ドーハ・ラウンド、強まるEUの途上国抱き込み作戦、米日孤立化か

農業情報研究所(WAPIC)

04.5.6

 WTO世界貿易自由化交渉―ドーハ・ラウンド―の今年中の終結のために7月までには交渉の枠組み―モダリティー―で合意を目指す。このような国際的雰囲気が醸成されつつあるようだ。とりわけ米国やEUのその実現へ向けての政治的圧力が強まっている。これは、ロバート・ゼーリック米国通商代表、EUのパスカル・ラミー通商担当委員、フランツ・フィシュラ―農業担当委員などのトップ政策メーカーの任期満了が近づいたことを反映している。ドーハ・ラウンドを推進に決定的役割を演じてきた彼らの個人的関係が失われれば、ラウンド成功の機会は永遠に失われるという危機感がその背景にある。

 しかし、昨年9月のカンクン閣僚会合を決裂に導いた先進国・途上国の溝は、実質的にはほとんど埋まっていない。4月30日と5月1日、7月末までに枠組み合意に達するための努力に政治的弾みを与えようと、米国、EU、ブラジル、ケニヤ、南アフリカの貿易担当閣僚がロンドンで「秘密」会合を開いた。米国やEUは、これによって途上国全体の政治的変化に弾みがつくと期待した。

 会合の結果は何も確約するものではなかったが、絶望的なものでもなかったようだ。会合についてのフィナンシャル・タイムズの報道によると(Ministers vow to overcome obstacles to Doha,04.5.3,p.4)、会合を支配したのは農産物貿易問題だったが、工業品関税、サービス、開発問題、シンガポール・イシュー(競争、投資、貿易円滑化、政府調達透明化)をめぐる相違を縮める見通しも評価された。ブラジルのアモリン外相は、どの程度関税を削減すべきか、先進国・途上国がそれぞれどれほど市場を開放すべきかをめぐってWTO加盟国が大きく分裂している農産物市場アクセスが最も困難な問題だったと語った。だが、6月半ばまでにWTO各国が農業に関して交渉を前進させることに、またシンガポール・イシューでも長期にわたる争いの解消に楽観的な期待を表明したという。彼は、EUが「動き」を示し、この争いは今月の経済協力開発機構(OECD)の貿易閣僚会合に際しての先進国・途上国の閣僚の会合で決着できるだろうし、工業品関税削減方式での合意達成も「乗り越えられなくはない」と語っている。

 このような姿勢は、明らかに最近のEUの姿勢の変化を反映している。それは、カンクン閣僚会合の崩壊で大きな役割を担ったブラジルを盟主とするG20グループの動向に大きく影響する可能性がある。EUの動向には、今後最大の注意を向ける必要があろう。EUとブラジル・アルゼンチンを中心メンバーとする南米共同市場(メルコスル)は、今年10月にも自由貿易協定(FTA)交渉妥結が見通されるほどに急接近している。最大の難問である農産物のEU市場アクセスで、EUが大幅な譲歩を提案しようとしていることが最大の要因である(⇒EU、南米共同市場(メルコスル)への譲歩でCAP反対派分裂を狙う,04.4.15)。アルゼンチンを訪れたフィシュラー農業委員は4月29日、ベノスアイレスでの記者会見で、EU-メルコスル協定での大幅な農産物市場開放の提案を約束する一方、WTO交渉では、EUはすべての先進国がアルゼンチンその他の途上国からの輸入の少なくとも50%に完全に自由なアクセスを与えるように望むと述べた。さらに、アルゼンチンは先進国並みの関税削減を強要されない権利を持つべきだとも語った("Big prize on offer for Argentina in WTO and Mercosur farm talks", EU Farm Commissioner Fischler says)。

 EUの途上国抱き込み作戦は、アフリカ・カリブ・太平洋(ACP)諸国を中心とし、やはりカンクン会合の崩壊の主役をなした貧しいG90グループに向けても一段と強化されている。セネガル・ダカールで開かれた後発途上国グループの貿易閣僚会議に招かれたパスカル・ラミー通商担当委員は4日、貿易障壁解体を強要されればその脆弱な経済が大きな打撃を受け、WTO協定の一層複雑化する諸側面の実施は技術的に不可能と恐れるこれら国々の代表を前に、EUがどのような譲歩を求めるか初めて明らかにした(Pascal Lamy Commissaire européen au Commerce Déclaration d'ouverture de Pascal Lamy Réunion des Ministres du Commerce des PMA dans le cadre de la relance des négociations commerciales post-Cancun Dakar, Sénégal, 4 mai 2004)。彼は、G90諸国が[貿易自由化に]大きく貢献する立場にないことは明らかと明言、工業品のさらなる市場開放を約束する必要はない、貿易円滑化協定に調印、関税保護の削減につながらない輸入関税の「拘束」に合意するだけで十分だと示唆した。

 EUのこのような途上国攻勢の強化は、先進国と途上国に同等の市場開放を求め、綿花補助金をWTO違反と訴えたブラジルの主張を認めるWTO紛争処理小委員会の中間報告にもかかわらず、その大量の国内助成を正当化しつづけ、輸出信用や食糧援助を通しての輸出補助の廃止の要求にも耳を貸さない米国への攻勢の強化でもある。先のフィシュラー委員の発言は、すべての先進国に途上国からの輸入品への市場アクセスの改善を求めるとともに、32億ドル(03年)の輸出信用供与や数十億ドルの食糧援助、貿易国家独占(カナダ、オーストラリア、ニュージーランド)で世界市場を歪める米国等に、途上国を害する「すべての輸出補助」の問題に真面目に取り組むように要請、また米国等先進国が10年間で70%も貿易歪曲的農業補助金を減らしたEUにならい、農業改革を推進することを求めている。

 ドーハ・ラウンドの行方は未だ分からない。だが、米国(そして日本等先進国)への包囲網が強まることだけは確かなように思われる。

農業情報研究所(WAPIC)

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