農業情報研究所グローバリゼーション二国間関係・地域協力ニュース:2010年11月11日

例外なき自由化を目指す政府経済連携基本方針 成長戦略どころかデフレ続化戦略

 政府は11月9日の閣議で、「「新成長戦略」(平成22年6月18日閣議決定)に示されている「強い経済」を実現するためには、市場として成長が期待できるアジア諸国や新興国、欧米諸国、資源国等との経済関係を深化させ、我が国の将来に向けての成長・発展基盤を再構築していくことが必要である」として、「アジア太平洋地域」のみならず、EU、湾岸協力理事会(GCC)、その他の「アジア諸国、新興国、資源国」とも、「EPAの締結を含めた経済連携関係の強化を積極的に推進する」という「包括的経済連携に関する基本方針」を決定した。

 http://www.kantei.go.jp/jp/kakugikettei/2010/1106kihonhousin.html

 その最大の特徴は、「すべての品目を自由化交渉対象とし、交渉を通じて、高いレベルの経済連携を目指す」としたことだ。これは、とりわけ農産品を対象とするWTOの下での多角的交渉における関税引き下げ交渉の枠を超え、すべての農産品の関税撤廃も含む自由化交渉に臨むということだ。中国、ロシア、韓国までも含むアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)構想はもとより、環太平洋パー トナーシップ(TPP)協定でさえ、そんなことは実現不能だろう。米豪自由貿易協定においてさえ、米国は、例えば砂糖輸入関税を削減しないだけでなく、オーストラリアに対する輸入割当の拡大さえ受け入れなかった。

 とはいえ、TPP交渉に参加すれば、多角的交渉やコメなど重要品目を例外とするアジア諸国(TPP交渉に参加しているベトナム、ブルネイ、マレーシア、シンガポール、将来TPP交渉に参加するだろうと言われるタイとフィリピン、 加えてインネシアとインド)やチリとの既存のEPAをはるかに上回る、関税撤廃を含む農産物輸入自由化が不可避となる。

 だからこそ、「基本方針」は、内閣総理大臣を議長とし、国家戦略担当大臣及び農林水産大臣を副議長とする「農業構造改革推進本部(仮称)」を設置し、「(農業)競争力強化などに向けた必要かつ適切な抜本的国内対策並びにその対策に要する財政措置及びその財源を検討」、「その際、国内生産維持のために消費者負担を前提として採用されている関税措置等の国境措置の在り方を見直し、・・・・・・安定的な財源を確保し、段階的に財政措置に変更することにより、より透明性が高い納税者負担制度に移行することを検討する」としたのである。

 ところが、日本と米国、オーストラリアをはじめとするTPP参加国との競争力の違いが「構造改革」で埋められる程度のものでないことは明らかである。例えば、米国農家の一戸あたり平均面積は100ヘクタールだが、日本は2ヘクタールあまり、実に50倍の開きがある。日本の農家の平均規模が100ヘクタールになるとしよう。現在は1700ほどの市町村に総計172万ほどの農家がある。一市町村あたり1000戸ほどの農家があることになる。この数が50分の1になれば20戸しか残らないということだ。恐らくは一農業集落あたり、最大でも一戸の農家しか残らない。これでは農村社会そのものが崩壊してしまう。

 自由化後にも農家と農村を維持するためには、マスコミがバラマキと批判する所得補償のための「巨額の財政支援」(中日新聞、11月11日の社説)が必要になる。しかし、世界トップクラスの財政赤字国が、どうやってこんな財源をひねり出すのか。言っておくが、たった数パーセントの米国、オーストラリア等の電気電子機器・自動車関税 (参照:環太平洋パートナーシップ協定(TPP)参加国の関税概況:日本参加の損得は?)が撤廃されたからといって、この財源不足を埋めるほど財政収入が増える景気浮揚は期待できない (経済効果が過大に出るモデルを使った内閣府試算でも、TPP参加のGDP押し上げ効果は3兆円にすぎない。それで税収はいくら増える?バブル崩壊後、GDP増加 (1990年439兆円→2009年474兆円)にもかかわらず、消費税収は除き、税収は減り続けている(1990年60.16兆円→2009年38.7兆円。消費税は4.6兆円→9.8兆円、法人税は19兆円→6.4兆円)。法人税を含む大幅増税がなければ税収増はない。輸出企業は増税をお望みか? )。農家と農村を維持しようとすれば、財政赤字は膨らむばかりだ。

 これは、バブル崩壊後の長期にわたるデフレと超低金利が永続化することを意味する。どこの国にも負けないデフレ(物価低迷)の永続は、 永続的インフレ格差によって円の価値(購買力平価)を高めるばかりだ。果てしない円高が続く。EPAによる米豪の工業品関税撤廃の利益など、いまも輸出企業が悲鳴を上げているような円高であっと言う間に吹き飛んでしまう。

 これは「成長戦略」などではない。デフレ永続化戦略だ。他力(外需)本願の容易な成長戦略は、結局は日本を他国の餌食として差し出すだけだ。他国は、馬鹿なことをすると高笑いだろう。