BSE日米実務レベル協議終了、検査と特定危険部位除去だけで安全なのか

農業情報研究所(WAPIC)

04.7.23

 21日に始まった国産牛肉輸入再開に関する日米の実務レベルの協議が22日午後過ぎに終了、報告書がまとまった。

 協議では、@BSEの定義と検査方法、A特定危険部位(SRM)の定義及び除去方法、Bサーベイランスのあり方、Cフィードバン(交叉汚染防止も含めた動物蛋白質による反芻動物飼育の禁止)のあり方、D国のBSEリスクのカテゴリー(リスクレベル)の区分、E牛の月齢鑑別方法、Fその他、の問題が議論されたという。報告書には、両国のBSE対策の説明と主張、協議の結果の結論が盛り込まれている。中心的論点は次のとおりである。

 1.BSEの定義とBSE検査

 BSE検査の目的については、日本は食品供給行程から感染牛を排除し、食肉の安全を確保することと主張したが、米国はBSEの存否を確かめ、もし存在していればBSEのレベルを推定すること、BSE予防と管理措置の効果を監視することである主張して対立した。

 日本はBSE検査に検出限界があり、一定月齢以下の牛の異常プリオン蛋白質の検出が困難であるために、この制約を補うために全頭のSRM除去を実施していると述べたが、米国はSRMの除去が屠畜段階における消費者保護の最善の手段と主張した。

 このように、BSE検査の目的と安全対策における検査の意義に関しては対立したが、「弱齢牛に蓄積された異常プリオン蛋白質は現在の検査方法ではありそうにない」こと、このような検出不可能なレベルの異常プリオン蛋白質と消費者のリスクとの関係は不明確であるという点では一致したという。

 なお、日本における若齢の感染牛(非定型とされた8例目とBSEとされた9例目)については、日本はBSEと判断すべきであり、動物接種によるBSEプリオン蛋白質増幅を実施中と述べたが、米国は増幅実験の結果を待つとした。[この2例は、国際的には必ずしもBSEと認められていない。これがBSEと認められるかどうかは、検出限界の牛の月齢区分の判断の一つの材料となる]。

 2.特定危険部位の定義と除去方法

 SRMの除去が人の健康を確保する上で非常な重要であること、屠畜・解体・加工過程で食用部位との交叉汚染が生じないようにすべきことでは意見が一致した。

 SRMの定義については、国際的なガイドラインに基づき、SRMの対象部と月齢はBSE発生リスクに基づいて決定されるべきことで見解が一致した。しかし、米国がSRM決定の根拠とする英国の感染性に関するデータは検査個体数が少なく、十分のデータではないとして日本が除去対象月齢を全月齢とすべきとしたのに対し、米国は、米国では発生頻度が低いから30ヵ月以上で適当であると主張した。この点では意見は一致しなかった。

 SRM除去方法については、米国は、牛の屠畜や器官の処理を行う施設は、SRMの除去、分別及び廃棄についての手順書の作成、実施、継続が要求されているが、各施設が規則の要求を満たすために最も適切な[効率的な?]手段を実施できる柔軟性が必要との考えから、施設が従うべき具体的手順は定めていない、米国農務省(USDA)の検査員がSRM除去に関する手順書の遵守と効果を検証していると説明した。

 これについては、屠畜・解体・加工の過程での交叉汚染を生じないような方法で除去すべきであり、除去されたSRMはそれぞれの法律に基づき処分すべきことで意見が一致。米国側は、事業者管理システムや他の品質基準を検証するために用いられる農業販売促進サービス(AMS)の品質証明プログラムについて説明、これにより、日本向け牛肉についても、日本が提案する条件を満たすことを証明できるとした。これについての日本側の見解は記されていない。

 3.フィードバン

 ごく僅かな感染源物質を摂食するだけでBSE感染が生じ得ること、反芻動物から反芻動物への飼料規制と交叉汚染防止措置の確立の必要性では見解が一致したが、日本は特に米国の交叉汚染防止措置は不十分、飼料工場のライン分離・専用化の実施の必要性を指摘したが、米国は日本の状況での日本の交叉汚染J防止措置は適切だが、米国の状況では同様な対策でリスク軽減を図るのは適切でないと主張した。結局、日米双方のフィードバンの有効性について、将来のサーベイランスの結果に基づいて、引き続き検討していくことを確認したという。

 4.サーベイランスのあり方

 サーベイランスの目的では一致したが、日本は、米国が6月から始めた12−18ヵ月の一回限りの取り組みでは有病率を十分に把握することは困難と主張したが、米国はこの期間は国際検討チームにより推症されていると説明した。引き続き適切なサーベイランスのあり方や国際獣疫事務局(OIE)基準改正の可能性について協議継続を確認したという。

 5.国のBSEリスク・カテゴリー区分

 日本は、米国でこれまで実施されたサーベイランス、フィードバンの実施期間が短いことこと、OIEが未だ米国を暫定清浄国として承認していないこと、米国が自ら低リスク国としている根拠のハーバードリスク評価について、前提条件の置き方や潜在的感染牛存在を考慮していないことなどの問題を指摘した。

 6.牛の月齢鑑別方法

 米国はBSE軽減の目的のために30ヵ月齢の区分が米国のニーズを満たすもので、歯列による月齢判断が月齢の決定のため適切な方法である、さらに牛の月齢と正確な個体情報が識別できる動物個体域別システムの導入に着手していると説明した。先のAMS品質証明プログラムの利用により、輸出用牛肉及び牛肉製品が、日本の要求する条件を満たすことを証明することができると説明した。これに対する日本の見解は記されていない。

 このように、BSE安全対策に関する広範な領域の協議が行われた。だが、見解が一致したのは、全頭検査には限界がある、特定危険部位の除去は安全性確保の重要手段である、特定危険部位除去の過程で肉が汚染されないことが重要といったことのみである。その他は、すべて今後の検討ということになっている。これら残された問題で見解が一致しないかぎり米国産牛肉輸入再開はないとすれば、これはいつのことになるか分からない。

 だが、マスコミは、検査の検出限界や特定危険部位定義にかかわる月齢について食品安全委員会の結論さえ出れば、すぐにも輸入再開の決定が出るだろうと報じている。日本経済新聞は、「両政府は八月にも局長級協議を開き、日本が若齢牛の肉の禁輸を解除することで合意、早ければ年末までに輸入が再開される見通し」となったとまで書く(朝刊、7.23)。役所もすっかりその気のようだ。この協議の焦点は検査と特定危険部位の問題にあるという固定観念が支配しているからだ。そして、先日のプリオン専門調査会の報告案や日米協議報告を見ると、これらの論議・協議の焦点も、実際にこれら問題に重点が置かれているようであり、米国牛肉再開の条件として、他の問題がどれほど真剣に考慮されるか不透明だ。

 悪いことに、消費者団体等も、検査と特定危険部位の除去を安全確保のための基本的手段と考えてきたことに変わりはない。少なくとも消費者の耳に届くほどの大声で主張してきた安全確保措置はこれだけだった。なお「全頭検査」を要求しているが、食品安全委員会・プリオン専門調査会が結論を保留している生後何ヵ月すれば感染が確認されるのかという問題を除けば(食品安全委員会BSE対策見直し、結論を先延ばし、リスク評価は支離滅裂,04.7.19)、安全性レベル維持のために全頭検査を維持しなければならないという根拠は見つからないだろう。いずれこの結論が出れば、この問題で争う余地はほとんどなくなる。つまり、特定危険部位の確実な除去と交叉汚染防止措置の有効性が確認されれば、あとは争う余地がほとんどないということだ。

 特定危険部位さえ排除すれば安全が保証されるわけではない。先のプリオン専門調査会報告案も、現在の特定危険部位は、限られた感度の検査によって極めて少数の試験で感染性が確認された部位に限られており、それ以外にも感染性をもつ部位が今後発見される可能性があり得ることから、現在特定危険部位とされている部分の除去だけでは安全が保証できない可能性を指摘している。それにもかかわらず、リスク評価においては、事実上、このことからくるリスクは無視している。消費者団体の関心も薄い。

 屠畜・解体過程で特定危険部位が確実に除去されているかどうか、交叉汚染はないという問題については、プリオン専門調査会も「と畜場において、常にSRM(特定危険部位)除去が完全に行われていると考えるのは現実的でないと思われる」としているが、やはりリスク評価では、この問題も、事実上、無視した。この姿勢は米国牛肉についても同じことだろう。輸入条件の決定において、この問題は徹底的に詰められない恐れがある。消費者団体等は、この問題にはより敏感に見えるが、この点に関しては、実態を知ることが非常に難しく、公的検証も難しいから、政府間交渉で真面目に取り上げらる可能性はあまりなさそうだ。次のような草の根の証言など、証拠なしと片付けられるだろう。


 22日夜、会社に対して「健康的で安全な労働環境を確保し、将来の労働災害防止のための最高度の予防措置を実施すること」、「日本の消費者の要求を満足させる安全な牛肉製品を供給するために、BSE発見に関する完全で最も厳格な検査(thorough and most stirict test、
「全頭検査」を意味するかどうかは、この語からは判断できない)を実行すること」を求めるタイソン社のパスコ肉牛処理工場の労働組合(チームスターズ556)代表者を囲む集会が渋谷で行われたが、ここで現場労働者にしか分からないいくつかの事実がはっきりした。

 BSEに直接かかわる最も確かな事実として、工場では、解体に際して当然のごとく「背割り」をしていることが明らかにされた。労組委員長は、当然食肉の汚染があるだろうと質問に答えていた。ホース(多分、吸引方式の脊髄除去装置のこと?)のようなものを使っているのを日本で初めて見たというから、少なくともこの工場では、会社も、そして労働者でさえも、交叉汚染防止の意識は、ほとんどないのだろう。

 この工場では、会社の利益追求のために、生産ラインは労働や食品の安全などに配慮できない速さに設定されているらしい。生きたまま牛の皮を剥ぐことまで行われているという。ところが、検査や視察が入ると、この生産ラインは急に遅くなる。外部の人間には、検査官でさえ、真相をつかむことは不可能だ。それでは、日本側が「一定の成果を得た」と評価した特定危険部位除去の認証制度さえ、どれだけ信頼できるか危ぶまれる。

 今年初め、タイムカードの記録の調査で、ウォルマートの労働者が昼食休憩も与えられずに酷使されている実態が明らかにされた。だが、作業の実態の客観的証拠はどうしたら得られるのか。組合は、生きたままの牛が解体される現場を隠しカメラで撮影したという。

 なお、タイソン・フーズ社は世界最大の牛肉・豚肉・鶏肉の生産会社と言われ、ワシントン州マブトンでBSE感染牛が発見されるまで、パスコの肉牛処理工場は、同社の日本向け輸出をしている施設の中の基幹施設だったという。

 問題はこれだけではない。特定危険部位を除去するだけでは安全が保証できないならば、感染牛のすべての組織を排除する必要がある。しかし、現在の検査をもってしてもすべての感染牛を発見できないとすれば、感染が確認されなくても、死亡牛や一定の病牛はもとより、感染牛の子や生後一定の期間にこの牛と同居した牛など(擬似患畜)も食物連鎖に入ることを禁止せねばならない。その実施のためには、一頭たりとも見逃さない監視と個体識別システム・トレーサビリティーが必要だが、これは誰も大して気にしていないようだ。

 先のチームスターズ集会で、最後のほうになって、ダウナーカウや神経組織障害の症状を示す牛をどのようにピック・アップするのかという質問が出たが、委員長はそれは会社側がやることで、現場の人間は預かり知らぬと答えるのみであった。こんな小さな声は、特定危険部位さえ除けば大丈夫という早期輸入再開に向けてますます高まる大声にかき消されるだろう。感染リスクの高い多くの牛が食用に回ることになる。BSEが存在しないなら、こんなことは一切気にすることもないが、肉骨粉禁止の実施の有効性も確認できず、交叉汚染防止措置もろくろくない状態では、BSE存在の可能性は否定できないし、今後もいつ感染するか分からない。だが、こんなことを気にしていたら、輸入再開など何時になるか分からない。政府や一部業界にとって幸いなことに、消費者もこんなことはあまり気にしていないようだ。マスコミがこぞって、全頭検査と特定危険部位の問題だけが焦点であるかのようにしか言わないのだから、これも当然だ。

 厳正な中立性が要求される食品安全委員会の委員には、牛肉産業の走狗として狂奔する者まで含まれる。その上に、広告料欲しさから批判・反骨精神を棄て去ったマスコミ、というよりも今や米国牛肉輸入再開のための先兵と化したマスコミしか持たない日本国民(全米食肉輸出連合会、朝日新聞一面ぶち抜きの米国牛肉安全広告,04.7.20)、少なくとも食品安全に関して、これほど不幸な国民はそうはいない。