農業情報研究所グローバリゼーション二国間関係・地域協力ニュース:201478

TPP交渉 労働分野で妥協? 米議会は受け入れられるのか

 マスコミが報じるところによると、環太平洋経済連携協定(TPP)の労働分野に関する交渉が大筋合意に達しそうだ。

 今日の日本経済新聞によると、「カナダのオタワで開いているTPPの首席交渉官会合で、現地時間の7日午後(日本時間8日未明)にも労働分野を取り上げ大筋合意する方向だ」。

 「TPPの労働分野のルールは、1998年の国際労働機関(ILO)宣言を下敷きにする。児童労働や強制労働、雇用の差別を禁じ、団結権や団体交渉権を認める。15歳未満の児童労働でつくった製品を輸出するなど違反行為があると判断された場合、違反国と当該品目の2国間貿易を停止する制裁を加える内容だ。

 これまでの交渉では、一部新興国が制裁内容が厳しいとして、反発していた。日米など先進国側は制裁前にまず違反国と協議する仕組みを導入する譲歩案を示した。協議後も違反が続く悪質な場合に、制裁措置を取る」とのことである。

  TPP、労働分野決着へ 12カ国が最終調整 日本経済新聞 14.7.8

 「制裁前にまず違反国と協議する仕組みを導入する譲歩案」を示したことで、最近も153人の米議会下院民主党議員がフロマン米通商代表に送った書簡(注1)の中で一部産業部門が児童労働や強制労働に依存し、結社の自由や団体交渉権が著しく制限されており、移民労働者が差別扱いされている(マレーシア)、非人道的刑罰を定めるイスラーム法を制定した(ブルネイ)などと名指しで批判されたベトナム、マレーシア、ブルネイ、メキシコも妥協に動いたことは十分考えられる。

 しかし、問題は、それでこれら議員が満足するかどうかだ。彼らは、北米自由貿易協定(NAFTA)の補完協定として結ばれた同様な「労働協力に関する北米協定」(North American Agreement on Labor Cooperation)が全く無効であったことに学んでいる。例えば、人権ウォッチによれば、「雇用者の言いなりの労働組合、労働者の組合結成の妨害、団体交渉権の否定、強制妊娠検査、移住労働者の差別扱い、生命を脅かす健康・安全条件、その他の11の労働原則の侵犯」など、この協定の下で訴えられた23の不平のどれ一つ「制裁」に至らなかった(注2)。違反があれば即制裁を明記するのではなく、「制裁前にまず違反国と協議する」では、NAFTA同様の結果となることは目に見えている。

 実際、この「協議」で、、ベトナムは労働組合の共産党指導下の労働総同盟への加盟義務を取り払うだろうか、強制または年季奉公の児童労働による衣料品生産をやめるだろうか。マレーシアは労働者の自由な組合加入を認め、ストライキ権の制限を取り払い、衣料品やパームオイルなど多くの部門における強制労働を廃止するだろうか。ブルネイは鞭打ちや手足切断などの非人道的刑罰をやめるだろうか。メキシコは民主的労働組合の設立に動くだろうか。それは幻想にすぎないだろう。

 だからこそ、153議員の書簡は、議会の支持を得たいなら、TPP合意文書は、これら4ヵ国のこうした問題の実質的改善を「強制」する条項を含まねばならないというのである。違反国との「協議」など、問題外ということだ。

 政府間交渉における労働分野の大筋合意がTPPの早期妥結に結びつくと早合点してはならない。

 (注1)153 House Democrats to USTR Froman: Protect Workers’ Rights in TPP Negotiations (Democrats -Committee on Education and the Workforce, U.S. House of Representatives:Press Release,May 29, 2014)。
    拙稿:米議会が内政にまで干渉 道筋見えぬTPP合意(日本農業新聞 14.6.12 第2面 万象点描)参照

 (注2)NAFTA Labor Accord Ineffective,Human Rights Watch,2001.4.16(http://www.hrw.org/ja/news/2001/04/15/nafta-labor-accord-ineffective)