ブラジル、牛肉ブームで殺人が多発 米国生まれシスター惨殺で漸く政府が対策に本腰

農業情報研究所(WAPIC)

05.2.19

 ブラジル・アマゾン地域に位置するパラー州で12日早朝、米国生まれでブラジルに帰化していた73歳のシスター、ドロシー・スタングさんが惨殺された。頭や胸に6回にわたり弾丸を打ち込まれた。彼女は北部ブラジルの開拓者・入植者と協力、土地無し貧民のために闘い、アマゾンの森林保護に献身してきた。犯人は既に名前も特定された牧場主と見られ、二人のガンマンに殺害を指示したという。

 世界の牛肉需要の拡大がブラジルの牛肉ビジネスへの狂奔を生んでいる。昨年は世界一の牛肉輸出国にのし上がった。政府系メディアが伝えるところによれば、昨年1月から10 月までの輸出量は150万トン、輸出額は20億ドルを超えた(1)。しかし、これは、ときには抵抗する者を射殺してまで小農民から簒奪された土地、さらにアマゾン先住民を追い出しての違法伐採地への牧場の拡大によって実現されたものだ(2)。なかでもパラー州を含むブラジル北部は、政府所有地を侵略する不法占拠者がかかわる暴力的紛争の中心地域となっている。パラー州では、過去20年間に500件もの土地にかかわる殺人が起きた。

 このような状況に終止符を打つべく、政府は一定の対策を講じてきた。最近は、牧場主に対し、占拠したけれども所有権を証明できない土地の明け渡しも命じた。しかし、これが牧場主や違法伐採者の暴力行為を一層煽ることになったようだ。事件後、ドロシーさんをよく知っていたという司法相は、政府が「経済活動を略奪的な生き残りの手段ではなく、組織化された活動に変える」ための行動を開始したことが、「民主的で文明化された社会で生きることに慣れていない者に巨大な反抗」を引き起こしていると述べた(3)

 事件を受け、政府はかつてない捜索体制を敷いた。犯人は日本の3倍もの面積をもつ州のジャングル深くに逃亡したと見られる。発見はほとんど不可能と思われるが、航空機とともに2,000の軍隊も動員した。環境団体は、こんな事件は今までに山ほどあったのに、外国人が殺されるまで政府のこんな対応なかったと不平を言う。ドロシーさん自身も、政府の対応が不十分と批判してきた一人だ。しかし、遅まきながら、政府はやっと本腰になったようだ。徹底的な犯人捜索とともに、違法伐採、不法占拠からのアマゾン保護策強化を矢継ぎ早に打ち出した。

 環境省は、既に始まっている”ミドランド”地域(アマゾン東部の800万haを超える処女雨林地域。アマゾン東部流域の原始的生態を持つ最後の地域と言われる)における保護区創設を加速、さらに北部ブラジルアマゾンに新たに三つの保護区を創設すると宣言した(4)。パラー州の保護区は400haに達するという。ここでは、伝統的コミュニティーが保護されるとともに、木材の搬出と森林不法占拠が防止される。木材、ブラジルナッツ、ゴム、果実などの自然資源の小規模採取のみが許され、河川流域住民は、自身の生存のためのかぎりで、農業活動の開発も許される。

 ルーラ大統領は、「地域における土地所有規制と環境保全のための連邦政府のプログラムの実施への反抗」を犯罪とみなし、地域における暫定連邦政府キャビネットの設置を命令、アマゾン破壊の玄関口となっているハイウェイBR163に隣接する連邦政府所有地の820haの森林への立入禁止を宣言した(5)。反抗を引き起こした連邦プログラムは継続するだけでなく、パラー州に拡張される。このために、パラー州におけるミドランド生態系保護区域とセラ・ド・パルド国立公園の創設を承認した。マリーナ・シルバ環境相は、これら二つの保護区は380haに及び、州で最も重要な森林地域の一つを保護することになると言う。連邦政府の行動を強化するための暫定キャビネットの設置場所は未定だが、これもパラー州内になる。

 環境相は、これらの措置は、不退転の決意で土地所有規制と保護区創設の実施に臨むというメッセージを国民に送るものと強調する。しかし、「略奪的な生き残りの手段」に訴える者の「巨大な反抗」をブラジル政府の力だけで押さえ込むのは容易なことではない。国際社会の協力も不可欠だ。

 かといって、我々にできることは限られている。この事態を招いたのが牛肉需要の世界的拡大にあるとすれば、せめて、「なぜ牛肉を食べるのか」と問い、「食い改める」道を探りたい。ただ、現状では、それさえもほとんど見えないか、はるかに霞む目標かもしれない。BSEにもかかわらず、我々は人間の保護に関心を集中、検査だ、特定危険部位(SRM)の除去だと叫ぶばかり、BSE問題の背後にある巨大アグリビジネスが支配し・巨大家畜工場・精肉工場を基盤とする工業的食料生産・供給システムの問題には一向に目が向かない。

 牛肉を食べるとき、その安全性は気にしても、手頃な値段で、いつでもどこでも牛肉(鶏肉、豚肉でも同じことだが)が手に入るようにするための生産が(ついでに言えば、そのために必要になる飼料=大豆生産の拡大もアマゾン破壊と暴力的土地略奪の一つの元凶である)、すざましい環境破壊と健康被害ばかりか、土地略奪のための殺人まで引き起こしていることに思いを馳せる「消費者・市民」は少ない。このままでは、米国やカナダのBSE問題も、人間のリスクは微小とばかり、環境汚染で地域コミュニティー住民に重大な健康被害をもたらしている巨大家畜工場・精肉工場はまったく手つかずのままに終息するだろう。大騒動の結果から学んだのが検査やSRM除去といった「対症療法」でしかないならば、余りに寂しくないだろうか。検査やSRM除去が無用な、我々が早くも忘れかかっている「正常な」社会に一日も早く戻りたいと思う。

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