vCJD発生率の正確な定量評価は現状では不可能ー英国海綿状脳症委員会小委員会

農業情報研究所(WAPIC)

06.2.7

 ここ数年、BSEが人間に伝達したものとされる変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD、 )の基本的性質と発生予測の再評価を迫る新たな知見が積み重なってきた。しかし、この再評価にはなお手がつけられていない。再評価が必要であるとし、それにまともに取り組もうとする意識が一般化していないばかりか、新たな知見をまったく無視、日本で牛→人の一次感染のリスクは無視できるほど小さいと喧伝する人さえいる。

 日本の食品安全委員会の「日本における牛海綿状脳症(BSE)対策について-中間とりまとめ-」(2004年9月)も、vCJDは一定の遺伝子型を持つ人のみが感染すると仮定して、「英国vCJD患者推定からの単純比例計算による日本におけるvCJDリスクの推定」を行い、全頭検査以前の牛の摂取によるわが国のvCJD患者の発生数は0.1人とした。しかし、このとき既に、別の遺伝子型の人もvCJDに感染し得ることを示唆する研究は現れていた。「我が国における牛海綿状脳症(BSE)対策に係る食品健康影響評価」(05年5月)ではこのような推定は排除されたものの、こうした数字が未だに一人歩きしていることも否定できない。

 ところが、イギリスの政府諮問専門委員会である伝達性海綿状脳症委員会(SEAC)は、このような再評価の必要性を認め、これをその疫学小委員会に諮問した。小委員会は126日、 この諮問に答えるものではないが、この問題に関して合意された立場を表明する声明を発表した。それは、vCJDの基本的性格 にかかわる不確実性のために、SEACの諮問への完全な回答は現在では不可能と言う。 しかし、これは、新たな知見を考慮した再評価の必要性を認めたことを意味する。この立場に従えば、これらの知見を無視したvCJDリスク評価の結果は、少なくともこの再評価の結論が出るまでは、一人歩きさせてはならないことになる。

 SEAC epidemiology subgroup position statement on the vCJD epidemic
 http://www.seac.gov.uk/statements/state260106subgroup.htm

 この声明は、諮問の背景を次のように説明する。

 イギリスにおける過去4年のvCJD発生は減少してきた。確認されたケースのデータに基づく予測では、BSE感染物質の消費から生じるvCJDの追加ケースの数は比較的少数(100以下)となるだろう。しかし、1995年から2000年の間に行われた10歳から30歳の人々を中心とする(83%)人々の手術で得られた盲腸と扁桃の遡及的サーベイによる知見は、感染者の数がvCJDのケースからの逆算に基づく予測よりも大きくなり得ることを示唆する(英国:予想以上のvCJD感染者が潜伏―新研究,04.5.22)。さらに、動物モデルの研究は、感染動物の一部は発症しないか、長期にわたり未発症の状態が続き、発症以前の状態にとどまる可能性があることを示唆している。現在までに検査されたvCJDのケースのすべて(約85%)は、人間のプリオン蛋白質の遺伝子のコドン129で同型遺伝子型(M/M)を持つ人々であったが、他の遺伝子型のvCJDに対するする感受性・感染性やその表現型は不確実である。異型遺伝子型( M/V )のvCJD伝達に関連した恐らくは輸血によって起きた無症状のケースの発見は、この遺伝子型の人々が静脈ルートで二次感染を引き起こす可能性があることを示唆する。医原性の二次感染が追加感染を引き起こし、独立した(それ自身で持続する)二次感染症になる可能性もある(BSEの人間版(vCJD)、血液による伝達の可能性に新たな証拠,04.2.9)。

小委員会は、諮問に答えるために2005年に2回の会合を開いた。その結果合意に達した小委員会の基本的立場は、現状では確定的結論は出せないというものであった。それは、人口研究に基づく感染の発生率、年齢・遺伝子型分布の推計の改善なくしては確かな結論は引き出せない、vCJDの新たな発生を確認する継続的サーベイランスも、この病気の理解を改善するための価値ある情報を提供するだろう、これらの情報には、とりわけvCJD発生のトレンド、vCJDに罹る人々の年齢・遺伝子型分布、二次感染のあり得るルートの確認が含まれると言う。

例えば感染への年齢の影響 について、これを明らかにするための直接的証拠はvCJDのケースと盲腸・扁桃の遡及的サーベイから得られたデータに限られて おり、一定の潜伏期間・食事によるBSEへの暴露の時期・vCJD感受性の年齢に関連した違いなどを仮定した多くのモデル研究は 、年齢に関連した感受性/暴露は10歳から20歳で最大で、幼児ではそれより少なく、成人でははるかに少ない という類似の結果を導いているが、これは発見されたvCJDのケースのデータから導かれたものにすぎず、非M/M型人口あるいはなお潜伏期にある感 染には適用できない可能性があると認める。

遺伝子型の感染への影響に関しては、M/M型以外の遺伝子型の人の感染の可能性を排除しない。M/V型のvCJDの伝達に関連した恐らくは輸血によるケースは、非M/M型の人もvCJDに感染し得ることを示唆する、加えて、盲腸と扁桃のサーベイにおける三つの陽性盲腸サンプルの二つが非定型的な免疫組織化学反応を示したことも、非M/M型の感染の指標となり得ると認める。

さらに続けて次のように言う。

クールー(ニューギニアで見られた食人により伝達するとされる人間の海綿状脳症の一種)の観察は非M/M型の人は一般的にはこの病気への感受性が相対的に小さく、潜伏期間もM/M型の人よりも長いことを示唆している。コドン129の遺伝子型は人間のプリオン病への感受性と潜伏期間に影響を与える。このような一般的特徴がvCJD感染の有効なモデルであることを根拠とし、M/V型及びM/M型の人の一次・二次感染vCJDのケースは、数は少なく、恐らくは長いタイムスケールで現れるだろうが、生じ得ると仮定するのはリーズ ナブルである。感染病モデルによる最近の予測は、他の遺伝子型が同じ感受性をもつというありそうもない状況においてではあるが、将来の一次感染の数は、M/M型の将来のケースに関する現在の推計よりも5倍多くなることを示唆している。

感染者の潜伏の可能性も重要問題として取り上げる。マウスの実験的研究は、一次プリオン感染は発症以前の状態に留まるが、二次的感染は発症に至ることを示唆している。従って、無症状の動物の中に発症前の感染動物が含まれる可能性がある。一部の動物の感染が潜伏レベルに留まり、他の動物では発症する理由は未解明だが、vCJDの潜在的キャリアの存在の可能性は、盲腸と扁桃のサーベイに基づく一次感染発生率の推定とvCJDのケースのデータの間の食い違いを説明できよう。この可能性を探るための最近の研究は、潜伏キャリアの数が数千になり得ることを示唆している。潜伏キャリアの年齢・遺伝子型分布の決定を可能にするデータは、今のところ存在しない。

声明は、感染への遺伝子型・年齢の影響や潜伏キャリアからの二次感染の可能性に関するこのような不確実性のために、感染発生率は定量モデルにより正確に決定することができない、一次・二次感染両方の発生率と年齢・遺伝子型分布の理解を改善するためのさらなるデータが必要と言う ()。

それは、手術、輸血、歯科治療、骨・臓器移植による二次感染の可能性や二次感染がそれ自体で持続可能な独立したvCJDに発展する可能性についても考察を行っている。

(注)このようなデータを得るために、次のような広範な調査を勧告している。

(1)2006年から開始が予定されている国家匿名扁桃保管所(NATA)に収集された大量のサンプルの異常プリオン蛋白質スクリーニング計画の緊急の促進。ただし、扁桃の検査が無症状や潜伏期の感染を発見できる感度をもつかどうかは不確実である。また、扁桃の摘出は比較的若い年齢で行われるのが一般的である。従って、多くの集められたサンプルは経口でBSEに曝されたことが比較的少ない人からのものである。異なる年齢分布の人から集められた他の組織を検査する追加計画が必要。

(2)主として感染コントロール措置として、死体組織/臓器提供者からの脾臓、扁桃、虫垂の検査の実行可能性を調査するパイロット研究が進行中であり、角膜と多臓器を調べるパイロット研究も考慮の最中である。死体、角膜、多臓器からの組織の検査が提供するデータの量は限られているが、このような検査の実行可能性を評価するパイロット研究は歓迎され、奨励される。

(3)解剖で収集されるサンプルの検査を真剣に考えるべきである。これらの広範な組織の検査は、発生率と大多数の一次感染が最もありそうな人口集団の年齢・遺伝子型分布に関する十分な量のデータを提供するだろう。虫垂または脾臓の組織の遡及的調査は、これに比べて有益性が少ない。このような計画の実行可能性は、法的に要求される死亡者または近親者からの検査に対する同意が得られるかどうかにかかっており、この問題が実行可能性に大きく影響する可能性がある。それでも、このような検査が真剣に考慮されるように勧告する。

(4)高齢者の臨床サーベイランスの強化。一次感染から生じるvCJDのケースの大部分は若い成人に見られるが、恐らくは誤診のために高齢者の見逃されるケースもあり得る。高齢者の臨床サーベイランスの強化はこの可能性の検証を可能にする。さらに、このグループは、vCJDを伝達する医療行為や輸血を受けたことが最もありそうなグループだから、このようなサーベイランスは二次感染で発病したケースの発見に追加保証を与える。高齢グループのケースが発見されるとすれば、一次感染と二次感染による病気の比率を推定するための統計的分析の実行に大きな役割を演じるだろう。

(5)血液成分を受け取った者がvCJDのリスクを知らされ、臨床監視と同意による死後のvCJD検査が提案されているが、これはすべてのリスクグループについて考慮されるべきである。