米国生物倫理学者 強毒性鳥インフルエンザの根源は工場養鶏 対策費用は工場産品課税で

農業情報研究所(WAPIC)

05.11.15

 タイのバンコク・ポスト紙が、密閉したウインドレス鶏舎を使った工場養鶏こそ強毒性鳥インフルエンザを生み出す根源であり、各国政府が現在取りはじめているインフルエンザ・パンデミック対策の費用は工場養鶏製品への課税で賄うべきだという米国プリンストン大学のピーター・シンガー生物倫理学教授の意見を掲載した。シンガー教授の最近の著書には、”Writings on an Ethical Life and One World”があり、”食料と倫理”に関する本も完成間近という。

 Factory farms provide bird flu breeding ground,Bangkok Post,11.14
 http://www.bangkokpost.com/141105_News/14Nov2005_opin15.php

 現状では課税の実行可能性は考えられないが、鳥インフルエンザを拡散させるとしてフリーレンジ(屋外放し飼い)の家禽飼育を非難する言説を否定し、「ウィルスが一層強毒なものに変異するのは、それが高密度の家禽の群れに入るときである。伝統的方法で育てられた鳥は、集約的閉鎖システムで飼育される遺伝的には類似の鳥よりも強い病気抵抗性を持つ可能性が高い。さらに、工場農業は生物学的に安全が確保されていない。病気を運び得るネズミやその他の動物による感染が頻繁にある」という見解には全面的に賛同する。

 現在、中国や東南アジアで蔓延し、ロシア・中央アジア・そしてヨーロッパ・中東にまで広がった強毒性のH5N1ウィルスが通常は感染してもほとんど無症状の野鳥、そして放し飼いの家禽までを殺すようになったのは、恐らくは”工場”内の大量の鶏の間で感染が繰り反されてきた結果にほかならないだろう。野鳥や放し飼いの家禽は工場養鶏の犠牲者にすぎない。

 現在、アジアでも、ヨーロッパでも、野鳥との接触を防ぐために、家禽の屋内閉じ込めが勧奨され、あるいは強制されている。しかし、これは無益だろう。屋内に閉じ込めたからといって「生物学的に安全が確保」されるわけではないことは明らかだ。タイやインドネシアの農民が家禽の屋内閉じ込めに反対するのは、さし当たっての生計維持のためであるとはいえ、「生物学的」にも根拠のないことではない。ヨーロッパの一部農民ー有機農民などーも、その強制に抵抗している。

 シンガー教授の見解は、各国政府が狂奔する新型インフルエンザ対策に対して貴重な視点を提供するだろう。ここにそれを要約(といっても全文に近いが)紹介しておくこととした。

 ピーター・シンガー 工場農場が鳥インフルエンザを育む土壌を提供する

 50年前、アメリカ養鶏農民が、鶏を小屋に閉じ込めることで食用に供される鶏肉・卵を安く、労力を省いて生産できることを発見した。新たな方法が広がり、鶏は野外から消え、長い、窓のない小屋に閉じ込められた。工場農業が生まれた。“工場農業と呼ばれるのは、小屋が工場のように見えるからだけではない。生産方法をめぐるすべてのことが、生きた動物をできるかぎり低いコストで穀物を肉や卵に変えるための機械とすることにつながっている。

 このような小屋に歩み入ればー生産者が許したとしてー、3万の鶏が見られるだろう。米国養鶏産業団体である全国養鶏委員会は、550㎠ー標準的なタイプライター用紙よりも小さいーに1羽の鶏密度を勧奨する。鶏が出荷体重に近づくと、床は鶏で埋め尽くされる。鶏は他の鶏を押し退けねば移動することもできない。採卵養鶏では、雌鳥はワイヤーのケージに閉じ込められるから、まったく動けない。

 環境活動家は、この生産方法は持続不能と指摘してきた。第一に、それは小屋の照明や換気、そして鶏が食べる穀物の搬送のために化石燃料の使用に頼る。人間が直接食べることができるこの穀物は鶏に与えられ、鶏はその一部を、我々が食べることのできない骨や羽根、その他の組織を作るために使う。従って、我々は鶏に与えたものより少ない食料しか取り戻せない。その一方、集中した鶏の糞尿の処分は河川と地下水の深刻な汚染を引き起こす。

 動物福祉活動家は、鶏の密集は自然な群れの形成を妨げ、鶏にストレスを引き起こし、採卵鶏の場合には羽根を延ばすことさえ妨げられると抗議する。小屋内には鶏の糞便から出たアンモニアが充満しており、糞便は通常は数ヶ月、ときには1年以上も除去されず、積み重なるに任される。医学専門家は、このような過密で、不潔で、ストレスの多い条件で成長を保つために抗生剤が飼料に常時加えられているから、抗生物質抵抗性バクテリアが公衆衛生に脅威を引き起こすと指摘する。

 このような十分に根拠のある批判にもかかわらず、過去20年の間、工場農業ー鶏だけでなく、豚、子牛肉用の牛、乳牛、そして屋外フィードロットの牛もだーは途上国、とくにアジアに急速に広がった。我々は今、それが想像をはるかに超える致命的な結果を招きつつあることに気づきはじめている。

 オタワ大学のウィルス学者・アール・ブラウンがカナダの鳥インフルエンザ勃発後に指摘したように、「高密度飼育は強毒性鳥インフルエンザ・ウィルスを生み出す完璧な環境である」。

 他の専門家もこれに同意する。10月、国連タスクフォースは、鳥インフルエンザ・パンデミックの根源のひとつとして、“巨大な数の動物を小さな空間に密集させる”農業方法をあげた。

 工場農業の支持者は、鳥インフルエンザは放し飼い(フリーレンジ)の群れ、あるいは餌場を放し飼いの鳥と共有したり、飛行中に糞便を落す野性のアヒルやその他の渡り鳥によって拡散すると指摘する。しかし、ブラウン氏は、野鳥に見られるウィルスは一般的には危険性が非常に小さいと指摘している。

 それとは逆に、ウィルスが一層強毒なものに変異するのは、それが高密度の家禽の群れに入るときである。伝統的方法で育てられた鳥は、集約的閉鎖システムで飼育される遺伝的には類似の鳥よりも強い病気抵抗性を持つ可能性が高い。さらに、工場農業は生物学的に安全が確保されていない。病気を運び得るネズミやその他の動物による感染が頻繁にある。

 今までのところ、現在の鳥インフルエンザの株で死んだ人間の数は比較的少なく、彼らのすべてが感染した鳥と接触したように見える。しかし、ウィルスが人の間で伝達できる形に変異すると、死者の数は数百万、数千万になる恐れがある。

 各国政府は、抗ウイルス薬の備蓄やワクチン開発などへの政府支出を中心に、この脅威に対する備えを始めている。しかし、今明らかなことは、このような政府支出は、現実には養鶏産業への一種の補助金であるということだ。ほとんどの補助金と同様、これは経済的な悪である。工場農業は伝統的方法より低コストに見えるから広がった。実際には、それは、工場農場の川下や風下に住む他の人々から清浄な水や空気を奪うというコストを無視しているから低コストであるだけだ。

 これは全体のコストの一部にすぎない。工場農業は、我々すべてにとっての一層大きなコストーそしてリスクーに何の支払いもしていない。経済的タームで言えば、これらのコストは我々に転嫁されるのではなく、工場農業者により“内部化”されねばならない。

 これを実行するのは容易なことではない。しかし、政府が鳥インフルエンザに対して取らねばならない措置に支払うための十分な歳入が得られるように、工場農場産品に課税することから始めることができよう。このとき、工場農場からの鶏がそんなに安いものではないと我々ははっきり知るだろう。

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