英専門委 歯科治療によるvCJD伝達リスクを上方修正 年150人の新感染も

農業情報研究所(WAPIC)

07.6.11

 英国政府諮問機関・海綿状脳症委員会(SEAC)が6月8日、歯科治療を通しての変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)伝達のリスクは、ファイル(やすり)とリーマー(拡孔器)の一回限りの使用の勧告につながった1年前の評価(英国政府諮問委員会 歯科器具の使用は一回かぎりに vCJD伝達リスク排除のため,06.5.9)で考えられたよりもさらに大きいという新たな見解を発表した。

 その後の研究で明らかにされた事実を受けての保健省DH)の再評価の諮問に答えるものだ。新たな知見に従うと、歯科治療を通しての二次感染から生じるvCJDが、それ自体として独立した流行病になるリスクが高まった。最悪の場合、この伝達経路による年間vCJD感染者数が最大で150人に達することも考えられるという。

 SEAC Position Statement:vCJD and Dentistry,07.6.8
 http://www.seac.gov.uk/statements/state-vcjd-dentrstry.htm

 この問題の背景には、vCJDの原因物質と考えられる異常プリオン蛋白質は歯科治療器具の洗浄・消毒に対して他の感染性物質よりも抵抗性が強く、通常の洗浄・消毒ののちにも相当量が器具の表面に付着したまま残存する可能性が高いことがある。そのために、歯組織に感染性があり、また感染する可能性があるとすれば、歯科器具がvCJDの二次的伝達のメカニズムとなる可能性がある。

 しかも、生命にかかわる重大な病気への対応として行われることが多い輸血や脳神経外科治療のような他の伝達ルートと対照的に、歯科治療は日々大量に行われており、患者の寿命もとくに短いわけではない。従って、これは大量の人々へのvCJD伝達のルートとなる恐れがある。その上、歯科治療の記録は完璧に管理されていないから、このような伝達が起きたとしても、それを発見し、コントロールすることは難しい。このことが問題を一層大きくする。

 SEACは昨年、@舌扁桃の偶然の擦過と、A歯髄との接触に関係する歯内治療に焦点を当てた従来のDHのリスク評価に関して、@についてはリスクは非常に小さいが、Aについては、(@)歯髄が感染性を持ち、(A)歯内治療器具を通しての伝達が効率的で、(B)vCJD感染の多くの部分が潜伏段階にある場合には、自立的なvCJD流行を引き起こす可能性があるとして、歯内治療用のファイルとリーマーの使用を一回かぎりに制限するように勧告した。その上で、新たなデータの出現に応じての再評価も勧告していた。今回、このような再評価に関する見解を明らかにしたわけだ。

 今回考慮されたのは、二つの未公表の暫定研究結果である。

 第一の研究はマウスを使ったもので、マウス適応牛海綿状脳症(BSE)を消化管に直接接種すると、潜伏期においても、発症後においても、感染性が歯髄、唾液腺、歯肉を含む口腔組織に広がることが発見された。感染したマウスの口腔における感染性のレベルと分布がvCJDに感染した人間のそれをどこまで反映するものかは、潜伏期または発症後の人間のvCJDのケースの口腔組織、特に歯髄と歯肉の比較可能なデータがないから不明である。しかし、SEACは、現在までに知られていることに基づくかぎり、マウスが口腔組織の感染性分布に関する人間にとっての適切なモデルではないと想定する理由はない。さらに、新たなデータは、ハムスターのスクレイピーモデルを使う実験の公表されている結果とも整合性があると言う。

 第二の研究は、歯肉組織と、マウス適応BSEの脳のホモジェネートに汚染された繊細なファイルの非侵食性・一時的接触が非常に効率的に感染を伝達することを示した。しかし、ファイルが感染性口腔組織に汚染されたのちに洗浄され・消毒されるという人間の歯科医療のモデルにもっと近い状況において歯肉を通しての伝達がどれほど効率的かは不明である。これに関しては、もっと現実を反映したマウスのモデルを使ったさらなる研究が考えられるべきであると言う。

 このように、研究はなお不完全で、最終的確認実験は完了していないとはいえ、SEACは、実験が適切に構想されたもので、その結論は正当で、信頼できると考えると言う。研究が完成され、精読(ピア・レビュー)に付され、他の人々がその意味するところを考察できるようにできるだけ早く公刊されるように勧告するが、それにもかかわらず、これらの暫定的データは、vCJDに感染した人間の一定の口腔組織が発症の前に感染性を有するようになり得る可能性を大きくした、それに加え、感染が舌扁桃の偶然の擦過や歯内治療を通してだけでなく、多種の日常的歯科治療行為を通じても伝達し得る可能性も大きくしたと言う。

 新たな発見は、歯内治療用のファイルとリーマーの再利用からのvCJD伝達のリスク評価における歯髄の感染性レベルや感染性をもつようになる段階をめぐる従来の仮定の改善を助ける。例えば、1万人に1人(英国全体で6000人に相当ー現在のベストの推定)が潜在感染者だとすると、データは、最悪の場合、ファイルとリーマーの再利用により、年に最大で150人が新たに感染することを示唆する。感染者のどれほどが発症するかは不明であるが、ファイルとリーマーの再利用を通しての伝達は、十分に効率的にこのルートで生じる自立的vGJD流行を引き起こすことができると言う。

 こうして、ファイルとリーマーの使用を一回限りに制限する最近のDHのガイドラインは歓迎されるとしながら、それがどれほど遵守されているかははっきりしないと、その遵守の確保を要請する。

 それでけでなく、新たな研究は、歯肉を含む他の口腔組織との接触に関係する歯科治療もvCJDを伝達する可能性があることを示唆すると強調する。すべての歯科治療行為を通しての伝達の可能性を検討する詳細なリスク評価がないために、これらの発見がvCJD伝達にとってもつ意味に関する確かな結論をもたらすことはできないが、このルートによる伝達の可能性を考えると、汚染除去方法の改善や一回限りの器具使用など、伝達リスクを減らすオプションの評価が真剣に考慮されるべきであると言う。

 近頃、BSE問題はほとんど終わったかのような雰囲気がある。かつてヨーロッパ、特に英国から牛または肉骨粉を輸入したすべての国(100ヵ国以上)にBSEのリスクがあるという2001年のFAOの警告(FAO Press releases,2001.1.26)はすっかり忘れられたかのようだ。

 だが、BSE(そしてvCJD)はよほど注意深く、システマチックに監視しないかぎり、ほとんど見逃されてしまう病気だ。日本も全頭検査を導入しなければ、最初の1頭しか見つからなかったかもしれない。実は見逃されているだけで、世界中に潜在しているかもしれない。そのうえ、近年は、イタリア、フランス、ドイツ、日本、ポーランド、スイス、米国等で、科学的には 何も解っていないに等しく、もしヒトに伝達すれば自然発生的とされる孤発型CJDと区別がつかないかもしれない非定型BSEの発見も続いている5月10日SEAC会合提出ペーパー:UNUSUAL CASES OF SPONGIFORM ENCEPHALOPATHY IN CATTLEイタリアで新型BSE二例、人間の孤発型CJDに似る―新研究,04.2.17)。

 さらに二次感染vCJDの独立流行病化の恐れさえあるとすれば、BSE問題は終わったどころ ではない。むしろ、依然として、始まったばかりなのかもしれない。