WTO貿易政策レビュー 米国のFTA傾斜に懸念を表明

農業情報研究所(WAPIC)

06.3.23

  WTOが22日、2004年に次ぐ最新の米国貿易政策レビューを発表した。それは、総じて言えば、世界最大の輸入市場と世界経済成長の枢要なエンジンをなす米国は、2004年のレビュー以来、最恵国待遇(MFN)と特恵待遇を基礎とする自由化を含む貿易制度の変更を継続してきたと言う。しかし、それにもかかわらず、市場アクセスの障害やその他の貿易歪曲的措置、特に補助金が少数ではあるが重要な分野で存続しており、これらが取り除かれれば、米国消費者と納税者の利益が増し、また世界経済の強化に役立つと指摘する。また、米国内で高まるだろう保護主義的感情を、先手を打って回避することも重要と言う。

 このほか、新たなレビューでとりわけ注目されるのは、ブッシュ政府の貿易自由化戦略が地域・二国間レベルの自由化交渉に強く傾斜していることに特別の注意が向けらていることだ。米国は、ブッシュ政府の発足以来、自由貿易協定(FTA)の数を大きく増やしてきた。その数は、2001年初めには3つにすぎなかったが、2005年末には15に達した。そのうち6つのFTAは、既に実施に入っている。北米自由貿易協定(NAFTA)、イスラエル・ヨルダン・チリ・シンガポール・オーストラリアとの協定である。さらに、2006年1月現在、他の12の国との協定が交渉されているという。

 レビューは、FTAの推進がWTOの下での多角的自由化の前進を助けるという米国の主張にもかかわらず、米国が参加するFTAの増加は、多角的システムからの行政資源離散、貿易・投資の転換をめぐる懸念を高め、また多角的交渉を一層複雑化させる恐れがあると警告している。これは、米国のみならず、WTO交渉の低迷のなかでFTA交渉に狂奔する世界的潮流に重大な懸念を表明したものとも受け取ることができよう。

  http://www.wto.org/english/tratop_e/tpr_e/tp261_e.htm

 しかし、このレビュー発表を受けた米国のポートマン通商代表は、「我々は、世界経済の成長を生み出すことを助け、から、関税削減と非関税障壁の除去の精力的な追求を続ける。だからこそ、ドーハ開発ラウンドにおける貿易自由化にかかわっている。また、障壁を引き下げるこれらの多角的努力の補完するから、FTAも追求しつづける」と、この警告に一向に耳を傾ける風はない。

 USTR Statement on WTO’s Review of U.S. Trade Policy(06.3.22)

 これまでのところ、米国のFTA戦略は大きな成果をあげてこなかった。キューバを除く米州全体を統合する米州自由貿易協定(FTAA)交渉は、交渉を始めて10年を経た今も一向に進捗がない。議会が交渉結果修正することなく一括して承認するか拒否することを許す米国政府に与えた特別の貿易交渉権限が期限切れとなる2007年半ばまでの妥結は絶望的だ。ということは、FTAAの実現も絶望的ということだ。

  FTA幻想を棄てるとき スピーディーな自由化の思惑は通じない,04.11.8

 それに向けた一つのステップとされた中米7ヵ国との協定(CAFTA)は合意がなり、昨年は米議会も批准した。しかし、多くの中米諸国には、この協定が、例えば国内の後発医薬品メーカーの破産、農業への破壊的影響、外国コングロマリットによる水供給支配などをもたらし、人々の生活を根底から脅かすという不安が渦巻いている。それを批准した中米諸国はただ一国・エルサルバドルだけだ。

  Statement of USTR Spokesman Stephen Norton Regarding CAFTA-DR Implementation(05.12.30)

 ムスリム諸国を反国際テロの同盟国に引き込もうとする中東諸国との協定は、最も重要と位置付けられたエジプトとの交渉が、エジプトがEUの遺伝子組み換え体(GMO)新規承認の事実上のモラトリアムに対する米国とのWTO共同提訴を止めたことから中断した。その後も、エジプトの”改革”が進んでいないとして、本格的再開に踏み切れないでいる。南部アフリカ諸国との交渉も、事実上中断したままだ。

 しかし、貿易交渉権限の期限切れが迫った今、米国は韓国、マレーシアとの交渉開始を決め、難航するタイとの交渉とともに今年中の合意を目指している。これらの国との協定が世界の経済・貿易に与える影響は、中東・中米諸国との協定とは比べものにならないほどに大きい。中国、日本、EUという貿易大国の利害に大きくかかわる。これらの国・地域のFTA戦略を一層加速するだろう。

 WTOの2003年貿易報告は、既に、多くの地域貿易協定(RTA、FTAはその一形態)について、加盟国間の貿易が拡大したとか、域外よりも急速に拡大したという経験的証拠はない、FTAによって異なる多数の原産地規則や様々な技術・安全・環境・労働基準、知的所有権保護、投資・資本移動規制、サービス規制などの規制が適用されるようになり、国際貿易は一層複雑で、コストのかかるものになると指摘していた。成長著しいアジア市場は、最もビジネスコストの高い市場になるかもしれない。この地域におけるFTAの乱立は、「世界経済の成長を生み出すことを助ける」だろうか。

 意見:自由貿易協定の根本的見直しを,03.8.25

 この市場の恩恵に浴してきた多くの途上国は、経済・貿易大国の犠牲となって締め出されてしまうだろう。2003年、最貧途上国の輸出の30%はアジア市場向けであった。農産物では、この比率は39%であった。

 WTO:http://www.wto.org/english/res_e/statis_e/its2005_e/charts_e/chart_iii19.xls

 中国はFTA等を通じてアジア諸国への農産物輸出を急増させている。米国のFTA戦略も、韓国や東南アジア諸国への農産物輸出の飛躍的拡大を目指している。FTAの増殖は、「多くの人々を貧困から救い出す」だろうか。

 米国も、FTAに狂奔するその他の国も、WTOの警告に真摯に耳を傾けねばならない。