WTO仮決定、EUの地理的表示は貿易ルール違反、だが商標は地理的呼称に代われない

農業情報研究所(WAPIC)

04.11.22

 11月18日、地理的表示制度によるEUの地域産品保護がWTOルール違反に当たるという米国とオーストラリアの訴えを審理してきたWTO紛争処理パネルの仮決定が出た。この報告は当事国に手渡されただけで、EU、米国、オーストラリア当局の公式コメントも出ていないから、内容の詳細は分からない。しかし、マスコミ報道によると、米国、オーストラリアに有利な決定らしい。

 EUは、限定された地域で生産・加工・調整される飲食料品に与えられる地理的呼称(EUの農産物食品「地理的表示」制度,03.8.18)による農村地域新興策を重視してきた。他地域で生産される同種産品がこれら産品と同一の名称(地名)を付けるのを許さず、地理的・歴史的環境(伝統)から生じる独自の品質や特徴を持つ産品を市場競争から保護しようとするものだ。

 ところが、現実には、これら名称は”一般名”化し、他国あるいは他地域で生産された同一名称の産品が世界中に溢れている(”カマンベール”が日本で生産されていることを思えば、容易に想像がつくだろう)。それが”商標”によって保護されている場合さえある。この場合には、本家本元の産品が、他国ではその名称での販売を許されないといった不利益さえこうむる。例えば、カナダでは食肉加工業者が”パルマ”の商標を登録しているから、本家イタリアのパルマ・ハム製造者は、カナダではその名で製品を販売することができない。

 EUは、従来、このような問題を個別交渉で解決する努力を続けてきた。だが、それが恐ろしく非効率で、気の遠くなるような時間を要することは想像に難くない。そのうえ、問題が最終的に解決されるとも限らない。従って、EUは、このような産品の国際登録簿を作り、ここに登録された産品の地理的名称の使用を他産品に許さない国際的保護制度を求めてきた。ウルグアイ・ラウンドでは、ワインとスピリッツにのみ、このような国際保護を導入することが合意された。しかし、それだけでは十分でない。現在のドーハ・ラウンドでは、このような保護をチーズ、食肉加工品などの一層広範な食料品に拡張することを提案している。これは、ダージリン・ティーを持つインド、セイロン・ティーを持つスリランカ、アンティグア・コーヒーを持つグアテマラ等、途上国を中心とする多くの国も後押ししている。しかし、米国、カナダ、オーストラリア、ブラジル、南アフリカなどは、これは新たな隠れた保護主義にすぎないと、強く反対している。

 欧州委員会は昨年、これらEU地域産品から厳選した41品目を新たな国際登録簿に登録する計画を発表した。フランスのシャンパンやイタリアのキャンティ、ポルトガルのマデーラなどのアルコール飲料、スペインのマンチェゴ、フランスのロックフォール、イタリアのゴルゴンゾーラなどのチーズ、イタリアのモルタデラ、パルマ・ハムなどの肉製品である。これを受け、米国とオーストラリアは、EUは域外諸国の地域ブランド製品ーフロリダ・オレンジやアイダホ・ポテトなどーに同様な保護を与えていないからWTOの無差別原則に反するとWTOに訴えた。米国は別途、バドワイザーの商標登録を持つるAnheuser-Busch社の意を汲み、チェコ・ビール会社がEU市場でBudvarまたはBudブランドを使用するのを禁止するようにも訴えた。

 EUは、これらの国からの申請があればEU産品同様に保護するのだからWTO違反ではないと主張する。だが、これらの国は、これら産品の保護は”商標”で十分として地理的表示制度を持たないのだから、このような申請が出るはずもない。現実に一件の申請もない。

 このような争いに対する仮決定が下されたわけだ。冒頭で述べたように、決定の正確な内容は分からない。様々な推測記事があるが、決定内容を最も明確に伝えるのは19日付のフィナンシャル・タイムズの記事である(WTO rules against Europe on regional food names,Financial Times,11.19,p.3)。それによると、

 1)「その[EUの]システム・・・は、非ヨーロッパ産品の登録を許さないから貿易ルールと両立しない」。「EUは、米国が地理的表示のような保護システムを採用しないからというだけで、アイダホ・ポテトやフロリダ・オレンジの生産者のEU内での食品名保護を阻害することはできない」。これによれば、EUの地理的表示産品は、その名称の排他的利用を許されないことになる。EUの地理的表示産品は、従前同様、地域外の同一名称産品の競争に曝され続けることになる。しかし、

 2)「地理的表示は、伝統的商標に取って代わられてはならず、両者は共存できる」。従って、チェコ・ビール会社のVadvarの名称のEU市場での使用は禁止されない。同時に、域外市場でのVadvarの名称の排他的使用を求めることもできない。EUが得たのは、商標登録があるという理由で外国市場での本来の名称の使用を禁じられるのだけは免れたということだけのようだ。

 地域の伝統を守り、あるいは掘り起こし、営々たる努力の末に作り上げた高評が、それにあやかる容易な商標と同一視されるのは、これら産品の生産者にはあまりに心外であろう。この問題をめぐるドーハ・ラウンド交渉は一層熾烈なものとなるだろう。だが、この問題では、EU内でも熾烈な争いがある。欧州委員会は、国際登録簿への登録品の厳選に当たり、やはり伝統的地域産品の一つであるチーズ・フェタの名称の独占的使用権をギリシャに与えた。同一名称を持つデンマークの伝統的同種産品はフェタの名前を使えない。デンマークは、この決定は到底承服できないと、欧州裁判所に訴えて争っている。WTOの仮決定が伝わると、デンマーク酪農界は大歓迎、当局者も、食料品は既に商標や著作権で適切に保護されている、追加的な地理的セーフガードは無用な貿易障壁だと米国同様の主張を行っている(Feta tiriumph for Denmark at WTO,The Copenhagen Post,11.19)。

 仮決定は最終決定ではない。しかし、前例からすれば、最終決定が大きく変わる可能性は小さい。ドーハ・ラウンドにおけるEUの主張の貫徹は一層難しくなった。最低限、地理的表示のための基準の一層の厳格化を迫られよう。登録品目も一層の厳選が必要になる。地理的表示が商標以上の価値を持つことを納得させねばならない。

 切り札は、それが、とめどものない農業の大規模化・工業化により破滅の危機に瀕している「持続可能な」農業と地域社会を作るための手段として重要な役割を演じ得るということだ。現在の世界、食品安全や環境、健全な地域社会を犠牲とすることなく農業だけで経済的に生き残れる農家はどこにも存在しない。今日の世界では、持続可能な農業と農村社会は、農産加工や農外活動による所得補完や地理的呼称による高所得の確保によってしか実現できないだろうというのが欧州の認識だ。専業的な「担い手」農家に対する集中的援助で競争力を確保するなどという発想は、とっくの昔に時代遅れになっている。

 わが国でも地域ブランドを活用した農産食品輸出促進の動きが強まっている。この仮決定は、他所事として無関心でいるわけにはいかない。中国における「青森」の商標登録で、中国に輸出される青森県のリンゴが「青森」を名乗れないという問題に直面している。だが、それは輸出促進だけでなく、健全な農業・農村社会の建設という観点からも重視されるべき理由がある。政府は、WTO交渉に臨む確たる立場を早急に確立する必要がある。 

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