農業情報研究所

HOME グローバリゼーション 食品安全 遺伝子組み換え 狂牛病 農業・農村・食料 環境 ニュースと論調

米国上院、英国とのFTAを要請、FTAはテロ対策の手段

農業情報研究所(WAPIC)

03.4.4

 米国政府は、昨年8月に議会が政府に通商協定交渉の権限を委譲する(米国の通商交渉権限は、憲法により議会のみがもつ)「通商促進権限」法を採択して以来、次々と二国間・地域貿易協定を成立させ、また新たな交渉に乗り出している。従来、米国が結んだ地域貿易協定は、イスラエルとの自由貿易協定(FTA)、カナダ・メキシコとの北米自由貿易協定(NAFTA)、ヨルダンとのFTAの三つにすぎなかった。ところが、昨年12月にはチリ、今年1月にはシンガポールとの協定が合意に達し、さらにアメリカ大陸の国全体(ただし、米国が「民主主義国家」と認めないキューバは除外)を包含する米州自由貿易協定(FTAA)を始め、中央アメリカ諸国、南部アフリカ関税同盟、モロッコ、オーストラリアとの協定の交渉を立ち上げた。エジプト、バーレーンとの協定も準備中と言われ、東南アジア諸国との協定も遠望している。

 これらの動きは、言うまでもなく、世界市場における米国ビジネスの機会の増大を狙ったものであり、政府は、これら協定の追求が、協定から排除される国々を協定締結に駆り立て、WTOにおける多角的貿易自由化交渉の促進要因にもなると主張している。しかしながら、自由貿易協定・リスク管理・新興市場を専門とする国際ビジネス・コンサルタントのVan Wyk及びCusty博士が喝破したように(参照:安全保障問題が米国を自由貿易協定に駆り立てる)、その真の動機が国際テロからの米国の安全保障の確保にあることがますます明瞭になりつつある。

 3月26日、米国議会上院の予算委員会は、予算法案の修正の形で、イラクでの戦争で米国を支援するイギリスとの自由貿易協定交渉をブッシュ政府に要請する立法を承認した。予算委員長は、イギリスが「最近の紛争で確かに非常に価値ある同盟者であったが、長期にわたってそうであった」と語っている。修正案を提案したマコーネル議員は、イギリスと米国は「ユニークな自由の大義」を共有しており、「共同の市場も共有すべきだ」と言う(Senate Calls on Bush Administration To Negotiate Free Trade Pact With U.K.,IATP Trade Observatory News(From International Trade Daily,4.2),4.3)。修正案は賛成56、反対44で可決された。

 イギリス大蔵大臣のゴードン・ブラウンは、3月31日、イギリス商業会議所の年次大会で、「世界における平和と繁栄の創出における真の同盟」を求めて、米国とヨーロッパの間に残る貿易障壁の解体の必要性を訴えた(Brown calls for free trade with US,Guardian,3.31)。米国議会の動きはこれに呼応する。イギリスと米国がFTAを結ぶのは、現実には非常に難しい。そうなれば、イギリスはEUを脱退せねばならないだろう。

 しかし、このような動きの浮上は、最近の二国間・地域貿易協定の増殖がビジネス機会の拡大という単なる経済的動機では説明できないことを強く裏付けるものであろう。米国は、二国間・地域貿易協定を自国の安全保障確保の手段として利用する傾向を強める一方で、協力に抵抗する国ー例えばトルコーへの援助は削減する動きも強めている。EU貿易担当委員は、最近、イラク戦争はWTO貿易改革に拍車をかける可能性もあると述べた(イラク戦争はWTO貿易改革に拍車をかけ得る、ラミー)。それは否定できない。しかし、二国間・地域協定に拍車をかける可能性も非常に高いと言うべきであろう。

 EUの地域統合も、そもそもはヨーロッパ諸国間の戦乱に永久に終止符を打つことを目的に始まった。しかし、現在進行中の地域統合によって国際テロに終止符を打つことができるのだろうか。

 EUは、統合による決定的敗者を出さないために、漸進的に統合を進め、重い財政負担を負いつつも強力な地域的・社会的「結束」のメカニズムまで作り出した。そうすることで、ついに通貨統合と経済・財政政策の調和にまで漕ぎつけた。NAFTAを動機づけたのも、ある意味では「安全保障」であった。貧しいメキシコからの移民の大量流入を防ぐには、長い国境にフェンスをめぐらすよりも、自由貿易が有効と考えられたのである。しかし、米国農業との競争に敗れた農村民は、なお命がけで国境を越え、砂漠で息絶える事件も後を絶たない。メキシコ小農民は、NAFTA見直しを求めて激しく闘っている。交渉を始めたばかりのモロッコは、米国のイラク侵攻をムスリム社会全体への挑戦と反発する国民を前に、交渉スケジュールを延期せざるを得なかった(モロッコ:イラク戦争抗議の拡大で米国との自由貿易交渉を延期,03.3.28)。性急に民主的政治体制・「良い統治」・規制と保護の撤廃・「健全な」マクロ経済政策を求める現在の地域統合のプロセスは、EU統合のプロセスとは明らかに異なっている。