国連貿易開発会議、貿易志向政策に痛撃―自由化よりも国内産業発展が重要

農業情報研究所(WAPIC)

03.10.5

 筆者はこれまで、貿易自由化・構造改革(規制緩和・撤廃)一辺倒の世界の潮流に疑念を表明、マスコミや識者の論調がこれに向けた「大政翼賛的」雰囲気さえ醸成しつつあることに危機感も表明してきた。カンクンWTO閣僚会合の挫折を受け、今はこのような路線を根本的に反省すべきときではないかとも主張してきた。とくに価格支持や供給調整の伝統的農業政策手段を放棄した農業自由化と農産物貿易自由化、それに伴なう直接支払の増加が、先進国・途上国を問わず巨大輸出ビジネスのみを利し、多くの中小農民を追い払うとともに、環境破壊を助長していることに注意を促してきた。世界はようやくこの反省の機会をとらえ始めたようである。10月2日、市場志向的・貿易志向的政策を痛撃する国連貿易開発会議(UNCTD)の「2003年貿易開発報告」(⇒Highlights,Press releases,Full report)が発表されたのだ。

 この報告は、最近の世界経済のトレンドと成長・発展の展望の途上国の視角から検討、先進国の長引く成長低迷と途上国間の成長の格差の原因の分析、途上国への資金の流れの歴史的視角からの検討及び国際貿易の最近の展開の検討に当てられている。

 とりわけ注目されるのは、1990年代ラテン・アメリカ諸国が採用した「ワシントン・コンセンサス」(一部エコノミスト、、米国政府の官僚、世銀、IMF等が策定したもので、緊縮財政、貿易自由化、外資への開放、民営化、規制緩和などの政策を処方した)に基づく市場・貿易志向的政策を徹底的に拒否していることだ。それは、地域の「早熟の脱工業化(製造業の産出高と雇用のシェアの減少))」に貢献したという。

 外資流入に依存する為替相場固定が通貨市場の不安定と高利子率につながる一方、急速な貿易自由化が国際収支の悪化につながった。外国直接投資は金融の不安定をもたらすことにもなった。報告の起草者である前UNCTAD事務局員のYilmaz Akyuzは、大部分が維持できなくなった固定為替相場制度から離脱したことを歓迎しながらも、ブラジルの債務負担は支え切れないし、地域全体の債務が帳消しにされる必要があると言う。また、貿易と市場アクセスは重要ではあるが、死活的に重要なのは衰弱した国内産業を建て直すことだと言う。国内貯蓄率の引き上げと国内ビジネスへの信用の流れを助長する必要がある。とくに懸念されるのは、多くの中小ビジネスが信用(貸し付け)にアクセスできず、多国籍企業により絞め殺されていることだ。

 彼は、ブラジル、アルゼンチン、その他の途上国の政策が先進国農産物市場の開放に重点を置くことに異議を唱える。それは農産物輸出依存の経済構造を固定することになる。貿易障壁の除去は中心問題ではない。国内産業を育て・助長し・発展させる能力、国際市場で競争し・国内市場に供給する能力を高める政策など、今途上国が必要としているのは、ウルグアイ・ラウンドで多くの国が奪われてしまったこうした政策の余地を取り戻すことだ。1950年代、60年代の輸入代替政策に戻れまでとは言わないが、ラテン・アメリカ諸政府は、有望企業助成により経済開発を促進した東アジアの経験に学ぶべきだと言う。

 他方、報告は、批判の鉾先を先進国にも向ける。米国やEUは貿易障壁解体に焦点を当てる代わりに、世界経済にはずみをつけ、グローバリゼーションの利益に与れない国の不信を回避するために働くべきであるという。金融・通貨市場を再建し、世界の経済回復と失業急増傾向の反転をスタートさせる行動が取られなければ、グローバリゼーション不信が深まり、まさにカンクンで見られたような途上国の政治的反撃の引き金が引かれることになる。多くの商品が僅かな購入者、多くの労働者が僅かな職を追いかけているとき、どん底の利子率は経済浮揚に役立たない。調整されたケインジアン政策が世界経済をデフレから開放しなければならないという。

 ワシントン・コンセンサスの呪縛、自由化・規制緩和の呪縛から一度解放されれば、カンクンの挫折を乗り越える道を発見することは容易である。だが、これは「パラダイム」の転換に匹敵する難事かも知れない。例えば、世界で最も自由主義的な英国経済学者でさえ、生産や市場における弾力性を欠き、農業労働力の他産業への転換も容易でない農業に関しては、一定の市場・価格介入、構造的介入が必要と論じていたのはそう昔のことではない。だが、農業経済学のこのような基本的命題を思い起こす農業経済学者・農政学者が、今どれだけいるだろうか。まさに「パラダイム」が変わってしまったのだ。しかし、再度の転換への向けての動きが、今始まったと言えるであろうか。わが国も世界の潮流に乗り遅れまいと、農業では「直接支払」の模索が始まっている。しかし、今なすべきことは、これが無用であるような政策手段を取り戻すための国際的協調に全力をあげることではなかろうか。 

 関連:国連貿易開発会議、2003年貿易開発報告に伴なう報道発表(document)、10.06

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