農業情報研究所グローバリゼーション二国間関係・地域協力ニュース:2015年11月8日

P・スパチャイ 「TPPはグローバル・ガバナンスのテンプレートか」 日本におけるTPP論議の深化のために

  TPP「大筋合意」を受け、米国の批准さえ危ぶまれるなか、 わが国での議論は、専ら農業対策はどうあるべきか、合意案が国会決議に反するのではないかといったことに集中している。21世紀の世界が拒否すべき、従って日本も断固として拒否すべきその本質(*)―戦略的性質に関する議論はほとんど聞こえてこない。そんななか、UNCTAD(国連貿易開発会議)及び世界貿易機関(WTO)の元事務局長であるスパチャイ・パニチャパク氏が11月6日付のバンコク・ポスト紙上で、「TPPはグローバル・ガバナンスのテンプレートか」)と、その本質に触れる論を展開している。これは、わが国のTPP論議が見習い、また一層深化させるべきものだ。TPP論議がTPP対策でなく、TPP拒否に進むことを願い、この小論を紹介するこした。

 TPP: A template for global governance?,Bangkok Post,15.11.6

 TPPのスコープは遅々として進展しないWTOの「ドーハ開発ラウンド」のスコープよりはるかに遠大である。それは電子商取引、政府調達、労働から国有企業規制、紛争処理メカニズムにまで及び、WTOでは、特に途上国にとって長い間タブーをなしている投資ルール、競争政策、政府調達、労働権、汚職防止行動規範なども含む。

 特に十分な能力をこれら備えていない調印国にとって、参加のコスト―財政や制度改変―は驚異的なものになる。そのために、大部分のWTO加盟国は、非貿易・次世代問題を扱うことを常に拒絶してきた。これらの問題は別の組織―労働権については国際労働機関(ILO)、競争政策についてはUNCTADなど―で扱うのがベストとされてきたのであ。

 手放しの自由貿易論者は先例のないTPPのスコープをグローバル経済の新たな標準と称賛するかもしれない。しかし、このような「深化した統合」の帰結と先例は一層詳しく公平に精査する必要がある。

 第一に、深化した統合―当代の貿易協定についての決まり文句―はグループが違えば意味するところも違う。TPP以前の文脈においては、それは貿易を超え、金融(資本移動)、労働移動、インフラ・水管理・人的資源開発などの公共財分野での協力などに進むことを意味している。アセアン経済共同体(AEC)がそのような協定の実際的な例である。それは、カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナと原6ヵ国の所得格差を縮小するという開発目標も持っている。

 TPPの深い統合の性質は、低所得国が優先開発事項を設定することを制限する可能性のある口うるさいルール設定フレームワークに基づいているように見える。

 第二に、TPP調印国間の純利得の配分は圧倒的に米国、日本、カナダ、オーストラリアのような大国、豊かな国に偏るだろう。アジア・太平洋は、米国にとって輸出の60%、農産物の72%、民間サービス39%を吸収する重要地域である。雑魚のような国とって、利得は自動的に得られるわけではない。生産基準を引き上げ、制度を改良し、それが正当化されるかどうかはお構いなく、予算をはち切れんばかりに膨らませる調整コストを負担しなければならない。

 第三に、多角的協定のより広い枠組みの中では、WTO加盟国全体の参加によって、たとえ最富裕国の最高基準に達しなくてもすべてが多少なりとも受け入れることのできるルールが作られる。TPPに関しては、オバマ大統領は2015年の一般教書演説で、もしアメリカがアジア太平洋の貿易ルール作りに失敗すれば、中国が作るこなると宣言した。知的財産権(IPR)については、米国通商代表部のスポークスマンは、「最優先すべきは、TPPにおいて米国の経済成長とアメリカ人の職の創出と維持を支える高度の IPR保護・実行基準を作ることだ」と述べたこがあ。

 将来のグローバルガバナンスのこの変化は、新たな多極化する世界の現実と矛盾するよう見える。米国とEU(間大西洋貿易投資パートナーシップを通して)はWTOから離れ、自らの法的イメージに沿う貿易・関連ルールを作る方向進もうとしている。このグローバルガバナンスの政治化は世界経済の持続的発展の回復に向けた協調行動にはつながらない。

 第四に、TPPは地域における一層強力な経済統合を育てること助けることなく、むしろ地政学的な有利不利に応じて利得と損失を配分する分裂促進要因になる。カーネギー国際平和財団のAshley Tellis上級研究員は、TPPは中国を封じ込めるものではなく、米国とそのパートナーがこの先も中国に対する優勢を保つことを可能するものと言っている。アセアンプラス中国、日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、インドの注意を2012年に始まったRCEP(包括的地域経済パートナーシップ)から逸らせることに狙いがある。

 RCEPはそれほど野心的ではない。しかし、少なくとも参加国に一層公平な利得をもたらす開発志向戦略は地域にとって真に博愛的な協定を作ることができよう。アセアンそのものに分裂が生じよう。ベトナム、シンガポール、マレーシア、ブルネイはTPP批准に焦点を当て、AECに全力で取り組むことができななるだろう。これらTPPメンバー4ヵ国は、フィリピン、インドネシア、タイを犠牲にして大利を得ると言われてきた。しかし、自由化の便益は地域協定からは生まれない。参加国による自律的な自由化イニシアティブから生まれるのである。

 この仮設を検証するために、北米自由貿易協定(NAFTA)を見てみよう。メキシコはNAFTA以前の経済成長を維持できず、ラテンアメリカの平均成長率にも遅れ取った。NAFTAを通しての22年に及ぶ豊かな隣国との提携にもかかわらず、近隣のラテンアメリカ諸国と並んで絶対的貧困のレベルを改善するきことができなかった。

 これは、TPPに高遠な期待を抱く発展途上のTPPメンバーにとっての価値ある教訓となるだろう。

 *拙稿 TPP大筋合意 底を流れる反平和主義  日本農業新聞 15.10.9 第2面 万象点描を参照。