欧州委、一部加盟国のGM作物栽培禁止の解除に失敗 米国の一層の攻撃に直面

農業情報研究所(WAPIC)

05.6.25(7.13訂正)

 EUの環境相理事会が24日、EUで承認された遺伝子組み換え(GM)作物の栽培禁止を続けるEU5ヵ国の「セーフガード」措置の解除を求める欧州委員会の提案を特定多数決で否決した 。

 http://ue.eu.int/ueDocs/cms_Data/docs/pressData/fr/envir/85457.pdf

 この決定は、競争力強化をバイテク振興にかける欧州委員会にとっての大打撃となる。この措置は、EU全体のGMO新規承認の「事実上のモラトリアム」とともに、米国等がWTOに提訴しているものであり、米国通商代表部(USTR)のリチャード・ミルズ報道官も、「この決定はEUのバイテク製品規制の法的構造が非常に歪んだものであることを改めて立証する」、ヨーロッパの規制が「科学よりも政治」に導かれている証拠と反発している。

 Washington critique la décision des Vingt-Cinq de rejeter la levée des interdictions d'OGM,Le Monde,6.24

 欧州委員会と各国・市民・消費者の間の対立ばかりでなく、GMOをめぐる米欧摩擦にも拍車がかかりそうだ。

 EUにおいては、EUレベルで承認されたGM作物の栽培を禁止する権限は、域内商品自由流通の原則によって誰にもない。しかし、新たな重大なリスクが承認後に発見された場合には、各国は、その利用や販売を一時的に制限または禁止できるというEU指令(90/220/EEC)の条項に基づく唯一の例外があった。この場合、各国が提出する証拠を基にEUレベルでのリスクの再評価が行われ、その結果に応じてEUレベルで制限または禁止されるか、各国のセーフガード措置が廃止されることになる。

 5ヵ国は、90年代末、GM作物の健康や環境への悪影響を示唆する新たな知見により消費者・市民の反GM運動が高揚すると、次々とこのセーフガード措置を発動した。

 各国が差し出す「証拠」はEUレベルのリスク評価で次々と否定された。指令も現行指令(90/220/EEC)に改変され、リスクも否定されたのだからと、欧州委員会は再三、これら措置の解除を要請してきた。それにもかかわらず、消費者・市民の反発を恐れる政府は、未だに禁止を続けている。 現在(05年3月15日)も残るセーフガード措置の対象作物(発動年月)と発動国のリストはは次のとおりである。 

オーストリア:グルホシネート・アンモニウム耐性Btトウモロコシ・Bt-176(97.2)、Bt cryIA(b)遺伝子発現トウモロコシ・MON810(99.6)、グルホシネート・アンモニウム耐性トウモロコシ ・T25(00.5)。
フランス:グルホシネート・アンモニウム耐性雄性不稔ナタネ(育種用)・MS1、RF1、(98.11)、グリホシネート・アンモニウム耐性ナタネ(輸入・貯蔵・加工用)・Topas 19/2(98.11)
ドイツ:グルホシネート・アンモニウム耐性Btトウモロコシ・Bt-176(00.2
ルクセンブルグ:グルホシネート・アンモニウム耐性Btトウモロコシ・Bt-176(97.3
ギリシャ:グルホシネート・アンモニウム耐性トウモロコシ(輸入・貯蔵・加工用)・T25(98.11
ハンガリー:Bt cryIA(b)遺伝子発現トウモロコシ・MON810(05.1)

 (http://europa.eu.int/comm/environment/biotechnology/safeguard_clauses.htm
今回の解除の提案は、このうちのハンガリーを除く5ヵ国にかかわる。英国はT 25の禁止を自ら解除

 これに苛立ちを強めた欧州委員会の今回の提案であったが、圧倒的多数の国が5ヵ国を支持したようだ。国別の賛否は公式には明らかにされないが、委員会提案を支持したのは、英国、オランダ、スウェーデンの3ヵ国だけだったというマスコミ報道がある 。

 EU revolt as maize plans are rejected,The Irish Independent,6.25

 禁止継続に圧倒的支持が集まったのは、殺虫成分(Bt)を生成するGMトウモロコシ・MON 863を食べさせられたラットの腎臓は小さく、血液成分にも変化があったという先般伝えたモンサントの秘密研究の存在の露見のためという(モンサントのGMトウモロコシ・MON 863、健康悪影響を示唆する秘密研究が露見,05.5.26)。Canadian Pressの情報によると、企業機密にかかかわるとこの報告の全文の提出を拒んでいたモンサントも、ドイツの裁判で全文提出を余儀なくされた。これを見た欧州食品安全庁(EFSA)は、見られた変化は自然の変異の範囲内と、以前の安全評価を変えないとしているが、フランス政府の分子生物工学委員会の科学者であるギル-エリック・セラリーニ氏は、これは切り離された特別のケースではなく、GMOに含まれる農薬が化学農薬と同種の副作用を持つと信じる」と語ったという

 Genetically modified corn concerns,Globe and Mail,6.22

 まさに、GMOをめぐるヨーロッパの状況は、パズタイ博士が害虫抵抗性GMジャガイモを食べさせたラットの免疫力低下や発育阻害、胃の内壁や小腸の異常を報告し、コーネル大学の研究がBtトウモロコシの花粉をたべさせたオオカバマダラの幼虫が死んだと報告して、EUを事実上のモラトリアムに追い込んだときの状況に逆戻りした感がある。

 環境団体はヨーロッパ消費者の歴史的勝利とこの決定を大歓迎、アイルランド環境相・ディック・ローシュも、欧州委員会の行動をEUのプロジェクト全体について市民の減滅を招くものと批判、この決定を歓迎している。会議の議長を努めるルクセンブルグ環境相も、この結果には非常に満足と言う。欧州委員会は打つ手に窮したように見える。

 この投票結果を受けての欧州委員会の報道発表は、委員会には、既存の提案を再提案するか、提案を修正するか、[既存システムの一部を見直す]立法を提案するかの三つの選択肢があると述べた 。

 MOs: Commission reaction on Council votes on safeguards and GM maize MON863

 再提案は簡単だが、近い将来に採択される見込みはない。提案の修正となれば、まして新立法となれば、その法的・科学的根拠、さらにはEU域内市場と貿易相手に与える影響が十分に検討されねばならず、これも早期の実現は難しい。各国の政治的利害に配慮すれば域内自由流通が何らかの犠牲を蒙るのは避けられないだろうし、米国からの「バイテク製品規制の法的構造」の「歪み」に対する攻撃が一段と強まるだろう。

 フランスとオランダの憲法条約批准拒否で方向性を見失い、中期予算も決められず、統合の要であった共通農業政策(CAP)までもが存続の危機にあるEUで、「EUのプロジェクト全体」への疑問を高める材料がまた一つ加わったことになる。

 一方、同じ会合は、欧州委員会が販売承認を求めたGMトウモロコシ・MON863については、承認・否決のどちらも決定できなかった。これは、数ヵ月中に欧州委員会の権限で承認されることになる。昨年5月の「モラトリアム解除」後、3つ目の承認品種となる(いずれも閣僚理事会で決定できず、欧州委員会が承認)。欧州委員会にとって、小さな勝利だ。

 関連情報
 
モンサントのGMトウモロコシ・MON 863、健康悪影響を示唆する秘密研究が露見,05.5.26
 レポート:
EUのGMO新規承認モラトリアム解除とGMOをめぐる欧州の状況(2.GM作物の商用栽培は進むのか(04.6.2))