EU:GM・慣行・有機作物共存に挑戦

highlight

農業情報研究所(WAPIC)

03.3.6

 GMOと慣行農業・有機農業の共存が重大問題に

 EUの行政府であり、立法提案機関である欧州委員会は、4年以上にわたる新たな遺伝子組み換え体(GMO)の承認のモラトリアムは、新たなGMO表示・トレーサビリティー規則が成立すれば解除に向かうと期待している。これらの規則は、昨年、EUの決定機関である閣僚理事会が承認、最終採択のために必要な欧州議会による採択を待っている(参照:EU農相理事会、GMO新表示規則に合意,02.11.29;EU:環境相理事会、GMOトレーサビリティ新規則で政治的合意,02.12.11)。3月4日の環境相理事会における欧州委員会の報告によれば、現在、新たなGMO製品の19の承認申請(うち10が耕作目的のもの)が審査されており、既に二つは審査を終えた。しかし、欧州委員会や米国が望む直近の解除はなさそうである。この理事会で、多くの閣僚が委員会の承認計画を質したが、委員会は承認決定が今年秋以前には予想されないと答えている。

 この理事会では、早期承認を支持する国は少数であり、ドイツのキュナースト食糧相を始め、多くの閣僚(デンマ−ク、フランス、ベルギー、スウェーデン、ルクセンブルグ、オーストリア、イタリア、ギリシャ)が現在審査に服している新たなGMO製品の承認に関する懸念を表明し、新たな規則が採択されたときにのみ新たな承認が与えられるべきだと強調した。それだけではない。多くの閣僚は、遺伝子組み換え(GM)種子の慣行農業・有機農業との「共存」の問題への特別の注意を求め、この分野での明確なルールの設定を求めた。「共存」の問題はモラトリアム解除と直結して論議されているわけではない。しかし、モラトリアム解除の決定を左右する大きな要因となってきたことは否定できないようだ。

 この環境相理事会に先立つ2月20日の農相理事会でもこの問題が重要議題となった。この問題は、既に昨年12月、今年1月の農相理事会でも、イタリアが理事会の新たな課題とするように求めていた。この理事会で、農業担当欧州委員(国の農業大臣に相当)・フランツ・フィシュラーは、「共存」は農業者が自分の好む農業生産システムを選択できることを意味すると注意、「新たなGMO承認が再開され、EUでGM作物が大規模に栽培されることになるときには特に重要となる。これにかかわる重大問題は、慣行・有機農業者が基準レベルを超えるGMOの偶然の存在のために作物を低価格で販売しなければならないとすれば、これら農業者が背負う経済的帰結の問題である」と述べている。

 このとき、フィシュラー委員は、共存問題に関する論議のたたき台として、3月5日にペーパーを提出すると発表した。彼は、「この論議から一定の明確な政策の方向付けと将来の作業のための具体的日程表が現われることを期待する。一つの明確なことは、我々すべてが、この高度に複雑な問題の現実的で、持続可能な解決策を発見するために共同する必要があるということである。この過程の促進のために、委員会は4月末に共存に関するラウンド・テーブルを組織する」と述べている。このラウンド・テーブルは、広範な専門家と関係者の間の議論と情報交換の機会を提供するものだという。彼は、また、委員会がこの分野での研究活動推進を継続するとも述べた。

 問題の発端:GM作物と慣行・有機作物の共存に関する共同研究センター報告

 この問題が浮上した背景には、昨年5月に発表された欧州委員会共同研究センター(JRC)のGM作物と慣行・有機作物の共存に関する研究報告(Argumentaire on co-existence of GM crops with conventional and organic crops,Brussels,May 17 2002)がある。この研究報告の発表の前、グリーン・ピースは、EUの研究がEUにおけるGM作物の大規模な商用栽培は農業者に高い、時には乗り越え不能な追加コストをもたらすと内密に報告しているとすっぱ抜いた(参照:EU:GM作物と非GM作物の共存は困難,02.5.18)。グリーン・ピースが指摘したこの「共存の困難」が、この問題をめぐるその後の論議を盛り立てることになった。しかし、欧州委員会はこの問題を早くから意識しており、解決策を探ってきた。JRCの研究も、将来のGM作物大規模栽培を見越して欧州委員会が委託したものでる。

 欧州委員会は、次の目的でこ研究を委嘱した。

 ■農場レベルでの非GM作物中のGM作物の偶然の存在の源泉を確認し、そのレベルを推定すること。

 ■非GM作物中のGM作物の偶然の存在を欧州委員会の規則(GM食品表示のための)で述べられた基準、または種子の純粋性基準に関する将来の規則とGMO及びGM食品・飼料のトレーサビリティーと表示に関する二つの提案で論議される基準を超えないように最小化できる農業方法の変更の探究と評価。

 ■検証のために必要な可能なモニタリング・システムの開発。

 ■農業方法の変更、モニタリング・システム、非GM作物中のGM作物の偶然の存在によるあり得る金銭的損失をカバーする保険システムのコストの推計。

 このような非GM作物中のGM作物の偶然の存在の「社会経済的」影響に関する研究は、その量的レベルに関係したリスクの評価に比べれば、はるかに複雑にならざるを得ない。研究は、専門家の科学的見解とコンピュータ・モデルに基づき、GMOのシェアが10%と50%の場合、非GM作物中のGM作物の存在の最低基準が0.1%、0.3%、1%の場合と、様々なシナリオを想定して進められた。研究対象作物としては、異なる生物学的特長を代表し、また将来EUで導入されそうな作物として、種子生産のための油料種子用ナタネ、飼料生産に利用されるトウモロコシ、直接消費され、また食品加工に用いられるポテトが選ばれた。

 このような研究の結果は、決して確定的、一般的な結論とはいえない。GM作物のシェアの増大は価格構造に変化を与えようが、この研究ではそれは捨象されている。現在の農業慣行は、種子の純粋性という点では既に妥協があり、純粋性を護るために、既に研究が提案するような農業慣行が実行されている場合もある(特に種子生産の場合)。実際の農場に関して利用できるデータは限られているから、結果の解釈は慎重でなければならず、より一般的な結論を得るためには、適切な規模の実験農場での検証も必要になる。

 このような限界があるとはいえ、この研究により、問題解決はそう容易なことではないことが明白になった。研究結果は次のようなものであった。

 ■将来の規則で議論されそうな混入率の基準として、種子生産で0.3%、トウモロコシとポテトで1%を想定すると、ナタネ種子と慣行トウモロコシを生産するすべてのタイプの農場で農業方法の大幅な変更が必要になる。ある場合には(農場のタイプによる)、個別農場レベルでの変更では不十分で、この場合には隣接農場間の協同での変更が必要になる。例えば、GM作物と非GM作物の開花期をずらしたり、地域レベルでの境界管理など。対照的に、すべてのタイプのポテト農場や一定のタイプ(有機)のトウモロコシ農場では現在の農業方法でこの基準を満たすことができる。

 ■混入ゼロが事実上の基準である有機農業のために0.1%以下の基準を想定すると、すべての作物について、どんなシナリオの下でも、そして農業方法の大幅な変更を行なっても、この基準を満たすことは極度に困難である。一定タイプの種子生産農場では可能かもしれないが、それでも農業方法の大幅な変更が必要になる。

 ■基準を1%とすると、ある場合には農業方法の変更だけで基準を満たすことができる。これはモニタリング・システムと保険の必要性を意味する。その結果、地域におけるGM作物シェアが50%のシナリオでは、追加コストは現在の生産物価格の1-10%になる。一般的に、慣行農場よりは有機農場のコストが、特に保険システムのために高くなる。ただ、価格と関連させたコストは、有機作物の価格プレミアムがこの差を縮める。

 ■同一農場でのGM作物と慣行作物または有機作物の両方の耕作は、大規模農場でも非現実的なシナリオである。

 論議のたたき台として欧州委員会ペーパー:農場管理手段、GM空白地域、補償責任等

 こうして、短期では答が出せそうもないし、GM作物の大規模栽培をめざす以上は答を出さねばならない課題が改めて提起されることになった。最初に述べた現在のEUの動きは、この課題に挑戦しようとするものである。3月5日、欧州委員会は、これが予告されたペーパーそのものなのかどうかは不明であるが、論議のたたき台として「委員会、GM作物の共存に取り組む」と題するリリースを出した(GMOs: Commission addresses GM crop co-existence)。それは共存とは何かに答えたあと、可能な農場管理手段、GM作物空白地域の設定、補償責任、作物特定的な解決策を提示している。以下はその概略である。

 (a)可能な農場管理手段の例

 圃場間隔離距離、

 緩衝帯、

 花粉防壁、

 自生植物コントロール、

 輪作と異なる開花期のための栽培協定、

 耕作・収穫・貯蔵・輸送・加工の間のモニタリング。

 (b)GM空白域の問題

 農業者間、または農業者と産業の間で特定地域における一つまたはそれ以上のGM作物がないように保証する地方的自主協定を結ぶことは可能と思われる。そのような協定の例は、エルカ酸油料種子ナタネのような高度の純粋性基準または分離を必要とする作物に既に存在する。しかし、加盟国におけるGM作物耕作禁止は許されない。自由という基本権を制限することになるからである。また、一定の農業者の意思に反してのGM空白域の設定は共存の原則そのものに反する。

 (c)補償責任

 遺伝子の偶然の混入の際の経済的損失の補償を求める可能性がEUレベルで規則化される必要があるかどうかの問題が提起されてきた。欧州委員会は、既存の国家法がこれに関して十分で平等な可能性を提供しているかどうかを見わけるのが第一ステップと考える。別の問題は、行為と損害との間の因果関係をどう確立するかである。

 (d)作物特定的解決策

 共存問題に取り組むいかなるアプローチも、近隣圃場への拡散の可能性に関する作物間の差異を考慮する必要がある。JRCの研究(参照:EU:欧州環境庁(EEA)、GM作物花粉による遺伝子移転に関する報告を発表,02.3.28)や最近のデンマーク専門家グループの研究は、偶然の混入やそれを減少させる手段が作物により大きく異なることを確認した。また、デンマークの研究は、限定された作物シェア(10%)と混入率1%の条件の下では、デンマークにおける大部分の作物については共存が保証されるが、一部作物は農業方法の変更を必要とし、共存不能な場合もあることを示唆している。しかし、ナタネや一定作物の種子生産については、共存確保は一層問題があり、ガイドラインが開発されるまでには一層の評価が必要である。

 様々な生産システムの共存を確保するための有効で、コスト節約的な手段を決定するに際しての中心要素は、ロケーションの差異である。少数の作物、主としてナタネについては、共存確保の手段は農業方法の重大な変更に関係し得る。

 このような重大な問題を残したままでモラトリアム解除に進むとは考え難い。欧州委員会の焦燥と米国の怒りはますます燃えたちそうである。