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GMO紛争、米国がEU提訴を延期したが、その先は?

農業情報研究所(WAPIC)

03.2.10

 対イラク戦争のためのWTO提訴を延期

米国は、新たな遺伝子組み換え(GM)作物の承認のモラトリアム(一時停止)を続けるEUをWTOに提訴することを延期したようだ[1]。米国は、かねて、EUのこの行為をWTOのルールに違反する貿易制限行為と非難、これにより米国農民が年々多大な損害をこうむっているとしてWTO提訴をほのめかしてきた。先月初め、農業・バイテク企業やこれらの利害を代表する米国議会議員の圧力が高まるなか、米国通商代表・ロバート・ゼーリックは、EUの反バイテク・ルールは、意味のある科学的研究ではなく、理不尽な公衆の不安に対応するもので、米国農民に対する貿易差別に当るとして、数週間以内にWTOに提訴すると語っていた[2]。ゼーリックは、EUの反科的態度は世界の他の国々にも拡散、アフリカ人の飢餓からの救出を妨げる原因にもなる「非道徳的」態度であり、19世紀イギリスの労働者の「ラダイト」(機械打ち壊し運動)にも似た態度であるとも非難していた。

 しかし、ゼーリックは、対イラク戦争に対するEU(及びその他の国際的)の支援の獲得を最優先する目下のホワイト・ハウスの支持を勝ち取ることができなかったようだ。3日に予定されたいたこの問題を討議する閣議レベルの会合はキャンセルされ、改めての会合のスケジュールもないという。要するに、提訴延期は、対イラク戦争を間近に控えてEUの怒りを買うことへのホワイト・ハウスの不安から生じたものであるということだ。ファイナンシャル・タイムズ(2.6)によれば、政府高官は、EUの政策を変更させることが必要であるという基本的考えに関して政府内には何の異論はない、ゼーリック支持を困難にしたのは「タイミング」であり、「もし1月初めに閣議を開けば」、WTO提訴が決まっていただろうと言う。提訴延期がこのような「便宜的」理由によるものであるとすれば、それによって基本的問題は何一つ解決されたわけではなく、近い将来の再燃は間違いないであろう。そのとき、問題はどう展開するのであろうか。ニューヨーク・タイムズ紙(2.5)は、「専門家は、米国がWTOで勝訴し、4年におよぶ禁止[モラトリアム]の解除を強制できると一致している」と言う。

米国は勝訴できるか?
 
しかし、まず、米国は何について「勝訴」するのだろうか。この問題は、米国がEUの何をWTOに訴えるのか、未だ詳細が明らかにされていない以上、答えることは不可能だ。しかし、いくつかの場合を想定できる。

 一つは、EUのGM作物新規承認の「事実上の」モラトリアムがGM作物の輸入の「公的」規制と認められる場合である。この場合には、明白な科学的根拠のない安全性への不安を根拠にした貿易規制を禁じたウルグアイ・ラウンドで合意された(すなわちEUも合意した)衛生植物検疫協定(SPS協定)に拠り、その正当性が争われることになる。EUは、現在のWTO交渉で「SPS」協定を見直し、明白な科学的根拠がなくても相当なリスクが疑われる場合にはこのような規制措置の適用を許す「予防原則」[3]を導入するように提案している段階である。そして、GM作物・食品の安全性については、少なくとも一致した「科学的」結論は出ていない。そればかりか、EUの欧州委員会自身が、厳格な安全性審査を経てEUが承認したGM作物・食品は、このような厳格な審査の対象とならない通常の作物・食品以上に安全だと、公然と認めている。これでは最初から勝負にならない。

 第二に、最初に示唆したように、新規承認の「事実上」のモラトリアムが正規の貿易規制なのかについての疑念がある。「事実上」のと言われるように、それはEUが正規に決定した法的規制ではない。それは、単一国家ではないEUにおいて必然となるGM作物承認の複雑性がもたらした結果である。従来のEUの新規承認手続は、EU構成国、EUの決定機関である閣僚理事会、EUの執行機関の間で行き来する複雑で、煩瑣なもので、承認まで時間がかかりすぎるとバイテク企業の不満の種となってきた。事実上のモラトリアムは、そのような手続の過程で生じたものである。従って、この問題は、EUという国際組織の基本的性格に由来する新規承認手続のあり方にかかわっている。しかも、EUは、最近この手続を大きく簡素化、迅速な新規承認をめざしており、それによってもモラトリアム解除への道を探っている。このようなときに、WTOは、EUの承認手続を問題にできるのだろうか。

 第三に、EUのGMO表示、トレーサビリティにかかわる規則が貿易障壁として問題にされる場合がある。義務的表示については、かねて米国農民に多大な追加コストをもたらす貿易障壁だという批判があった。昨年末にEUが採択した表示制度の強化とトレーサビリティーの導入は、米国農民に輸出禁止的な追加コストをもたらすと米国の不満が強い。これが問題にされる場合には、過程の展開は複雑になるであろう。欧州委員会は、こうした制度の導入は、GM食品の安全性に問題があるからではなく、あくまでも消費者に選択権を与えるためであり、こうした制度は消費者のGM食品への反発を和らげ、それによって委員会が強く望むモラトリアムの早期解除をもたらす(この点で米国と欧州委員会の間に違いはない)ために不可欠としてきた。米国政府は、安全と立証されたものに表示の必要はないと強硬であるが、義務的表示の要求は米国民の間にも広くある。このような問題をWTOがどこまで明解にさばけるかは疑問である。何らかの政治的妥協が探られることになろう。

モラトリアムは解除されるのか?

 ニューヨーク・タイムズ紙が言うように、専門家は一致して「米国は4年におよぶ禁止[モラトリアム]の解除を強制できる」としても、それは実際のモラトリアム解除につながるのだろうか。これには疑問を呈する意見が多い。米国の経済戦略研究所所長・Clyde Prestowitzは、125日付のニューヨーク・タイムズ社説(参照:米国:遺伝子組み換え食品でヨーロッパを困らせるな)で言うところによれば、米国人がGM製品受け入れを強要すれば、ヨーロッパは米国の文化的・経済的帝国主義の臭いを嗅ぎつけるに違いない、WTOでの勝利は消費者の抵抗を確実に強めるだけであろうと言う。欧州委員会のフィシュラー農業担当委員は、モラトリアム解除への進展が遅々ととして進まないEUの現状に苛立ち、かねてGMOに関する「感情的」議論の泥沼からの脱出を求めてきたが、米国政府のWTO提訴の決定が差し迫った今月は、この問題の討議のために渡米、もし米国が提訴に踏み切れば、新たな規則を制定してモラトリアム解除の展望が見えたところで、再び泥沼にはまる結果になると、米国政府の自重を訴えた。

 ともあれ、米国のWTO勝訴どころか、提訴そのものさえ、モラトリアム解除の芽を摘む可能性が高い。それは、GMOをめぐる米欧紛争どころか、全面的な米欧紛争の泥沼化を誘発する可能性がある(参照:EUのGMO承認モラトリアム、米国はWTO提訴に踏み切るのか?,02.12.20)。WTO提訴は、共に、基本的には農業バイオテクノロジーを推進しようとする欧州政府・欧州委員会にとっても、米国にとっても、決して利益はもたらさないように見える。



[1] U.S. delays Suing Europe Over Ban on Modified Food,The New York Times,02.2.5
 US postpones WTO case on modified food,
FT com,2.6

[2] U.S. Hints It Will Sue EU Over Altered Crops, The New York Times,02.1.10
 US ready to declare war over GM food,Financial Times,02.1.10,p.6

[3] EUは、今年2月に発効した食品安全に関する包括的規則で、「予防原則」を次のように定義している。「利用可能な情報の評価の後に健康に対する有害な影響の可能性が認められるが科学的不確実性が存続する特別の状況においては、一層包括的なリスク評価のためのさらなる科学的情報を待ち、欧州共同体において選択される高レベルの健康保護を確保するために必要な暫定的なリスク管理手段を採択することができる」。しかし、これは定義においても、適用方法においても、極めて曖昧なままである。例えば、「欧州共同体において選択される高レベルの健康保護」は、「科学的」というより、消費者の「受容可能なレベル」のような政治的・社会的要因に依存することになろう。