農業情報研究所
地球温暖化の農業影響予測を実証する欧州の干ばつ
農業情報研究所(WAPIC)
03.8.26
ヨーロッパの大干ばつは、気候変動(地球温暖化)が農業生産に与える影響への関心を改めて引き付けている。これまでにも多くの予測がされてきた。しかし、それはどれほど現実感をもって受け止められていたであろうか。今年のヨーロッパの干ばつ被害状況を見ると、予測がまさに現実のものとなるであろうことを実感させる。昨年6月、オランダ農業科学研究所とフローレンス大学の二人の研究者が、気候変動のヨーロッパにおける農業生産性への影響と政策・研究に対してもたらす帰結に関する知見をレビューする論文(*)を発表した。そこで予測されたことが、まさに現実に起きていることに酷似しているのである。
この論文による予測は次の通りである。
ヨーロッパの北部では、新たな作物と品種の導入を通じて農業に好影響をもたらし、作物生産の増加、作物適地を拡大する。マイナス面としては、作物保護の必要性・栄養分溶脱のリスク・土壌有機物流出の増大が考えられるが、全体的には農業生産性にプラスの影響をもたらす。
南部ではマイナス影響が支配的である。水不足と極端な天候の可能性が増大、収穫減少、収量の不安定化、伝統作物の適地の減少を引き起こす。例えば、酪農生産の維持は困難になり、ヨーロッパ南部では農業生産が持続できないところが現われる。水をめぐる争いでは、都市地域が農業に打ち勝つだろう。
全体として見れば、作物適地は北に広がり、基礎作物(穀物など)の生育期間は短くなり、根菜などの副次作物が増加する。
今年の現実はどうか。先頃、欧州委員会共同研究センター(JRC)がEUにおける今年の干ばつの作物収量への影響の8月10日現在のデータに基づく予測(**)を発表したことを報じたが(EU:干ばつで小麦収穫千万トン減少の予測、新たな農家援助措置決定)、このとき国・地域ごとの詳細なデータの紹介は省略した。ここで改めてその紹介をする。
次の表は、EU各国の今年の予想収穫量が98-02年の平均収穫量と比べてどう変化しているかを示すものである(増減率:%)。
|
小麦 |
トウモロコシ |
油料種子ナタネ |
ヒマワリ |
テンサイ |
ジャガイモ |
EU15ヵ国 |
-7.0 |
-8.6 |
-6.6 |
-21.8 |
-1.0 |
0.9 |
べネルックス |
-2.1 |
-5.7 |
6.8 |
- |
-1.1 |
-1.4 |
デンマーク |
3.1 |
- |
-3.6 |
- |
9.9 |
2.7 |
ドイツ |
-6.8 |
-2.9 |
-11.0 |
-23.8 |
-0.6 |
-0.8 |
ギリシャ | -4.8 |
0.6 |
- |
-9.5 |
4.5 |
-1.0 |
スペイン |
1.9 |
-3.2 |
7.1 |
-50.3 |
-8.5 |
-4.9 |
フランス |
-8.7 |
-2.4 |
-9.7 |
-10.1 |
1.0 |
4.5 |
アイルランド |
-1.7 |
- |
5.6 |
- |
12.2 |
-1.4 |
イタリア |
-12.3 |
-25.3 |
-9.1 |
-41.3 |
-13.9 |
-3.3 |
オーストリア |
-4.3 |
-5.6 |
-4.4 |
0.3 |
-7.7 |
-13.1 |
ポルトガル |
-15.0 |
4.6 |
- |
12.9 |
2.7 |
-2.6 |
フィンランド |
4.8 |
- |
0.0 |
- |
5.4 |
4.1 |
スウェーデン | -0.8 |
- |
10.9 |
- |
8.2 |
-8.8 |
英国 |
-7.7 |
- |
6.7 |
- |
4.7 |
-0.7 |
全体的に収穫量減少が目立つなかで、アイルランド、英国、北欧諸国では増加が目立ち、この傾向は特にテンサイで顕著である。小麦収穫量はデンマークとフィンランドで増加している。この表には示してないが、小麦収穫量が最大の影響を受けそうな地域は、ポルトガルからスペイン南部、フランス南部を経てイタリア・ギリシャに至る南欧地域とドイツ南部である。また、牧草地域で極度の影響が出ているのはポルトガル、スペイン、フランス南部、イタリアにかけての地域である。この間にスイスがあるが、スイスの牧草もフランス南部に勝るとも劣らぬ被害を受けている。これらの地域の酪農は、飼料不足で存亡の危機に立たされている。
先の研究は、政策が土地利用・作物生産・農業システムなどの柔軟性を助長することでヨーロッパ農業の気候変動への適応を支援しなければならなくなるだろうと述べている。そうすることで、農業の多面的役割を考慮に入れ、ヨーロッパの様々な地域における経済・環境・社会的な機能の間の多様なバランスを作り出す必要があるというのである。しかし、これは遠い将来のではなく、緊急の政策課題となっているのかもしれない。
今夏、厳しい冷害に見舞われた日本も他所事ではない。今後の農業計画は気候変動を考慮することが不可欠と認識すべきではなかろうか。
*Jørgen E. Olesen and Marco Bindi,Consequences of climate change for
European agricultural productivity, land use and policy,European Journal of Agronomy,Volume
16, Issue 4 , June 2002, Pages 239-262
**Commission's
Joint Research Centre forecasts this year's crop losses caused by
drought,8.14