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タイ下院、地理的表示法案見直しへ−法案はジャスミン・ライス輸出に悪影響

農業情報研究所(WAPIC)

03.3.20

 3月19日、タイ下院は、農民の激しい抗議を受けていた「地理的表示保護法(Geographical Indication Protection Act)」案はタイ原産の動植物品種を適切に保護するものではないとして、その採択を全会一致で取りやめた(上院は昨年11月に採択している)。それはタイの有名なジャスミン米や農産物の輸出を害し得るから、上下院は法案審議に一層時間をかけるべきであるという。

 この法律は、ウルグアイ・ラウンドで合意されたWTOの「知的所有権の貿易関連側面協定」(TRIPs)により、各国が商品の原産地を誤認させるような地理的表示を防止することが義務づけられたことに対応するものであった。問題は、この法案が動植物や農産物の名称を「generic names」と定めていることから生じた。これは、これらが特定の産地や品種を表示することなく、一般的名称の下で販売できることを意味する。農民が特に恐れているのは、タイが誇り、米国で3億ドルの市場をもつ香り米・「ジャスミン米」の市場が脅かされることである。米国では、原産地に何の補償もすることなく、タイのジャスミン米から米国の風土に合うように新品種が開発され(バイオ・ピラシィー)、これが「ジャスマティ」という紛らわしい名で販売されている。ジャスミン米の香りはタイ北部の独特の土壌に発すると言われているが、法案に従えば、こうした動きを止める手段がないことになる。

 従って、農民やバイオピラシィーに反対する環境保護団体は、これらが保護の対象から外されれば、農民の生計の維持が脅かされると、この法律による保護の対象とするように要求してきた。しかし、政府は、この問題の重要性を認識しながら、最後まで法案を変えようとしなかった。米国からの強力な圧力がかかったと見られている。14日付の「バンコク・ポスト」紙は、生物資源に関する人権委員会小委員会のBuntoon Arethasirojが、11日の米国大使により組織された地理的表示保護に関する「密室会議」を取り上げ、タイの立法過程への米国の介入を激しく批判したと伝えている。米国大使館も、この会議を認めたという。法案採択の前日、19日には、北部のおよそ100人の稲作農民が米国大使館に押しかけ、法案への介入をやめるように要求した。採択当日には、彼らは議会にも向かい、立法過程を中断、修正のための委員会を設置するように求めた。このような抗議が功を奏したことになる。

 3月20日付の「バンコク・ポスト」紙は、「農民の生計は犠牲にできない」と題する解説記事を掲げた。それは、「世界の注目は米国とイラクの戦争に集まっているが、タイの貧しい農民は米国との別種の戦争−彼らの生計を保護するための戦争を戦っている」と、この問題への注意を促がしている。

 記事は、まず、「彼ら(農民)は、タイ独特の生物資源や産物が楽々と入手できるように、米国がタイの法律に影響を及ぼそうしていると信じている。・・・農民は、既に、米国での栽培用にタイ品種からジャスミン米を開発する試みに苦い思いを抱いてきた。米国消費者に彼らがタイのジャスミン米を買っていると信じ込ませる商標を米国政府が支持したことから、また、またタイの森林の豊かな生物多様性資源への自由なアクセスを獲得するために、負債スワップ計画を利用しようと米国政府が試みたことから、農民の憤怒は一層燃え上がった」と農民の怒りの背景を説明する。

 その上で、この法案は、ジャスミン米を使って世界市場で儲けようとする米国の試みを改めて強化するもので、「バイオ・ピラシィーの蔓延を考えれば、多くの者は、バイテク多国籍企業が我々の生物資源から新たな系統を自由に開発するだけでなく、その製品を我々自身の確立した名称で販売するであろうこと、そして我々がそれに対してなす術がないことを恐れる」と指摘する。

 地理的表示は、従来、とりわけEUにおいて、ますます熾烈になる世界市場での低価格競争のなかで、生産物の品質を改善し、あるいは小規模農民や農業条件に恵まれない地域の農業と農村を守り・発展させるための重要な手段の一つをなしてきた。それは、途上国の小農民の存続の手段としても重要性を増している。ウルグアイ・ラウンド開始に際して知的所有権を議題とすることに最後まで抵抗したインドにおいても、ヒマラヤの山麓で収穫される「バスマティ米」を地理的表示で保護する手段を既に講じている。しかし、米国は、遺伝子組み換えで開発された同種の米に特許を与えている(1997年)。インド農民は、米国の目的が、タイのジャスミン米についてタイ農民が言うのと同様なものであったと見ている。目下のWTO交渉でも、地理的表示保護の強化を求めるEUと、それを無用とする米国・オーストラリアラ・カナダ・アルゼンチン等が厳しく対立している。

 まさに、米国と世界の農民の「別種の戦争」があるのであり、それが「人類と地球」にもたらす影響は、米国−イラク戦争と同様に大きなものであろう。タイ農民は、この戦いで一定の勝利を勝ち取った。しかし、それは最終的勝利ではない。先の解説記事は、今回、下院は法案見直しのための委員会設置という正しい決定を行なったが、公聴会や国民参加を排除した立法システムの閉鎖性の問題は未解決であり、この問題が解決されれば、外国の圧力を恐れる必要などなくなると言う。一農民は、閉鎖的システムや人々の文化的ルーツから切り離された国の政策策定者と闘わねばならず、これは「長期戦になるだろう」と言っている。

 関連報道
 US requested omissions to protection kist,Bangkok Post,03.3.14
 Protest over plant,animal names bill,Bangkok Post,03.3.19
 House withhold bill,will plug loopholes,Bangkok Post,03.3.20
 Farmers' livelihoods cannot be sacrificed,Bangkok Post,03.3.20

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