。農水省は12日、この問題について食品安全委員会に対応を諮問している。

 ともあれ、厚労省、農水省の後手後手のBSE対応は、一体いつになったら改まるのだろうか。リスクを甘くみているとしか考えられない。農水省は、肉骨粉禁止の早期解除ばかりに目が向いているようだ。同じ12日、豚由来肉骨粉等の鶏・豚・養魚用飼料利用の解除を食品安全委員会に諮問した。だが、BSE等伝達性海綿状脳症のリスクが低いか皆無と考えられる動物副産物の飼料・肥料としての利用が許されるのは、そのリスクがあり得る動物副産物の混入のリスクが完全に排除される場合だけである。EUの動物副産物規則は、これら3種の副産物が、収集・輸送・貯蔵・取り扱い・加工から使用・処分までの全過程で分離されるべきことを定めており、それぞれの「専用ライン」の完成を目指している。わが国の現状がそれにほど遠いことは明らかだ。

 (*)BSEの発生・未発生にかかわらずEUのリスク評価でBSEはまずないと評価されたオーストラリア、ニュージーランドなどのリスクレベルTの国、米国は未発生国だが、カナダ同様、リスクレベルUと評価されている。

 (**)反芻動物の骨または皮から生じるゼラチンのTSEリスクに関連する安全性に関する更改意見(Updated Opinion on the safety with regard to TSE risks of gelatine derived from ruminant bones or hides

 関連情報
 日本:食品安全委員会、牛の脊柱は特定危険部位が妥当の結論 

 (追記)厚生労働省のその後の正式発表(伝達性海綿状脳症に関する食品等の安全性確保について,03.11.14)によると、やはり、と畜場での背根神経節の完全な除去は困難という判断で、食肉処理の段階での背骨の除去という措置となった。この発表の文書には牛せき柱を含む食品等の管理方法」に関するQ&A」も添えられている。この決定によって、危険部位の人間の食料からの排除に関するリスク管理の形式的側面は一応国際レベルに達したことになる。ただし、頭蓋・背骨を原料とする機械的回収肉が、日本では生産されていないとして不問にされたことには問題が残る。輸入品については発生国からは一切入らないのだから問題ないということであろうが、これについては未発生の米国でも議論がある。未発生とはいえ潜在するかもしれないBSEからくるリスクを回避するための予防的措置として、少なくともその生産方法を規制する必要があるという議論である。こうした問題を除けば、あとは食肉処理の段階でどれだけ厳正に執行されるかだ。これが一番肝心の問題だ。

 他方、背根神経節による感染リスクが人間よりもはるかに高いと想定される牛の飼料や肥料からの背骨の排除が遅れを取ったことも重大問題だ。農水省と食品安全委員会は、この問題に早急に、真剣に対応する必要がある。

 同時に、今回の厚労省と農水省の対応の遅れは、日本のBSE対応に改めて反省を迫るはずのものだ。厚労省は、牛の背骨の利用実態からして、措置の遅れによる人間の感染リスクは非常に小さいとしているが、対応が遅れたことへの反省は見られない。なぜこのような遅れが出たかについて、農水省ともども真剣に反省するのでなければ、リスクを見くびる従来の「体質」は改まらないだろう。「全頭検査」をしているから大丈夫などという国民向け宣伝文句を本気で信じているならば別だが、そうでなければ、この対応の遅れはリスクを見くびっているからだとしか言いようがない。これを見過ごしているマスコミの認識も、こうした態度を助長していると言えよう。

 すべてのマスコミ報道を見たわけではないが、大方は今回の決定を淡々と報じるだけで、「脊髄」と同等の感染性があるとされる部位の食品からの除去がこれほど遅れた行政の問題については一言も触れていない。目についた中では、毎日新聞(11.14、夕刊)だけがこれをまともに問題にしている。

 その社会面の「解説」は、

 「背骨を含む食肉が一般に販売されることはない状況が、過信につながった可能性がある」、

 「食肉にするすべての国産牛にBSE検査を行っていることへの過信も考えられる[実際は、それを口実にコストが高くつき、面倒この上ないまともな安全対策をさぼりたいと思っているだけだろうが―農業情報研究所]。実際は検査で判明するのは、感染後一定期間が経過した発症前の牛で、すべての感染牛を見つけ出すことは不可能だ[これは当所がずっと主張してきたことだが、マスコミがこれだけはっきり指摘したのは初めて見た]」、

 「牛の背骨などを材料にした飼料用油脂などが流通しており、農水省はまだ規制していない。牛から牛への異常プリオンの感染は牛からヒトへの感染に比べ、はるかに容易といわれている。新たな感染ルートを作らないためにも、早急な対応が求められる」

 と指摘している。こうした報道が行政の意識改善を促すことになればと期待したい。

農業情報研究所(WAPIC)

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