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EU、「シンガポール・イシュー」で攻勢、途上国の反発は回避できるのか

農業情報研究所(WAPIC)

03.3.6

 米国のNPO・農業貿易政策研究所(IATP)ニュースがWTO Reporterからの情報として伝えるところによると、EUは、投資、競争政策、貿易円滑化、政府調達の透明性に関する、いわゆる「シンガポール・イシュー」4分野におけるWTO討議を開始を前進させることを狙い、これらに関する交渉モダリティーのあり得る選択肢を設計した。EUは、2月27日付のペーパーで、これら4分野はドーハ・ラウンド貿易交渉の「中心要素」であり、一括受諾の一部をなすと主張しているという(EU Sets Out Modalities Options For Discussing ‘Singapore Issues’,ITAP Trade Observatory News,03.3.3)。

 モダリティーは、加盟国がオファーを用意するために使用する交渉の枠組を設計するものであるEUは、農業分野でなされると予想される譲歩とバランスを取るために、この交渉を不可欠と見ており、カンクンでの交渉開始決定を容易にするために、今、交渉のためのモダリティー開発すべきだと言う。

 EUが述べるモダリティーの要素には、会合の回数・時期・提案提出期限などの交渉局面に関連した手続問題、交渉議題範囲、途上国に対する特別かつ異なる待遇の三つの主要分野が含まれる。

 議題の範囲に関しては、交渉でカバーされるべき具体的問題に焦点を当てるべきだと言う。貿易円滑化については、ガット第X、[、]条に基づく貿易手続の簡素化が、投資については、ドーハ宣言第22パラグラフに述べられた問題のリストが含まれ得る。競争政策交渉に含まれる問題はハードコア・カルテルに関するWTO規律の設定に限定され得るし、政府調達については、WTO作業グループ内での7年間の分析作業に含まれた問題に焦点を当てるべきである。

 範囲については、あり得る協定から生じる義務をいかに構造化するかにも取り組むべきだと言う。投資については、これは一律の義務の可能な例外または免除を含み得る一方、競争については一定の「プロセス関連」義務の部門別例外または免除を含み得る。政府調達については、透明性規律の適用に向けての「プラグマティックで負担の少ないアプローチ」を許す観点から最低基準の問題が検討され得ると言う。

 EUは、2001年11月のドーハ閣僚会合で、これらの問題を交渉する約束を取り付けようとしたが、これらの問題はWTOの外部で論議すべきか、時期が熟していないと主張するインドに導かれた多くの途上国は強く抵抗した。結局、ドーハ会合は、曖昧な妥協案を採択、「交渉は、2003年9月のメキシコ・カンクンでの閣僚会合後、交渉のモダリティーに関するそのセッションで、明白なコンセンサスでなされる決定に基づいて」開始することに合意した。EUは、ドーハ会合での失敗をここで取り戻そうとしているわけである。

 しかし、EUのこの思惑が再び失敗に帰する恐れは大である。ドーハ「開発」ラウンドは、先般の東京ミニ閣僚会議で露呈したように、その名に反して、相も変わらず米欧を中心とする先進国よる世界市場争奪戦の様相を呈しており、農業交渉の枠組を決めるハービンソン議長のモダリティー第一次案も、先進国が補助金を削減・撤廃し、補助金に支えられたダンピング輸出に対する途上国の強力な市場保護の権利を与えるべきだという途上国の強い主張をほとんど考慮していない。途上国のラウンドに対する反発は強まるばかりである。東京会合は農業交渉を始め、あらゆる分野で行き詰まったと報じられている。米国は、農業交渉でEUが一層の譲歩をしなければWTOを脱退するとまで言い始めた。しかし、交渉の現段階では、それは当然のことである。この早い段階で、何らかの妥協、コンセンサスに達しようとする動きが出るとすれば、その方が異常であろう。先進国には、シアトルの二の舞だけは避けたいとする空気がある。いずれ歩み寄る時期が来るであろう。しかし、それが途上国軽視を続ければ、途上国は交渉失敗をむしろ歓迎するであろう。シアトル会合の失敗に喝采したのと同様に!

 折りしも、3月5日付のインド・The Hindu紙は、「カンクンへの道の砂ぼこり」と題する意見を掲載している(WTO: Dust on the road to Cancun(Opinion by Sushma Ramachandran),THE HINDU,03.3.5)。それによれば、ドーハのアジェンダに関するいかなる議論も、ドーハ閣僚会合で前商務大臣のマランが果たした重要な役割を抜きにしては不完全なものである。マランのインドの交渉過程への貢献は、政府調達、貿易円滑化、投資、競争政策のような「シンガポール・イシュー」を議論するためには「明白な」コンセンサスが必要だと認めさせたことにある。この意見の筆者は、知的財産権や労働問題をWTOの論議に載せるのを押しとどめられなかったのは途上国にとってに失敗であったことを思い起こさねばならないと言う。WTOは、そもそもは貿易問題を解決するためのルールに基づく組織を目指したのだが、今や経済活動のあらゆる側面に関係する巨大な「アメーバ」のような生き物に変身した。シンガポール・イシューは貿易とは何の関係もない。これは、ウルグアイ・ラウンドにおいてインドが主張した立場とまったく同じである。

 意見によれば、東京会議で、現商務大臣は、これらの問題をめぐる議論を開始するための「カナテコ」として「明白なコンセンサス」の言葉を利用した。これは、即座に残余の途上国からの支持を集めることになった。インドは、WTO交渉のようなフォーラムで、途上国世界の自然の指導者としての[オーラ]を保っている。特に複雑なWTO交渉のための基盤を欠くアフリカの小国は、なおインドの支援を頼りにしている。途上国世界は共同して交渉することの重要性を実感し、アフリカ・カリブ諸国は、シアトル会合以来、ワン・ブロックで取り組むようになった。過去2回の会合でインドが取った原則的立場は多くの途上国を引き付けており、カンクンへの助走における交渉のやり方を練り上げるために、インド代表団は他の途上国からの多数の二国間協議を要請された。こうして、インドは、途上国として、知的財産権(TRIPs)に関してはブラジルとはっきりと歩調を揃えることになり、関税問題では多くの他の国が同調するだろうと言う。

 今や、途上国はWTO加盟国の4分の3を占める大勢力である。それがある程度まとまれば、新ラウンド全体を崩壊させる力をもつ。しかし、そうなれば、EUを始めとする先進国は、自らの利益を護るためにのみ、自らの判断でのみ他国を一方的に攻撃する米国の「ユニラテラリズム」を抑える手段を少なからず損なうことになろう。WTOにはどんなに問題があろうと、米国の一方的措置にある程度歯どめをかける役割は果たしてきた。WTO離脱までほのめかす米国を別とすれば、多くの先進国にはラウンドを崩壊させてはならない理由がある。しかし、「シンガポール・イシュー」のごり押しは、その脅威を現実のものとするであろう。

 関連情報
 
ウォルデン・ベローの東京WTOミニ閣僚会議報告(document),03.2.28