中国・インドのバイオ燃料生産 食料作物栽培のための水の不足を深刻化 国際水管理研究所

農業情報研究所(WAPIC)

07.10.13

  10月11日に発表された国際水管理研究所(IWMI)の研究報告が、既に深刻な水不足に悩む中国とインドにおける現在のバイオ燃料生産の拡大は 、増大する人口を養うための作物に必要な水の不足を一層深刻化すると警告、トウモロコシやサトウキビを原料とするバイオ燃料の代替生産方法を追求すべきと論じているということだ。

 これは、バイオ燃料生産の水と土地への影響に関するこの二つの国に焦点を当てたモデル分析の結果を受けたものだ。インドでエタノール生産のために使われるサトウキビのほとんどすべて、中国でエタノール生産に使われるトウモロコシの45%が灌漑 水に依存している。両国とも、厳しい水不足に対処するために、水が豊かな地域から不足する地域への水移転プロジェクトを開始したが、これは費用、環境影響、大規模ダムによる多数の人々の移住などのために異論が多い。水使用量がもっとすくない別の方法が採られないと、バイオ燃料は環境的に持続不能 になる。こうして、植物セルロースのバイオ燃料への転換や、基礎食料作物が育たない荒廃地や乾燥地で栽培するバイオ燃料作物の開発を推奨する。

 IWMI;Green energy, blue impacts:Biofuels aggravate water scarcity
 Biofuels plans may cause water shortages,AP via Yahoo! News,10.10

  これは、食料の大半を輸入に依存するわが国も他所事と見過ごすことのできない問題だ。圧倒的人口大国が水不足で食料を自給できず、ますます輸入を拡大すれば、わが国が必要とする食料の確保の問題にかかわる。 その予兆は既に現われている。供給不足による世界的規模の食料品価格高騰と”食料争奪”が既に始まっている。

 だが、この報告に対して、中国政府は早速反駁したということだ。
 
 Chinese biofuel 'will not stress water resources',SciDev,10.11

 中国バイテク開発センターのWang Hongguang所長は、国の水資源、農地、食料安全保障 を脅かさない解決策は既に発見されている、例えば、今年5月、バイオ燃料生産にトウモロコシを使うことを停止し、ソルガム、バタタ(甘藷の一種)、キャッサバのような非基礎食料作物に変える指令を出したと語った(参照:中国 エタノール燃料生産原料を非食料品に全面切り替え 実効は不透明,07.6.12

 また、農業部のエネルギー・環境保護技術開発センターのZhao Lixin所長は、これらの作物はトウモロコシの半分の水しか必要としないし、荒地で栽培できる、キャッサバのような作物は水資源が豊かな南部で栽培すると語ったという。

 そして、国家発展改革委員会は、この転換は5年以内に完了すると言う。

 ただ、このような切り替えがそう簡単に進むかどうか、大いに疑問がある。コスト、技術などの面での実行可能性はどう評価されているのだろうか、まったく情報がない。

 インド政府は今月10日、今まで10州で義務化していた石油へのエタノール5%のブレンドを全国一律の義務とすることを決めた。10月からは10%ブレンドすることも承認、2008年10月からは、一部例外地域を除き、これ も義務化することを決めた。既に2003年に示された方針を具体化するもので、そのための生産奨励措置(低利銀行融資)も決めた。

 Ethanol blending with petrol made mandatory,Hindu Business,10.11

 ただ、全国で10%義務化ということになると、10州で5%ブレンド義務化の場合の3倍以上のエタノールが必要になると推定されている(2009/2010年についてみると、10州で5%の場合の4億2500万トンに対し、全国で10%の場合には13億リットルーWorld Ethanol Marlets The Outlook to 2015,F.O.Licht,2006,p.120)。これをサトウキビ以外の作物から 生産する計画はなく、必用量を国内生産で賄うとすれば水不足の加速は不可避である。

 インドに関しては、バイオディーゼルの大増産計画はそれ以上の心配の種だ。インドの液体燃料の主流はディーゼルで、ガソリン消費は1億バレル弱に対し、ディーゼルは3億バレル以上 を使用する。そこで、政府は輸入石油依存を減らすために、バイオディーゼルの大増産を目論む。その原料として白羽の矢を立てたのが、今、荒地、乾燥地でも育ち、食料生産とも競合しないと世界中で注目を浴びているヤトロファ(アブラギリ)だ。2003年、インド計画委員会は、まず第一段階として、政府所有地50haで栽培、主として地方政府工場にバイオディーゼルを生産させ、第二段階で栽培地を1200万haに拡大、バイオディーゼル生産を民営化する計画を勧告した。

 この計画は、ヤトロファの価格をどう設定するかなどの奨励策をめぐる省庁間の対立で、未だに公認されていない。しかし、いずれ動き出す。いくつの州は、既に小規模農家に苗を無償で配り、加工工場も立ち上げた。国全体のヤトロファ栽培面積は 、今や50-60万haに達しているのではないかという。

 インドだけではない。中国も今年2月、既に200万haにヤトロファが栽培されており、2010年にはさらの1100万haが追加されるだろうと発表した。隣のミャンマーでも数百万haの栽培計画があり、フィリピンも最近、70万haの栽培計画を発表した(フィリピン ヤトロファ原料のバイオディーゼル大増産へ,07.8.29)。中国、欧米企業は、アフリカやインドネシアなどにも、ヤトロファの大規模栽培地を物色している。

 しかし、 インドでこの10年、ヤトロファの研究に打ち込んできた研究者は、作物として栽培されたことのないヤトロファについては、未だに収量も予測不能で、最良の生育条件も不明、干ばつに強いといっても少ない水が最高の生育条件とは限らない、大規模栽培の環境影響もまったく分かっていないと言う。基本的な農学的知識もないままにヤトロファ栽培を推進すると、非常に非生産的な農業につながる恐れがある、これを農家の主力換金作物として大々的に普及させると、農家は破滅的損害を蒙らないとも限らない。ヤトロファからのバイオディーゼルの生産効率も不明だ。政府は1ha当たり1300リットルと見込むが、この研究者は、せいぜいその半分と見る。

 他方、ヤトロファから生産されるディーゼルが高品質で、菜種、ヒマワリ、大豆から生産されるものより高性能であることは実証された。この研究者は、安価で・村レベルで容易に複製できるバイオディーゼル精製装置も作り上げた。ヤトロファの大規模栽培のリスクを考えれば、インドの60万の村のうちの燃料や電気を欠く8万の村のエネルギー自給のためにこれを役立てるのが、今のところ最善と言う。ヤトロファは他の作物や植物が育たない土地で育ち、土壌浸食を抑え、土壌の保水力を増すから非耕作地の良い作物にはなる 。しかし、小規模農家の土地をヤトロファで埋め尽くせば何が起きるか分からない。この点に関しては、研究者の見方は一致しているという。

 ところが、このヤトロファ・ディーゼルを使ったダイムラー・クライスラーの6000m走行試験のニュースに、彼は愕然とする。彼が目指すのは村人のための燃料としてのバイオディーゼル ー村々の零細工場から供給され、トラクタ、灌漑用ポンプ、発電などのために利用されるーで、”ファンシーな都会人”ためのものではないからだ。しかし、輸入石油依存を減らすことが目的の国にとっては、それでは意味 がない。農家にとっても、環境にとっても、どんな影響があるかまったく分からないヤトロファ大規模栽培が始まろうとしている。

 (インドのヤトロファ・ディーゼルに関する記述は、次に拠った)

 Biofuel: The little shrub that could - maybe.Natue News,07.10.10
 http://www.nature.com/news/2007/071010/full/449652a.html