農業情報研究所グローバリゼーション二国間関係・地域協力ニュース:2014年5月5日

 「畜産ですか?駄目ですね」 首相には分かっている? TPPの結論

  私が愛読する東京新聞の「ラーバンの森から」(週1回掲載、文と絵・やまざきようこ=おけら牧場・ラーバンの森経営)の今週の記事によると、安倍首相の「頭の中ではTPPの結論が出ている」らしい。

 みどりの月間中に緑化推進運動功労者らを表彰する式典がある。昨年、友人に声を掛けられ出席した。式後の懇親会で大臣に挨拶しようと誘われ、安倍首相のところに行った。友人が「ブドウとワインを作っていますが、TPPではどうなりますか」と尋ねると、「ブドウ?大丈夫ですよ。君は?」と私に尋ねた。「牛を飼っています」と言うと、「首相はワインを片手に明快に言い放った」。「畜産ですか?駄目ですね」。「アッハッハ」と笑って私たちの前から去っていったとのことである。

 山笑う 首相が豪快な!?笑い ラーバンの森から49 東京新聞 14.5.5 9面

 (首相の頭の中で)TPPの結論が出ていたとしても驚かない。TPPの運命は日米両政府・首脳ではなく、米国議会にかかっており、米国議会が政府に貿易交渉促進権限(ファストトラック)を与える見込みは全然ないのだから*、(畜産)農家も安心していてよいのである。しかし、「駄目ですね」、「アッハッハ」は、わが首相の心には悪魔が潜んでいるのではないかという今までの想念を一層確かなものにする。いい加減に目覚めないと、この国の国民は将来を失う。

 *米国市民団体・パブリックシチズンによれば、下院民主党を北米自由貿易協定(NAFTA)の承認に導いたロバート・マツイは、既に10年前、次のように言っている。

 「貿易はもはや関税や数量規制にかかわるだけではない。それは国内法の変更にかかわる。法律を作る憲法上の権限は議会と国民としての我々の役割の核心をなす。国際貿易交渉官が協定をたたき出そうとするとき、彼らは反トラスト法から食品安全に至るあらゆる分野を含む“非関税障壁”の調和を議論する。大統領と通商代表部はできるだけ効率的に交渉できねばならないと私は信じるが、これは、議会が外国貿易及び国内法に関する憲法上の権限を、議会がプロセスに能動的に参加する適切な保証なしに執行部に譲らねばならないことを意味しない。議会はパートナーでなくてはならず、単なる観客やコンサルタントであってはならない。交渉の席で何が取引されるのか考えてみよ。わが国の環境保護・・・、食品安全法・・・、競争政策だ。我々が吸い込む空気であり、我々の子どもが食べる食品であり、アメリカ人のビジネスの仕方・・・である。貿易の性質が変わった。それとともにファストトラックも変わらねばならない。・・・」

 これを伝えるパブリックシチズンのプレスリリースは、23人の共和党議員と151人の民主党議員がオバマ大統領宛て書簡(2013年11月12−13日)で表明したファストトラック反対の意図を解説したものである。これは、民主党議員の間にも、、共和党議員の間にも、関税と数量規制にかかわるもの以外の交渉と合意、包括的交渉・合意は議会の立法権限を浸食するという危機感が深まり、広がっていることを示す。

 In Letters to Obama, 151 House Democrats, Bloc of GOP Announce Opposition to ‘Fast Track’ Trade Authority,Public Citizen,2013.11.13
 http://www.citizen.org/documents/press-release-151-Ds-bloc-of-Rs-oppose-fast-track.pdf

 TPPが国内法の変更を強要する、すなわち議会の立法権限を浸食するような包括的協定であるかぎり、米議会がファストトラックを認めることないだろう。関税削減や撤廃で多少の利益を得ることをあっても、そのために国民を代表しての法律制定権限を放棄するわけにはいかないからだ。ファストトラックを認めることは、議会制民主主義の放棄にも等しい。首相の一存で法解釈が自由自在に変えられるのを容認しているどこかの国の議会とは違うのである。

 なお、この問題については農業協同組合新聞の次の記事も参照されたい。

 【TPP】反発強める米国議会 JAcom 14.4.28
 http://www.jacom.or.jp/news/2014/04/news140428-24051.php