農業情報研究所

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エイズ・ウィルス起原新研究、動物由来感染症の脅威

農業情報研究所(WAPIC)

03.6.17

 「二つのサルのウィルスを取り出し、チンパンジーに食べさせて数年間培養してから[このチンパンジーを]食べる。それがヒト免疫不全ウィルス(エイズ・ウィルス)を創り出すレシピである、新たな研究がこのように示唆している」。「ネイチャー・ニュース」掲載記事(1)の書き出しである。

 これまで、HIV-1と呼ばれるエイズを引き起こすウィルスの株は、恐らくは人々が感染したブッシュ・ミートを食べることを通して、アフリカのチンパンジーからヒトに飛び移ったと考えられてきた。ところが、エイズ・ウィルスの起原をさらに一段階遡る新たな研究が現われた。イギリスのノッチンガム大学のポール・シャープが率いる研究チームが、チンパンジーは、恐らく中部西アフリカの別種のサル(monkey)を食べることで、サル免疫不全ウィルス(SIV)と呼ばれるウィルスを取り込むことになったのだを判断した(2)。

 研究者は、ウィルスの遺伝子配列を比較することにより、チンパンジーのSIVはシロエリマンガベイとオオハナジログエノンに見られるSIVの株が交雑したものであると答えを出した。この雑種は、多分、二種のサル・ウィルスがチンパンジーのなかで遺伝子を交換したときに生まれ、チンパンジーの間に広まったのだという。この遺伝子混合は、少なくとも100万年前に起きたとされる。オックスフォード大学のHIVの進化を研究するエドワード・ホームズは、この理論には意味があるが、遺伝子混合がチンパンジーのSIV株のヒトへのジャンプと拡散も可能にしたのかどうかはわからない、それは、多分、偶発的だったのではないかと言う。HIVは1930年代までヒトには入っていなかったと考えられている。

 しかし、この研究は、人間がチンパンジーから新たな感染症を受け取ることになるのではないかという恐れをかき立てる。シャープは、ごたまぜになったサル・ウィルスから作られた別のSIVがチンパンジーに存在し、ヒトに次世代のHIVを産む可能性に警告している。ホームズはそれはまだ憶測であり、SIVは過去に何度もヒトに飛び移ったが、広がるよりも衰えた可能性があると言う。しかし、我々に向かってくる例を発見するために、チンパンジーの群のなかのSIVの体系的記録を勧めている。

 シャープのチームはこの課題に取り組み始めたという。来月にはタンザニアのチンパンジーの一群の10-15%がSIVをもつことを示す報告を発表する。これはサル(monkey)の50%よりはずっと低い率であるが、ウィルスが最初に現われた西中央アフリカのいくつかのヒトの群の率に近い。このことはチンパンジーのSIV感染がヒトのHIV感染に類似していることを意味するという。ただ、チンパンジーはSIVで病気になることはない。シャープは、多分、感染から生き残るように進化したか、ウィルスが活性を減らしたからだろうが、何が違うのか知りたいと言っている。

 この研究は、アフリカの人々が森林動物狩猟とブッシュ・ミート(狩猟肉)取引にますます駆り立てられている状況と考え合わせると(EU漁業、「ブッシュミート取引を駆り立てる」)、狩猟の対象となる野生動物ばかりでなく、人間の将来に一層暗い影を投げかける。

 エイズは人類の将来にかかわる今世紀最大の感染症と言われている。それだけでも人間と動物のかかわり方に重大な反省を迫る。しかし、脅威はエイズだけではない。人類の歴史に名を残す疫病の多くは動物から来たものだ。動物との接触の機会の増大が人類に新たな病気をもたらし、大流行させ、定着させてきた。「すべての道はローマに通じる」、この道は新たな病気の通路でもあった。今や、地球がヒトで溢れ、かつて入ったこともない場所(熱帯雨林やジャングル、シカなどの動物や昆虫が生息域としてきた都市近郊未開地など)に人々が住みつき、農地を開き、狩りをし、アウト・ドア生活を楽しみ、エキゾチックな動物をペットとするようになった。鳥や蚊などは温暖化とともに新たな場所に進出している。ヒト、モノ、食料が世界中を飛び回り、ウィルスを瞬時に拡散させる。これらすべてが、人間に新たな病気をもたらし、拡散させる速度を速めている。そのうえ、生物兵器としてのウィルスの意図的拡散さえ恐れねばならない。

 エイズ、ライム病、エボラ熱、変異型ヤコブ病(狂牛病)、インフルエンザ、これらすべてが動物起原のものである。西ナイル・ウィルスは1999年に初めて米国に登場、一気に感染を広げたが、それから間もない今年はSARSに世界が揺れている。5月には、アフリカにしか見られなかったモンキーポックス(サル天然痘)が米国に上陸した(米国:天然痘に似た病気発生の報告ー中西部で19人が罹患、CDCが警告)。これも動物がもたらしたものだ。

 レヴィー・ストロースの言葉を借りて言えば、これは、「グローバル文明を僭称するものの拡大」の問題だ。ラクダがもたらした天然痘の克服(1980年にWHOが根絶宣言)の矢先(80年代初め)に別種の天然痘(名前はモンキーポックスだが、もともとの宿主としてはリスが疑われている)が現われた。エイズは克服されたどころではないが、その新種さえ現われるかもしれないという。その行き先を暗示している。

 (1)Genes hint at HIV genesis,Nature-News,6.13
 (2)Bailes, E. et al. Hybrid origin of SIV in chimpanzees. Science, 300,1713, (2003).

 関連ニュース
 HIV's complex family history unravelled,NewScientist,6.12
 Ancestry of AIDS Virus is Traced,Washington Post,6.13
 Infection Now More Widespread,Washington Post,6.15
 'Eating Apes':Almost Cannibalism,The New York Times,6.15
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