農業情報研究所

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EUのGMO承認モラトリアム、米国はWTO提訴に踏み切るのか?

農業情報研究所(WAPIC)

02.12.20

 12月18日、米国最大の農業者団体・全米ファーム・ビューロー連盟(AFBF)が、ブッシュ大統領に対して、バイテク作物の新規承認のモラトリアムを続けているEUをWTOに訴えるための「即時の行動を取る」ように要請する書簡を送った(AFBFニュース・リリース:FB Urges 'Immediate Action' on EU Biotech Ban)。この書簡には、州のファーム・ビューローの会長が署名している。この書簡で、議会と理事会がAFBF会長のボブ・ストールマンは、欧州最近承認した新たな規則(参照:EU農相理事会、GMO新表示規則に合意,02.11.29、EU:環境相理事会、GMOトレーサビリティ新規則で政治的合意,02.12.11)は、既にWTOルール違反の行動を別のWTOルール違反の行動に置き換えるものにすぎないと言っている。

 彼によれば、EU自身がモラトリアムは「科学的証拠に基づくものではない」ことを認めており、EUの規制・科学機関は、EU市場から排除されたバイテク製品が「人間の消費にとって安全であり、環境に対するリスクをもたらさない」と繰り返し断言してきた。確かに、EUのバーン担当委員は、新規則制定の理由は消費者に選択の可能性を保証するもので、EUで承認されたGMOが人間の健康や環境にとっていかなるリスクも生むものではないと強調してきた。

 ストールマンは、モラトリアムは米国農業生産者の輸出市場を奪い、巨額の損失をもたらしていると言う。先月、ファーム・ビューローとその他25の農業団体が、米国通商代表のロバート・ゼーリックにWTO紛争処理に突き進むように要請したが、これらグループは、「EUが今行なっている違法なモラトリアムは、米国生産者と輸出業者の輸出市場の喪失をもたらし、米国やその他の国々におけるニュー・テクノロジー採用を遅らせ、生産と検査のコストを増加させている」と言っている。

 強力な圧力団体のこのような要請は、隠忍自重してきた(参照:新たな米国・EU貿易戦争の気配)米国政府を遂にWTO提訴に踏み切らせるかもしれない。しかし、そうなれば、事態はますます悪化するだけであろう。EUは、この問題がWTO紛争処理に付されれば、勝ち目はないことを知っている。しかし、仮に敗訴したとしても、現在の姿勢を改めることはないであろうし、却ってGM食品に対する政治的・市民的反発を強め、モラトリアム解除がますます難しくなるだけである。ホルモン牛肉のケースがその好例である。EUはWTOの裁定に従うどころか、最近のEU農相理事会は、家畜用成長ホルモンの使用と輸入の永久的禁止を支持する合意に達している(参照:EU農相理事会、飼料添加物規制・成長促進ホルモン禁止で政治的合意,02.12.17)。

 12月18日付の「紛争の種」と題するFinancil Times紙社説 (Seeds of conflict,Financial Times,12.18,p.12)は、もっと破局的なシナリオを描く。まず、ホルモン牛肉や米国アンチ・ダンピング法の例に見られるようなWTO裁定無視が重なれば、WTO紛争処理手続の権威は失墜する。GM食品に関するWTO裁定にEUが従わねば、米国はEUからの輸出に対する報復措置を実施することになるであろう。これにより、この紛争と無関係なEU企業が損害をこうむり、EUからの輸入障壁の引き上げにより米国自身も損失をこうむる。この種の紛争では、経済的勝者はいないであろう。しかし、そうは分かっていても、EUは、もしGM食品紛争で敗訴すれば、現在は留保している米国の外国販売企業免税制度に対する40億$という空前の規模の報復の実施を迫る政治的圧力に抗しきれなく恐れがある。米国はこの件では敗訴しながら、未だにWTO裁定を満足させる制度改正を実現していない。GM食品問題のWTO提訴のさらなる帰結は予測もできないが、まずは既に見通し不明な現在進行中のドーハ・ラウンドが深刻な危機に直面するのは確かである。

 社説は、狂牛病と口蹄疫ののち、欧州の消費者は政府の食品安全保証を受け入れなくなっており、信頼回復には長い時間がかかると言い、「米国のフラストレーションは理解できるが、訴訟と貿易戦争は何の答にもならない」と結ぶ。

 (追記)Financil Times社説のこのような冷静な分析には敬意を表する。しかし、真の問題は、GM作物・食品は、「政治家」や「役人」や「科学者」がそうするように、人間と環境にとって本当に安全だと「断言」できるのかという点にあることを忘れてはならないであろう。消費者・市民の政策決定者やそれを支える「科学者」に対する不信が今ほど高まっているときはない。それを、すべて「非科学的」、「イデオロギー的」な一部偏向者のキャンペーンのせいにするのは、それこそ「非科学的」ではなかろうか。もしそうならば、不信がなぜこれほどまでに広く、深く、長期間にわたって持続するのであろうか。それが説明されねばならない。「社会学者」か「心理学者」、それとも「人類学者」の出番であろうか。断っておくが、筆者が言うのは、あくまでも「断言」についてである。これは、慎重な、あるいは良心的な「科学者」には、ほとんど不可能なことのはずである。