英国専門家 BSE汚染度の低い国では部分的飼料規制も可 だが汚染度が低いという確証は? 

農業情報研究所(WAPIC)

06.2.13

 2月12日付けの日本農業新聞に英国獣医学研究所(VLA)のダニー・マシューズ博士との単独会見記が掲載されている。博士は、米国農務省(USDA)が04年11月に陰性と発表した牛の再検査を要請するに当たって農務省監査局(OIG)が意見を求めたBSEに関する国際専門家の一人だという(参照:米国産牛肉の安全性 米国のBSEサーベイランスのあり方が目下の焦点,06.2.8)。博士の見解の要点は次のようなものだ。

 (1)USDAが確定診断のために使ってきた免疫組織化学(IHC)検査について

 IHCがウエスタン・ブロット(WB)法より劣ることはない。しかし、IHCの場合には「様々な手順が必要」で、「感度の設定などで戸惑うことも」あり、「(経験が浅いところで)感染を見逃す可能性がある」。「米国から送られたサンプルから、我々は明らかな陽性反応を得た。問題は習熟度だ。・・最近終えた研究では人工的に感染させた牛からサンプルを取り出し数ヶ月ごとに検査法の違いを調べた。早い段階ではIHCの方が優れている」。

 (2)国際獣疫事務局(OIE)における検査方法の見直しの動き

 「最初の迅速検査で陽性の場合、もう一度別の迅速検査をして陽性であれば「陽性が確認された」ということにする」、「2度目にマイナスだったら、IHCやWBなど別の方法で3回目の検査をして確認」するという方向での見直しの議論が出ている。しかし、1月に研究者で話し合った段階で、マニュアルの見直しは今年5月のOIE総会では無理。

 (3)米国の飼料規制について

 (米国が行っているような)肉骨粉の部分規制では「抜け穴」があり、「完全にBSEを根絶するのであれば完全な飼料規制が必要」。しかし、「BSE汚染度が低い国では、部分規制で事態をコントロールしながらリスクを下げると言う考え方もある。米国政府はそういう方法を選択したのだろう。私は、それが必ずしも悪い考えだと思わない。食品安全対策はコストが掛かる。BSEのリスクに応じてどの部分に予算を策というのは各国が判断すべきだ」。

 筆者は、米国のBSE対策の根本問題は、豚・鶏飼料やペットフードにはなお特定危険部位(SRM)を含む哺乳動物蛋白質の利用が許され、かつこれらを含む養鶏場廃棄物(チキンリッター)などを牛飼料に使うことも許せれていることだと指摘してきた。博士によると、「BSEの汚染度が低い国」ではこのような「抜け穴」のある部分規制も一つの選択肢として正当化されることになる。しかし、そうならば、米国の「BSEの汚染度が低い」かどうかが問題になる。その正確な判断が非常に難しいことは、わが国の食品安全委員会プリオン専門調査会も認めたところだ。それは、米国のBSE汚染度は日本よりも低いという推定を米国のサーベイランス結果で「検証」、確認したが、OIGはこのサーベイランス結果に基づく米国のBSE汚染度評価は信頼できないと報告した。検査方法に関するダニー・マシューズ博士の見解はこのOIGの結論を補強する。

 04年11月の牛に関する事例は、米国のIHC検査「習熟度」が非常に低いことを示唆する。米国が1990年以来行ってきたリスク牛の検査はすべてこのIHCに頼っていた。これらの検査が感染牛を見逃してきた可能性は否定できない。2004年6月に始まった拡大サーベイランス計画では迅速検査によるスクリーニング検査が導入された。このスクリーニング検査が始まると、すぐに2頭が陽性と出た(米国BSE:一次検査陽性第1号はシロと確認、だが第2号発見、擬似陽性はどれほど出るのか,04.7.1)。しかし、IHC確認検査で陰性だったからと、最終的には感染が否定された。このときはOIGも再検査や英国での検証を要請することはなく、この結論は確定している。しかし、これを行っていれば、陽性が確認されたかもしれない。つまり、IHC検査の未習熟のために、拡大検査後も感染牛を見逃してきた可能性が否定できないのだ。

 その上、検査のためのサンプルの収集が無作為性を欠き、サーベイランス結果に基づくBSE発生率の推定が統計的に信頼できないとすれば、米国の「汚染度が低い」という確証はどこにもない。

 筆者は、BSE汚染度を正確に測るためには、博士が(2)でいうような検査方法の見直しとともに、適切なサンプリングが保証された上で一定の「ポイント」を満たせばよいというOIEのサーベイランス指針の見直しも不可欠と考える。少なくとも米国では、適切なサンプリングを保証する体制ができていないことは明らかだ。そのために不可欠な農家や関連産業(と畜・食肉処理やレンダリングにかかわる業界)の協力が欠けているし、何よりも信頼できる固体識別・トレーサビリティーのシステムがないために、検査対象となった牛の年齢さえも確認できない。これでは、サーベイランス・ポイントを満たしているかどうかさえ、正確には確認できない。これはOIGも指摘していることだ(米農務省BSE対策監査報告 米国のサーベイランスによるBSE発生率推計は信頼できない,06.2.4)。適切なサンプリングを保証できないとすれば、OIE指針に従ったサーベイランス計画も実行できないことになる。

 BSE汚染度は、例えば日本で行ってきたような全頭検査や、少なくともEUが行ってきたような24ヵ月以上の高リスク牛や30ヵ以上の健康に見える牛の全頭検査によってしか、確かなところは推定できない。一定のサーベイランスの実施にもかかわらずBSEは1例も発見されないと、欧州委員会の再三の警告にもかかわらず未発生国と主張してきたドイツ、イタリア、スペイン等では、上記のようは検査が義務付けられたとたんにBSEが確認され、今やそれぞれ397頭、134頭、615頭(2005年末まで)の発生が確認されるに至っている。

 BSEはないとか、あっても極めて少数と主張する国は、このようなEUの経験に学ぶべきだ。その主張に確実な根拠を与えるためには、少なくとも1年程度は、全国的に、あるいは集約的酪農地域において(例えば山地等の草地酪農地域と濃厚飼料を利用する集約酪農地地域が比較的はっきり分かれたフランスでは、BSEはほとんど専ら後者の地域で発見されている)、このような義務的検査を行うべきだ。OIEも、適切なサンプリングが保証されないことを前提に、あるいはそれが保証できない国や地域においては、このような方向でのサーベイランス指針の見直しを行うべきものと考える。