EUのGMO新規承認モラトリアム解除とGMOをめぐる欧州の状況

目次

1.承認にいたるプロセス、GM食品市場はあるのか(04.5.28)

2.GM作物の商用栽培は進むのか(04.6.2)

3.共存問題(04.6.7)

4.GMフリー地域(04.6.11)

1.承認にいたるプロセス、GM食品市場はあるのか

 欧州委員会は5月19日、シンジェンタ社が申請していたBt11系統の遺伝子組み換え(GM)トウモロコシ由来のスウィートコーンの販売許可を決定した。これにより、EUの遺伝子組み換え体(GMO)販売新規承認の「事実上のモラトリアム」が解除されたことになる[i]

 このモラトリアムは、1999年6月24日、EU環境相理事会がGMOに関する法律を強化(特にリスク評価と公衆への情報提供の手続の強化、表示の導入)する立法に関して共通の立場を採択したことで決定的となった。それは法的拘束力をもつモラトリアムの決定ではないが、事実上、これらの新たな立法が採択され・発効するまで、新規GMO販売の許可を停止することを含意し、「事実上の」モラトリアムにつながった。このとき、デンマーク、フランス、ギリシャ、イタリア、ルクセンブルグの5ヵ国が、欧州委員会がGMOとそれに由来する製品のトレーサビリティーと表示に関する規則を提案するまで、新たなGMO承認は拒否するという宣言を出した。だが、この法律強化のプロセスは、今年4月18日のトレーサビリティーと表示に関する新規則の発効により完了した。従って、今回のモラトリアム解除は時間の問題だったといえる。

 一部反GM団体は、この決定のタイミングをとらえ、欧州委員会は70%がGMOを拒否する欧州市民の意見を無視し、米国とWTOに突き動かされたと批難する[ii]。昨年5月、米国はカナダ、アルゼンチンとともに、EUのGMO新規承認モラトリアムを国際貿易ルール(主に、確たる「科学的根拠」なしに貿易を制限することを禁じるWTO衛生植物検疫=SPS協定)違反だとして、WTOに訴えた[iii]。その審理が始まる6月初めまでに米国が問題とする事実そのもの完全に消滅させ、米国の言い分を無効にしようとしたというわけである。確かに「外圧」が今回の決定に影響を与えたことは否定できない。EUのバーン食品安全・消費者保護担当委員は、「この決定はWTOの手続に影響を与えると思う」、「告訴側の主張の維持は非常に難しくなるだろう」と言う[iv]。だが、これは本質的な問題ではない。

 より本質的なことは、EU政府たる欧州委員会がGMO、バイオテクノロジーの熱心な推進者であることだ。欧州のバイテク産業は、このモラトリアムが障害となって米国に大きく遅れをとっている。バイテク産業は国や地域の経済の将来を左右する重要部門であり、これは容認できない。モラトリアムは一日も早く解除しなければならない。これが委員会の基本的立場である。そのためにこそ、世論が受け入れるように、長い時間をかけて厳格なGMO規制を作り上げてきたのだ。それにもかかわらず「モラトリアム」が解けないとすれば、今までの一切の努力が無駄になる。バーン委員は、「GMスィートコーンは世界で最も厳格な販売前評価を受けた。従って、食品安全は問題ではなく、消費者選択の問題である。GMOに関するEUの新ルールは明確な表示とトレーサビリティーを要求している。表示は消費者が心を決めるために必要な情報を提供する。従って、消費者は自分が買いたいものを自由に選ぶことができる。欧州委員会は、厳格で明確な規則に基づいて、責任をもって行動する」と述べている[v]

 だが、このモラトリアム解除により、事態は委員会の思惑どおりに進むのだろうか。今回の販売承認の対象は、缶詰または生鮮スウィートコーン(トウモロコシ)の輸入品だけである(Bt11系統GMトウモロコシの穀粒は、98年以来EUへの輸入を許可されており、飼料や派生食料品、すなわちトウモロコシ油、トウモロコシ粉、砂糖とシロップ、スナック食品、焼き物食品、揚げ物食品、甘菓子、ソフトドリンクに使われてきた)。しかし、食品・飼料として利用されるだけでなく、栽培も目的とするものも含む33のGMOが許可を待っている。これらが続々と承認されることになるのだろうか。バーン委員は、今回の決定により、今後の承認過程は容易になる、許可されるものが増えるほどにますます容易になると楽観的である[vi]。だが、そうとも言い切れない様々な要因もある。EUのモラトリアムは、途上国を中心とする世界の他の国々にもGMO導入を躊躇わせる最大の要因をなしてきた。今後のEUの動きは、世界の農業バイオテクノロジーの動向にも大きな影響を与えるだろう。

 ここで、今後のEUの動きを左右するであろう様々の問題を考えておきたい。これらの問題は、何よりも、今回の承認に至ったプロセスのなかに現われている。

 ]英国「インディペンデント」紙によれば、バーン委員は、「Bt11はEUで許可を勝ち得た35番目のGM製品であり、他の33の他のGM製品がパイプラインにある」と発言している(Europe allows sweetcorn amid fears of a US trade war,Independent,5.20)。ただし、Bt11承認を発表する欧州委員会のリリース(Commission authorises import of canned GM-sweet corn under new strict labelling conditions - consumers can choose,04.5.19)に付録として掲げられたリストによると、モラトリアム以前に承認されたGM食品は10種、GMO製品は18種であり、許可がペンディングとなっているGM食品は16種、欧州委員会が承認申請の通報を受け取ったGMO製品は24種となっている。

 承認のプロセス

 今回承認されたスウィートコーンは、99年2月11日、ノヴァルティス(その後シンジェンタ)がオランダの当局に新規食品または新規食品成分として販売許可を求めたものである。オランダ当局は、このBt11スィートコーンは通常のスィートコーンと同様に安全であるという結論した。しかし、フランス食品衛生安全庁(AFFSA)はその分子的特徴と毒性に関して一層の研究を要請する意見を出した。EUの科学委員会が提起された問題を検討、オランダ当局と同様の意見を出した。

 欧州委員会によれば、「安全性評価のために使われた方法は、GMO・GM食品・GM飼料の評価に関するEU科学運営委員会が用意した最近の指針とバイオテクノロジー由来食品に関するコーデックスの原則と指針にも沿うものである。

 欧州委員会の共同研究センター(JRC)は、GMO試験所欧州ネットワークと協同、スウィートコーンのBt改変事象を検出し・定量するための量的事象特定方法の性能を検査するための国際的に認められた指針に従って、完全な検証研究を行った。検証された方法は、ノルウェー国立獣医学研究所とフランスの国立農学研究所(INRA)により開発された」[vii]

 それにもかかわらず、AFFSAは、安全性と食品価値のデータを得る実験はスィートコーンによってではなく、「穀粒」品種Btコーンで行われたもので、その日常的消費の影響は、ラットによる毒性/許容量の研究、家畜の許容量/栄養性の一層の研究によって評価されねばならないと、EU科学委員会の結論を未だに認めていない[viii]

 この事実は、欧州委員会が完全とする強化されたリスク評価手続にもかかわらず、安全性評価に関するコンセンサスを得ることが依然として難しいことを示している。GMOのリスクに関する科学的見解は、モラトリアム以前と同様、分裂したままである。従って、多くの消費者や環境保護論者のGMOに対する不安も消えないし、高まりさえする。そうであるかぎり、モラトリアム解除にもかかわわらず、ヨーロッパのGMO市場は簡単には開かないだろう(これについては後に述べる)。

 このような科学的見解の分裂と市民の大きな不安は、政策決定に大きく影響する。欧州委員会が承認の是非を決めるための意見を出す「食料チェーン及び動物保健に関する常設委員会」(各国専門家で構成される)は、結局結論を出せなかった。そこで、欧州委員会は、新たな承認手続規則に従って、閣僚理事会(EUの決定機関)による決定を求めた。だが、欧州委員会の承認提案を討議した4月26日の農相理事会は、アイルランド、イタリア、オランダ、フィンランド、英国が賛成、デンマーク、ギリシャ、フランス、ルクセンブルグ、オーストリア、ポルトガルが反対、ベルギー、ドイツ、スペインが棄権と分裂、提案の承認も拒否も決められなかった。こうして、定められた期限内に理事会が決定できなかったときには欧州委員会が決定するという規則に従い、今回の決定となったわけである。もちろん、欧州委員会が承認しないという選択もあり得る。だが、現在の欧州委員会がそのような選択をするはずがないことは前述のとおりだ。

 GMOのリスクに関する科学的見解の分裂と市民の不安が続くかぎり、今後の承認も、多くがこのような過程を辿ることになることが予想される。このことは、今後の承認が必ずしも円滑には進まないだろうことを予想させる。これは、対外的には、米国等との摩擦が必ずしも解消しないことを意味する。だが、問題はそれだけではない。本来は政策提案機関・執行機関である欧州委員会は、実際には「決定機関」としての役割も持ち、この役割が次第に重みを増してきた。それは、EUにおける「民主主義」という基本的問題を提起してきた。今回の決定は、EUにおける政策決定手続に関する基本的問題をめぐる論争を改めて燃え上がらせることにもなる。それは、GMOをめぐる問題の解決をもたらさないばかりか、EUの根幹にかかわる新たな問題さえ生じさせかねないということだ。

 GM食品市場はあるのか

 バーン委員は、EUが厳格な評価手続を経て承認したGM食品は通常食品と同様に安全だと、繰り返し訴えてきた。欧州委員会は昨年12月、食品のリスクの受け止め方(パーセプション)をめぐる科学者・政策策定者と市民のギャップを縮めようと、「リスク・パーセプション:科学、公開論争、政策形成」と題する大規模な国際会議を開いた[ix]。だが、ギャップは縮まるどころか、かえって開いたかもしれない。

 ヨーロッパ市民のGM食品の受け止め方については、2001年12月に欧州委員会自身が最も包括的な調査を発表している[x]。それによれば、EU市民の94.6%が選択の権利を望み、85.9%が食べる前に一層知りたいと言っているが、単純にGM食品を望まないと言う市民も70.9%に達している。表示や情報の有無にかかわらず、大半の市民はGM食品に拒絶反応を示しているわけだ。BSEなどと違い、GM食品に関しては、科学などと関係がない「畏れ」を抱いているように見える。牛は草食動物とされているが、肉もまったく食べないわけではない。牛に肉骨粉を与えることは、牛の本性を犯すものではない。だが、GM技術による遺伝子操作は、生命の本質への介入であり、知らず知らずの人為の誤りなどではなく、神の「冒涜」だという観念が背後にあるように見える。その上に、GM技術について知れば知るほど反対が増えたという情報さえある[xi]。GM食品への不安は、ますます高まる可能性がある。

 モラトリアムが解除されても、こうした状況が急に変わるわけではない。モラトリアム以前、EUは、除草剤耐性・害虫抵抗性の大豆・トウモロコシ・油料種子菜種からの10種のGM食品を承認している。だが、これら食品は、EU市場でまったく流通してないといってよい。消費者のGM食品への反発が強烈なために、流通企業も、食品産業もこれを扱おうとしなかった。一つの新規GM食品が承認されたからといって、この状況が急に変わると考えねばならない理由は何もない。

 近い将来、EU新規則に従って「これはGMOを含む」とか、「遺伝子組み換え(GMOの名称)で生産された」とラベルに書かれた商品がスーパーの店頭に現われることはないだろう。スイス最大の流通チェーンのMigrosは、「消費者が望まないのだから、我々はGM食品を避ける」と言明する。カルフールは、「GMOと表示されて製品を店頭に出す業者が出ることは想像できるが、消費者が望まないのだから、ほとんどの業者はそんなことはしないと考える」と言う。イタリア農相は、その声明で「あらゆる世論調査によれば、消費者の大多数(70%)がGM食品を拒否しており、この販売の利益は市場が判断することになろう」と語る[xii]。「地球の友ヨーロッパ」のGM活動家・アドリアン・ベブは、「Bt11の市場がどこにあるのか、誰が買いに行くのか。スーパーに押しかけるなどということは、確かにない」と言う[xiii]

 小売業界だけではない。フランスの完成食品企業協会(Adepate)は、「フランスのスウィートコーン製造者は専ら非GMスウィートコーンの販売を続ける」と確認、さらに「(続いて栽培許可が検討される)Bt11スウィートコーンの栽培は、他のすべての品種と同様、EUでは依然として禁止される」と言う[xiv]。販売許可を受けたシンジェンタ社自身も、フランス「レゼコー」紙に対し、「スウィートコーン加工産業は、現状ではGMトウモロコシを販売しないと発表した」、Bt11トウモロコシの栽培許可も申請したが、「加工業者が望まないかぎり、ヨーロッパでBt11スウィートコーンの種子を販売するつもりはない」と語る[xv]

 だが、モラトリアム解除がまったくインパクトを持たないと考えることもできない。モラトリアム解除自体の影響はないとしても、これをもたらしたGMOのリスク評価手続やトレーサビリティー確立・表示制度の強化は、欧州委員会がGMO導入に向けての圧力を強める法的根拠を与える。新規則は閣僚理事会と欧州議会が承認したものであり、GMO導入反対の法的根拠は弱まらざるを得ないだろう。先のイタリア農相も、欧州委員会がGMOを許可する以上、市場の拒絶も消費者の反発がある期間だけと言う。これは、開発企業を勇気づけることにもなる。上記のシンジェンタ社は、我々の製品の安全性と無害性が認められた意義は大きい、家畜飼料に使われるトウモロコシ穀粒については、需要があるからGM品種許可を申請すると言う。GM飼料で育てられた家畜の肉や卵や乳には、EU新規則も表示を義務付けていない。ヨーロッパバイテク産業協会は、他のGMOの許可が進めば、消費者の反発も薄らぐと期待する。英国の2,000の消費者に対するAgBio Forumの最近の調査では、回答者の71%が非GM製品を買うと答えているが、GM製品より高くても買うと答える人は56%に減る[xvi]。価格を下げることができれば、消費者がGM製品を購入するようになり、GM製品市場が開ける可能性もある。

 今までに許可されたGMOや許可が申請されているGMOは、除草剤耐性・害虫抵抗性の形質をもつものがほとんで、形質の点では消費者にメリットはない。だが、生産コストの低減が価格面で消費者にメリットをもたらす可能性はある。従って、消費者やユーザーに魅力的な形質を備えた「次世代」GM作物の登場を待たなくても、ヨーロッパへのGM作物栽培の本格導入が進むことも考えられる。とりわけ可能性が高いのは、シンジェンタ社が狙うような飼料用GM作物の導入だ。GM食品の流通はゼロとしても、GM家畜飼料はEU市場でも大きなシェアを獲得してきた。2002年のGM無し家畜飼料の比率は20%から25%にすぎないと推定されている。域内栽培はないから、ほとんどすべてが輸入品と見てよい。今後はGM飼料も表示とトレーサビリティーが義務付けられるから、そのコストは高まる。しかし、非GM品がますます希少になり、価格も高くなれば、GM品への需要も高まる可能性がある。域内生産への誘因も高まる。シンジェンタ社は、ヨーロッパへのGM作物栽培導入には長い時間がかかると認めながらも、フランス農業者がこれに頼らないのは間違いと言う。

 だが、それは、慣行・有機農業のGM汚染や生態系撹乱への人々の恐れを高める。各国は、慣行・有機農業との「共存」のための厳しい措置を求められている。それはGM農業のコストを高める。それだけではない。地域レベルでGMO導入の「モラトリアム」を求める動きも強まっている。先の地方選挙で左翼が大幅に勢力を伸ばしたフランスでは、GMフリーを宣言する州が続出している。さらに、政党にはモラトリアム解除の決定そのものに挑む動きもある。フランス緑の党は、100万人の署名が集まれば欧州委員会はEUの最高意志決定機関である欧州理事会(首脳会議)に問題の検討を求めねばならないという審議中のEU憲法案の条項を援用、モラトリアム解除の決定を再検討に持ち込む運動を開始した。社会党も、「AFFSAが決定しなかった以上、予防原則の名において、これら食料の輸入を受け入れてはならない」と言う。EUの政策決定のメカニズム自体を問う動きも現われている[xvii]。モラトリアム解除は、反GM運動を強めることにもなった。これらの動きの帰趨がGMOの将来を大きく左右するだろう。


[i] European Commission, Commission authorises import of canned GM-sweet corn under new strict labelling conditions - consumers can choose,04.5.19

[ii] EU approves GM sweetcorn,Guardian,5.20

[iii] 米国、GMO規制でEUをWTO提訴、欧州委は断固反論(農業情報研究所),03.5.14

[iv] Bruxelles espère avoir influencé l’OMC,Le Monde,5.20

[v] European Commission,前掲

[vi] US to keep up pressure on GM foods,Financial Times,5.20,p.4

[vii] European Commission,前掲

[viii]フランス食品衛生安全庁、GMスィートコーンBt11の承認に待った(農業情報研究所),03.12.4

[ix]RISK PERCEPTION: SCIENCE, PUBLIC DEBATE AND POLICY MAKING 4-5 December 2003

[x] European,Science and Technology(Eurobarometer 55.2)

[xi]英国:GMO国民論争最終報告、GM作物導入は当分不可能に(農業情報研究所),03.9.29

[xii] Le Monde,5.20、前掲

[xiii] Europe Lifts GM Food Ban Despite Public Opposition,DW-World(ドイツ),5.19

[xiv]Pas d'OGM dans le maïs doux vendu par les fabricants français,Agrisalon,5.19

[xv]Syngenta: le maïs doux OGM autorisé par Bruxelles ne sera pas vendu en Europe,Agrisalon,5.21

[xvi]Is There a Market for Genetically Modified Foods in Europe? Contingent Valuation of GM and Non-GM Breakfast Cereals in the United Kingdom

[xvii] La Commission européenne a donné son feu vert,hier,à l’importation du Bt11,Liberation,5.20

2.GM作物の商用栽培は進むのか(04.6.2)

 前節で述べたように、GM作物の栽培問題、とくに商用栽培の導入は、EUにおける喫緊にして、最も重要な争点となってきた。これをめぐる争いは、モラトリアム解除を契機に一層燃え上がるだろう。そこで以下、この問題に焦点を当てることにする。

 (1)GM作物栽培を妨げる反GM運動と世論

 GMOへのわが国国民の関心は、長い間、食品としての安全性の問題に注がれてきた。最近でこそ様相は変わりつつあるが、ヨーロッパでは、早くから食品としての安全性と同等か、それ以上の関心・懸念が「遺伝子汚染」による生態系撹乱・破壊の問題に注がれてきた。環境意識の相違のせいだろうか。環境保護運動も活発で、環境保護団体が唱えるGMO反対は、次第に政治家や政府も動かす力をつけてきた。

 この流れを決定的にしたのが、Btトウモロコシの花粉をかけたトウワタの葉を食べた美しい渡り蝶・オオカバマダラの幼虫が死亡、生残った幼虫も弱っていたというコーネル大学の研究だった。これは、環境保護団体が強調してきた不安に一気に現実感を与えた。99年5月20日、この研究が「ネイチャー」誌に発表されると、欧州委員会は、直ちにGMトウモロコシ承認手続を停止した。フランスでは5月25日、当時のドミニク・ヴォワネ国土整備・環境相が環境団体を前に、GMO販売の新規承認停止と既承認GM製品の見直しを政府に要求すると言明、翌26日には、グラバニー農相が国民議会(フランス下院)で、GM植物への「予防原則」の拡張適用を宣言した。この動きが、EUレベルのGMO新規承認のモラトリアムを確立させることになる。

 GM作物による「遺伝子汚染」の脅威は、GM食品の安全性への疑念からくる消費者の反発への恐れと相まち、一部小農民団体(例えばフランスの農民同盟)や有機農民を環境保護団体のGM作物反対運動に合流させることにもなった。もとより消費者団体も加えたこれら団体の活動は、ヨーロッパにおけるGM反対の圧倒的世論の確立に貢献した。それを示唆する一つの例は、GM作物破壊の直接闘争を繰り返したフランス農民同盟(現在は、国際小農民組織であるヴィア・カンペシーナに転出)のジョゼ・ボベへのフランス人の支持が不断に拡大していることである。今年2月26−27日に行われた18歳以上のフランス人1,018人に対する電話世論調査では、51%がボベを最善の農業防衛者と考えている。2000年には39%、01年には43%、02年には46%だった[i]。ジョゼ・ボベへの支持が直ちにGM反対への支持を示すものではないが、フランス人がジョゼ・ボベの名で連想するのは何よりも反GM闘争であろうから、この数字がGMに対する態度と無関係でないことは確かと思われる。

 このようにして形成された世論がヨーロッパにおけるGM作物栽培を封じ込めてきたと考えることができる。

 (2)商用栽培許可済みGM作物は未開封

 GMO新規承認のモラトリアムが始まる前、EUでは10種のGM作物の商用栽培が許可されていた。しかし、現在商用栽培が見られるのはスペインだけである。スペインでは98年以来、GMトウモロコシが栽培されており、昨年はBtトウモロコシ栽培が3万2,000haに達したとされている。だが、GM作物栽培が他の国に広がることはなかった。フランス農業省は98年2月5日、GMトウモロコシの商用栽培を承認、同年フランス全体で2,000haに作付けられたが、9月5日にはグリーンピースの訴えを受けたコンセーユ・デタ(フランスの行政最高裁判所) が販売停止を命じ、収穫物は販売されずに廃棄される運命となった。以後、いかなるGM作物の商用栽培もない。農業バイテク企業を主要なスポンサーとするGM作物普及国際団体・ISAAAは、2003年の世界のGM作物栽培状況に関する報告で、「ドイツは小面積でのGMトウモロコシ栽培を継続した」と述べているが[ii]、それが真の商用栽培かどうかは不明である。

 ]ブロモキシニル(除草剤)耐性タバコ、グルホシネート・アンモニウム(除草剤)耐性雄性不稔ナタネ(MS1、RF1、育種用)、グルホシネート・アンモニウム耐性雄性不稔ナタネ(MS1、RF2、育種用)、グルホシネート・アンモニウム耐性雄性不稔チコリ(育種用)、カーネーション3種、グルホシネート・アンモニウム耐性Btトウモロコシ(Bt-176)、グルホシネート・アンモニウム耐性トウモロコシ(T25)、Bt crylA(b)遺伝子発現トウモロコシ(MON810)。

 ヨーロッパにおけるGM作物栽培は、基本的には実験栽培に限られてきた。しかし、それさえも、ここ数年相次ぐ環境団体・GM反対農民団体の直接破壊行動により、企業や公的研究機関の開発研究者が他所に逃げ出すほどの困難に出会っている。「地球の友」によれば、バイテク企業の屋外実験申請件数は、97年の264件から02年には56件に激減した[iii]。ただし、国中で2ヵ所でしか屋外実験が行われていないと言われていたドイツで、最近、29ヵ所に秘密実験サイトがあることが暴露された[iv]。旧東ドイツ・サクソニー・アンホルト州で400uの実験GM小麦が何ものかに根扱ぎにされたことがきっかけだった。これに怒った州政府がこれを暴露した。州経済相は、他の5州でも家畜飼料用のGMトウモロコシが栽培されていると明かした。その総面積は300haに達する。緑の党は、この規模の栽培は実験とは考えられない、商用栽培をしているのだと言う。先のISAAAの指摘は、このような「実験」のことを指しているのかもしれない。実験の名に隠れた商用栽培はあり得よう。だが、EUレベルで承認された作物は、基本的には「封印」状態、あるいは「未開封」状態にあると見ることはできる。

 先に述べた圧倒的な反GMの世論が、この未開封状態をもたらしていると考えられる。

 (3)各国の「セーフガード」措置

 GM作物の栽培がEUレベルで一度承認されれば、商用栽培を阻止する権限は、基本的には誰にもない。ただ一つの例外は、EUレベルでの承認後に国レベルで取ることが認められた「セーフガード」措置である。これは、新たな重大なリスクが承認後に発見された場合には、各国は、その利用や販売を一時的に制限または禁止できるというEU指令の条項に基づく。この場合、各国が提出する証拠を基にEUレベルでのリスクの再評価が行われ、その結果に応じてEUレベルで制限または禁止されるか、各国のセーフガード措置が廃止されることになる。

 指令90/220/EECのセーフガード条項に基づき、5ヵ国がこれを発動、この条項が廃止されたのだから(現在は指令 2001/18/ECが定める条項に置き換えられている)中止せよという欧州委員会の要請にもかかわらず、なお続けている。これは、米国等によるWTO提訴の対象もなしている。発動国と対象となる栽培許可GM作物は次のとおりである。


オーストリア:グルホシネート・アンモニウム耐性Btトウモロコシ(Bt-176)、グルホシネート・アンモニウム耐性トウモロコシ(T25)。

フランス:グルホシネート・アンモニウム耐性雄性不稔ナタネ(MS1、RF1、育種用)。

ドイツ:グルホシネート・アンモニウム耐性Btトウモロコシ(Bt-176)

ルクセンブルグ:グルホシネート・アンモニウム耐性Btトウモロコシ(Bt-176)

英国:グルホシネート・アンモニウム耐性トウモロコシ(T25)。

この措置は、対象は限定されるし、新たなリスクの立証のハードルも高く、GM作物商用栽培の拡大防止のためには極めて限定された手段でしかない。それでも、承認されたGM作物の数が少ない現在は、相当な有効性を持ち得よう。だが、EUレベルのリスク評価手続が強化され、承認作物も増えるだろう今後は、その有効性は次第に薄れていくであろう。未開封状態の維持は、世論がもたらす農民の「自制」に頼るほかなくなるだろう。それは、未開封状態が現在まで保たれる基本的要因であった。

(4)世論が強制する生産者の自制

農民は、狂牛病(BSE)の経験から、市民・消費者の要求に応えられない農業は自滅するしかないことを知った。例えば、「生産性至上主義」の放棄は自滅への道と信じてやまないフランスの主流派農民組合・農業経営者連盟(FNSEA)は、GM作物には生産費抑制・環境と農業者の健康への好影響・収穫の安定と高収量・新製品供給などの多大なメリットがあると認めている。それはGM作物を決して拒否しようとはしていない。だが、やはり99年6月には、この新たな技術を消費者と農業者へのサービスの「切り札」にするためには、これを統制せねばならないと慎重姿勢に転じざるを得なかった[v]。その姿勢は、欧州委員会やフランス農業省と基本的には同じである。GM作物導入のためには、ケース・バイ・ケースで厳重なリスク評価を行い、消費者選択の自由を確保し、トレーサビリティーを確立しなければならないということだ。いまや、GM作物商用栽培にいつ踏み切ってもおかしくない立場であるが、現実には反GMの世論は一向に和らぐ様子がない。GM作物栽培には危険がないことを立証するための屋外栽培実験の拡充、これがFNSEAの目下の最優先課題である。だが、この実験自体が頻々と起こる破壊行動で窮地に立っている。

このような実験が進んだとしても、思惑通りの結果となるかどうか分からない。同様な目的で行われた英国政府による大規模実験は、商用栽培許可は一層慎重でなければならないことを確認する結果となった。この実験の結果、英国政府は、トウモロコシについては、アトラジンを使う除草体系による非GMトウモロコシ栽培よりも生物多様性(昆虫、野生植物、小鳥など)への悪影響が少ないと、その商用栽培を認めたが、非GM作物栽培よりも生物多様性への悪影響が大きいと評価されたGMビートとGMナタネの商用栽培は認めることができなかった。その上、GMトウモロコシ栽培についても、@このトウモロコシが英国の実験で行われたと同様に、あるいは環境に悪影響をもたらさないような条件下で栽培され、管理されるように、EUの許可の条件が修正される、Aアトラジンの使用が06年にEUレベルで禁止されるために、このトウモロコシの栽培許可保有者は非GMトウモロコシ栽培における除草剤使用の変化を監視するための一層の科学的分析を行い、06年の期限切れの際に許可の更新を求めるならば、新たな証拠を提出しなければならない、という条件も付けることになった[vi]。このために、開発者のバイエル・クロップサイエンス社自身が、こんな条件では経済収益がなくなると、このトウモロコシの栽培を断念するというおまけまでついた[vii]

生産者の「自制」は当分続くだろう。だが、生産者の自制だけに頼る「未開封」がいつまでも続く保証はない。

 []生産性至上主義(または「生産至上主義」、productivisme):この言葉は十分に定義されているわけではない。1970年代、人口流出による農村社会の崩壊、環境破壊など、戦後農業の否定的影響が顕著になるにつれて、とくに批判者たちが、戦後フランス農業を主導した農業思想をこう呼ぶようになった。一研究者は、「余りに議論を急ぐために、この問題にかかわる戦いの主役たちが定義することを忘れてしまった新語である」、「生産の発展に与えられる優先権・・・だけでは、この概念を定義するには十分でない」と言う(J.C.Tirel,Le débat sur productivisme,Economie rural,No.155,mai-juin,1983,p.23)。だが、それが「生産」または「生産性」を増加させるという目標に関連していることは確かである。廃墟のなかで国家・経済の再建に取り組まなければならなかった戦後フランスの優先目標は、世界市場で競争できる工業を建設することにおかれた。そのために、農業は工業発展のための労働力を解放し、食糧の国内・輸出需要を満たし、生産費と価格を引き下げる使命を与えられた(モネ・プラン)。このためには労働生産性を、また土地に限りがあるかぎり土地生産性も極限にまで高める必要があった。社会地位を貶められてきた農民は、この要請に応えることで「農業者=企業的農民」となり・社会的地位を向上させようとした。その結果が「生産性至上主義農業」であった。この使命に応じようと全農民の結集を図ったのが「農業経営者連盟(FNSEA)」である。社会的状況がすっかり変わった今も、FNSEAのこの基本思想は微動だにしていない。そのために、「農民的農業」を主唱する「農民同盟」や家族農業防衛を目標とする「家族経営擁護運動(MODEF、共産党系)」などの少数派農民組合との対立が先鋭化している。

(5)残された問題

しかし、GM作物の商用栽培をめぐっては、EUの規制強化にもかかわらずなお残された問題がある。GM農業・非GM農業・有機農業のいわゆる「共存問題」である。この問題が解決しないかぎり、生産者も大手を振ってGM農業に進むことはできない。欧州委員会が各国に委ねた具体的「共存」措置は、ほとんどの国がなお策定途上にある。数少ない策定済みの国・ドイツ(先月、議会が最終承認)の共存措置は、GM作物栽培農民の国家データベースへの登録を義務付け、非GM農業汚染を防止するための規制を侵犯したGM作物栽培者に5万ユーロ(約700万円)までの罰金か、5年以下の懲役刑を科すという厳しいものだ。責任は完全に農民に帰せられ、保険会社はGM作物を栽培する誰とも契約しないだろう[viii]。ほとんど「禁止的」といってよい。

だが、「共存」措置は商用栽培を完封するものではないし、実験栽培による汚染もあり得る。GM作物栽培者に補償義務が生じるような瑕疵がなくても、GM作物栽培が広がれば、「偶然」の汚染の機会も増え、汚染を完全に防ぐ手段はない。GMOゼロを基準とするかぎり、有機農業は存続できないだろう。さらに、野生動物・植物に回復不能な悪影響を与える恐れもある。国が禁止できないならばと、実験栽培も含めたGMO・GM作物の導入を「地域」ぐるみでシャット・アウトしようとする動きが広がっている(「GMフリー地域」の創設)。だが、欧州委員会は、「共存」は全農業者がGM・非GM・有機農業を自由に選べることを意味するとしており、GM農業の選択を強制的に排除するこのような「GMフリー」地域の設定は認めない。「地域」には、「GMフリー」地域を決め、執行する法的権限もない。欧州委員会はもとより、それでは一切の進歩が止まってしまうと、この流れに強く反対する国や開発・研究者も多い。GMOの導入・GM作物栽培は、環境と食品安全にかかわる基本的にして最も解決が難しい問題、「予防原則」の問題を提起している。

フランス議会は今、憲法に盛り込まれる「環境憲章」を審議中である。これは02年の大統領選挙を前にシラク大統領が提唱したもので、環境権を憲法に盛り込もうとするものだ。6月1日に採択された国民議会(下院)案は、憲法前文に「2004年の環境憲章に定められた権利と義務」という文言を付け加えた。これは、環境権が1789年の人権宣言で定められた権利や1946年に追加された経済的・社会的権利と同等の基本権となることを意味する。法案第2条には、これらの権利と義務を定める10ヵ条からなる環境憲章が規定された。これらの権利と義務の中で最も論議を呼んだのが「予防原則」(第5条)にほかならない。

多くの研究者・科学者が、科学・技術、社会・経済の進歩を阻害すると、この条項の採択に猛反対した。大統領を支える中道右派議員の多くも反対を表明していた。結局はこれら議員が賛成に回ったのだが、その採択によって問題が決着したわけではない。下院採択憲章案の第5条は、「科学的認識が不確実であっても損害の現実化が環境に重大かつ回復不能な影響を与える可能性があるときには、損害の現実化を避けるために、公権力は予防原則の適用により、またその権限の範囲内で、リスク評価の手続の実施と暫定的で釣り合いの取れた措置の採択に不断に気を配る」(下線部は国民議会が原案に追加したもの)と定める。だが、GMOについて既に実施されている規制と手続、室内・屋外実験は、憲章が定める「リスク評価の手続」や「暫定的で釣り合いの取れた措置」に相当するのかしないのか、意見は分裂したままであろう。


[i]Agrisalon(04.2.28),Sondage - Pour les Français, José Bové reste le meilleur défenseur des agriculteurs.

[ii]農業情報研究所(04.1.15)、世界のGM作物栽培、7千万haに迫る―03年の世界での栽培状況、04.1.15。

[iii] Friends of the Earth International(2004),The Failure of Genetically Modified Foods and Crops in Europe.

[iv] DW-World(04.5.5),GM Crop Trials Underway Thorouout Germany;Guardian(04.5.7),Secret Germen GM crop trials revealed.

[v] FNSEA(99.6),OGM & agriculture - Analyse et propositions de la FNSEA.

[vi]農業情報研究所(04.3.10)、英国、GMトウモロコシ商用栽培許可へ、批判轟々

[vii]農業情報研究所(04.3.31)、バイエル社、英国政府が承認したGMトウモロコシは英国では栽培しない

[viii] DW-World(04.5.15),German parliament Approves Gene-Food Law

3.共存問題(04.6.2)

自他共に世界一厳しいと認めるGMO規制を完成した欧州委員会も、GM作物の商用栽培、あるいは大々的な栽培の開始の前に、なお解決しなければならない問題があると認識している。それが「共存問題」である。

(1)非GM作物汚染と共存問題

GM作物の屋外栽培は、主として遺伝子移動を通じて、近隣の非GM作物、有機作物を汚染する恐れがある。欧州環境庁(EEA)は2000年、欧州議会の要請に応え、GMOや様々な化学物質のような科学的複雑性と不確実性で特徴づけられる技術の研究成果の普及や、これら成果の利用・予防原則の使用も含むそれらの管理のあり方に関する特別プロジェクトを立ち上げた。その研究成果の一つが、02年3月に発表されたGM作物の花粉を通しての遺伝子移動に関する報告であった[i]

 この研究は、GM作物の環境と農業への影響を評価するために、EUにおいて商業的利用が見込まれるナタネ、テンサイ、ジャガイモ、トウモロコシ、小麦、大麦について、当時最新の研究による知見を詳細に検討したものである。ヨーロッパの果実についても、簡単な検討を行った。検討結果は、作物による程度の違いはあるものの、総じて言えば、現段階では、これらの作物のいずれも、花粉を完全に封じ込めることはできない、従って種子と花粉の移動は今以上に測定され、管理されねばならないというものであった。それは、作物間の直接的な遺伝子の流れを最小化し、汚染された生存種子と自生植物群を最小限に抑えるために空間的・時間的隔離のような管理システムが利用できるが、隔離帯や作物その他の植物による障壁は、天候や環境の条件により完全とはいかないとも述べていた。

 GM作物の屋外栽培により、近隣の非GM作物、有機作物はもちろん、近縁野生種も汚染される可能性と、これを完全に防ぐ方法がないことが、多くの科学的知見を通して確認されたわけである。非GM作物が汚染されれば、消費者・市場が非GM食品を受け入れない現状では、非GM作物栽培者は、少なくとも何らかの経済的損害を受けることになる。とりわけ、ほとんどの国・団体の有機農業基準は、いかなるレベルのGMOの存在も認めない(GMOゼロ)から、多くの有機生産者が存続できなくなるだろう。そうであれば、GM作物栽培を希望する生産者の選択にも圧力がかかる。すべての農業者が平和的に「共存」できなければ、GM農業の普及も妨げられることになる。

 欧州委員会も、GM作物の普及のためには、「共存問題」に取り組まざるを得ない。欧州委員会は03年3月、初めて共存問題に取り組むことを公式に明らかにした。それを伝える3月5日のプレス・リリース[ii]は、「欧州委員会は今日、GM、慣行、有機作物の共存について政策討論を行った。委員は、共存の概念、これまでになされた準備作業、可能な農場管理手段、GMフリー区域の実行可能性(フィージビリティー)、(GMOの)偶然の存在に関する賠償責任の問題に取り組んだ。また、委員会は国家及びEUレベルで取られるべき政策選択と行動も議論した」と述べる。 

 (2)欧州委員会の考える共存問題と共存措置

 上記の欧州委員会文書は、「欧州委員会は、共存は非GM作物中のGM作物の偶然の存在の経済的帰結に関係することに注意する。問題の起原は、基本的には、GM作物であれ、慣行作物であれ、有機作物であれ、農業者が彼らの選択する農作物を自由に選択できるべきだというところにある。EUでは、農業のいかなる形態も排除されてはならない」と言う。さらに、フランツ・フィシュラー農業担当委員は、「共存は、経済的・法的な問題であって、リスクまたは食品安全の問題ではない。EUでは許可されたGMOだけが栽培できるからだ。共存措置は新しいものではない。例えば、慣行農業、種子生産者においては、種子の純粋性基準を確保するための農場管理規範実施の多くの経験が既にある」と強調する。このような考え方は、関係者との協議を経て03年7月に発表された「共存確保のための欧州委員会ガイドライン」においても、少しも変わることはなかった[iii]

 要するに、欧州委員会にとっては、共存問題はリスクや食品安全とは無関係で、純粋に「経済的な」問題であり、「共存措置」とは、種子生産者が製品の純粋性を奪われることで経済的損失を防ぐ措置と同様、GM農業、慣行農業、有機農業が相互に経済的損失を受けることのないように保証する手段だということだ。

 このような基本的考え方に基づく共存措置は、非GM作物のGM作物の汚染を、経済的損失が生じないレベルに抑える農場管理の実施と、このレベルを超える汚染が生じた場合の損害補償措置ということになる。経済的損失が生じないレベルとは、新表示規則でも表示が義務付けられることのない0.9%未満ということだ。これは有機農業についても同様だ。ヨーロッパのほとんどの国や有機農業団体はGMOゼロを基準としているが、これら基準の大枠を定めるEUレベルの統一基準にはこのような定めはない(つまり、0.9%未満なら問題はない)。同時に、共存措置は、GM農業を不可能にし、あるいはそれに損害を与えるようなものであってもならない。

 欧州委員会の共存措置ガイドラインは、共存措置は、@あらゆるタイプの農業者の利害均衡を確保するもので、A効率的で、コスト節約的で、B作物特定的で(偶然の混入の可能性は作物ごとに大きく異なり、例えばナタネでは非常に大きく、トウモロコシは中間的、ポテトでは非常に小さい)、地方的・地域的側面を十分に考慮した措置でなければならないという一般原則を強調する。

 だが、欧州委員会は、自ら共存措置を決定しようとはしなかった。何が効率的で、コスト節約的な最良の方法であるかを決定する要因の多くは、国ごとに異なり、また国の内部でも異なる国家的・地域的特徴と農業慣行にあるというのがその理由である。欧州議会[iv]や十全な汚染防止措置が講じられなければ食品安全も危うくなると主張する消費者団体[v]がEUレベルで法的拘束力を持つ措置を講じることを要求したにもかかわらず、欧州委員会は各国が定めるべき共存措置の一般的指針(ガイドライン)を提示するにとどまった。

 そのガイドラインは、汚染を抑えるための措置として、@農場レベルの措置(隔離距離、緩衝帯、生垣のようは花粉障壁など)、A近隣農場間の協同(播種計画に関する情報、開花期が異なる作物品種の利用など)、B監視と通知の計画、C農業者の訓練、D情報交換、E助言サービスを例示する。

措置が適用される地域的範囲については、農場レベル、また作物や製品のタイプ(例:種子生産)で異なる近隣農場との緊密な協同ができる範囲を優先すべきであるが、適切な場合、あるいは他の手段で十分なレベルの純粋性が確保できない場合には、地域レベルの措置も考えることができるとした。ただし、フィシュラー委員は、地域または国全体がGMOを完全に締め出すような「GMフリーソーン」の設置は許せない、そのような決定を公権力が行えば司法の問題になると言う[vi]。実際、03年9月、欧州委員会は、有機農業と伝統的農業を保護し、また動植物遺伝資源をGMOとの交雑から守るための手段としてGMO使用を3年間禁止する北オーストリア政府の決定を拒否している。地域レベルでのこのような措置を正当化するだけの地域に特別な事情が立証できないというのがその理由である[vii]

損害賠償責任については、各国がそれぞれの民事責任法を検討し、既存の国家法がこれに関して十分で衡平な可能性を提供するかどうかを明らかにする、保険も既存のものの実行可能性と有用性を検討するか、新たな計画を立ち上げることができるとしただけである。

(3)共存は可能なのか

 ところで、このような意味での「共存」はそもそも可能なのか。深刻な疑問がある。汚染のレベルを一定の限界(ゼロではない)内に抑えるだけなら、欧州委員会が例示するような農場レベルの措置や近隣農場間の協力で可能かもしれない。それは、前にも掲げた欧州環境庁(EEA)の研究[viii]も示唆していた。最近発表されたトウモロコシに関するフランスの研究[ix]もそれを示唆する。

 これはフランス国立農学研究所(INRA)と穀物生産者の研究施設であるArvalisが中心となって行った研究だが、GMトウモロコシと非GMトウモロコシを10m離して栽培すると、非GMトウモロコシの汚染レベルは1%から2%だったが、それ以上離すと0.9%以下に下がったという。ただし、開花期が同時だと汚染は避けられない。開花期を2週間から3週間ずらすと、汚染はなかった。この研究は、畑からサイロまで、さらに家畜飼料製造用のサイロまでの隔離の可能性も調べたが、荷台とトレーラートラックを丁寧に掃除、専用の乾燥室を使うと、同じサイトで連続して飼料を製造しても、飼料の偶然の汚染は0.9%以下に抑えられたという(ただし、これはトウモロコシについてだけのこと、ナタネの場合ならばもっと厳しい措置が必要になるのは間違いない)。

だが、これらの措置は「経済的」に実行可能なものなのか。このフランスの研究は、これらの措置によるコスト増加は2.5%から5%で、GMトウモロコシの採用による収量増加は6%から25%になるから、経済的に十分引き合うと結論する。だが、これはいかにも話がうますぎる。汚染レベルを一定限界内に抑える措置は、天候や地域の環境条件により異なるだろう。INRAと全国農業経営者連盟(FNSEA)の以前のトウモロコシに関する共同研究では、汚染を1%までに抑えるには100m離すか、開花期を4日ずらす必要があった。また、15haのGM区画による非GM区画の風による汚染率の評価では、平均2mの風速のボースでは隣接区画の汚染率は0.7%だったが、平均風速6mのローヌの谷では、隣接地域の100ha以上で汚染率が1%以上になった。収量増加も確実というわけにはいかない。この研究だけで、欧州委員会が言うような共存が可能と言い切ることはできない。

もっと一般的には、欧州委員会自身が2000年5月にEU共同研究センター(JRC)に委嘱した研究[x]がある。その研究結果は、欧州委員会が発表を躊躇っているとグリーンピースが告発したものだ。EUの以前の表示限界である1%を基準として共存の経済的可能性を探ったこの研究の結論は次のようなものであった。

同一地域におけるGMナタネと非GMナタネの共存は、追加コストのために経済的に難しい。遺伝子汚染を避けるために農業方法の変更が必要になり、通常または有機の農業者は種子の純粋性を保つために、認証された種子を購入しなければならなくなるだろう。GMナタネとGMトウモロコシの商用栽培により、有機・通常生産者の経営費用はナタネで10%から41%、トウモロコシで1%から9%増える。一般的に、非GM種子・作物の純粋性(GMOとの交雑のレベルが1%未満)を保つことは、大部分の場合、不可能に近い。

種子自体の純粋性も保証されない。欧州委員会は今、慣行農業・有機農業種子のGM汚染の上限を定めようとしている[xi]。委員会によれば、交雑は自然現象であり、GM汚染に限らず、種子の純粋性を保つことは不可能である。それは、非GM農業においても、古来避けがたいことだったという。従って、種子のGM汚染ゼロの可能性は最初から排除された。そこで非GM種子として許容されるGM汚染の上限を定め、それ以下の汚染レベルの種子は、たとえGM汚染があっても非GM種子と認めるということになるわけだ。

問題は上限を具体的にどう定めるかである。欧州委員会は、2001年3月の植物科学委員会(SCP)の意見[xii]に基づき、EUで栽培が予想される次の作物の上限を次のように定めようとしている。

 ルタバガ:0.3%

 ビート、トウモロコシ、ポテト、ワタ、チコリ、トマト:0.5%

 大豆:0.7%

これらの上限は、最終製品のGM汚染を0.9%以内に抑えることを念頭に、植物繁殖システムや偶然の種子汚染の蓋然性などを考慮に入れて決められた。前に述べたように、今のところ、EUには、GM作物の商用栽培はほとんどない。だが、非GM種子はGM作物栽培国からの輸入に大きく依存しており、トウモロコシ、大豆、ワタ、ナタネ種子の輸入依存度は、それぞれ33%、80%、66%、10%になる。最近の研究でも、通常種子中の「偶然」または「技術的に不可避」のGMOの存在が不可避であることが示されたという。

しかし、そうであれば、「共存」は極めて困難であるか、不可能な場合もあり得ると考えざるを得ない。SCPの意見は、当時の表示基準に従い、最終製品の汚染レベルを1%未満に抑えることを念頭に置くものであった。勧告された上限も、現在の「理想的な」種子生産の下でのみ達成できるもので、意見書は、将来、1%という表示基準の見直しも必要になるかもしれないとしていた。GM作物が大規模栽培されるようになれば、「自然現象」による交雑の機会は当然増える。そのうえ、生産段階以降の全過程での汚染の機会も増える。仮に種子汚染の上限が上記のように定められたとすれば、生産以後の全段階での汚染は0.6%(ルタバガ)、0.4%(ビート等)、0.2%(大豆)以内に抑えねばならない。後の二者では、この汚染を種子汚染よりも低く抑えねばならないことになる。どうしてそれが可能なのか。有機農業は汚染ゼロを基準とするかぎり、最初から存在を否定されることになる。

欧州委員会は、ほとんど不可能に見える「共存」を確保するための措置の策定をEU各国に任せたわけだ。というより、このような困難を前に、自らの責任を放棄したと言うべきかもしれない。効率的で、コスト節約的な最良の方法は国ごと、地域ごとに異なるという委員会の言い分自体はその通りだろう。だが、それは具体的共存措置を各国に委ねる理由にはならない。各国はこんな責任は引き受けたくない。フランスのルペルティエ環境相は今年5月、「この問題にはEUレベルで取り組む。それが成功しなかったら、年末までに専らフランスのための手続を提案する」と述べた。環境相は屋外実験についても非常な慎重派である。今年の実験計画発表を前にしたゲマール農相は、GMOは農薬使用削減など有用なものだ、共存措置策定の権限は農業省にあり、環境相の発言は「意見」にすぎない、進歩と革新の追求を阻害することがないように、十分用心した上で屋外実験を追求すると応酬した[xiii]。農相も、共存については欧州委員会の規則を望むが、委員会からの提案がなければ国家措置を取ると言う[xiv]。だが、両者が考える共存措置は似てもつかないものだろう。国家共存措置は、簡単にはまとまりそうもない。

他の国も似たようなものだろう。一応は共存措置を策定すると言うが、まともに取り組んでいるようには見えない。ドイツは、重大な損害を受けた非GM農民に訴訟に訴える権利を認め、GM作物を採用する農民に全国データベースへの登録を義務付け、農業規制に違反した場合には最高5万ユーロ(約700万円)の罰金か、最高5年の懲役刑を科す法律を制定した。これは、「共存」措置というより、GM農業を禁止するに等しい措置だ。緑の党に属するキュナースト農業・消費者保護相は、農民にGM作物栽培を思いとどまらせ、消費者に最大限の食品安全を提供するものだと言う。ドイツ農業者協会会長は、このような厳しい罰則があるからには、農民にGM作物栽培は勧めないと言う[xv]

デンマークも最近共存措置を制定した[xvi]。GM作物を栽培する農民は、栽培を始める前に許可を得なければならない。農民は栽培を許可されたことを証明せねばならず、認可書の提示を要求される。栽培計画は近隣農民に知らせねばならず、要求される隔離距離を守る。安全ルールに違反した場合にのみ、近隣農民への補償責任を負う。GM作物栽培者は、GM作物に作物を汚染された非GM農民に補償するための基金として利用される1ha当たり74デンマーク・クローネ(約1,300円)の料金を払わねばならない。これは欧州委員会の眼がねに適うだろうが、これでGM汚染がどこまで防げるのだろうか。非GM農民は偶然の汚染による損害は補償されないし、有機農民は最初から排除される。

英国政府の諮問機関である農業・環境バイオテクノロジー委員会(AEBC)は昨年11月、英国が取るべき共存措置に関する報告書[xvii]を提出したが、委員会内部の対立が露呈しただけであった。とりわけ、有機農業・食品との共存については対立が深い。GM作物を栽培する農民が厳格なガイドラインに従わねばならいことことでは一致したが、これが有機農業団体の望むGM汚染ゼロ(実際には検出限界の0.1%)までカバーすべきかどうかでは合意できなかった。GM汚染による損害を補償する基金の必要性でも合意があるが、有機食品汚染に誰が責任を負うかでは分裂したままである。

有機農業・食品の問題は、一定レベルの種子汚染を認める以上、有機農業基準を緩める以外に解決の方法はないだろう。昨年9月11日、フランスの全国有機農業連盟(FNAB)は、欧州委員会に対し、種子の汚染上限を現在の検出限界である0.1%にすることを要求、さらGM関連部門の完全な分離を可能にする全事業者の義務的認証、GM関連部門事業者による0.1%以上の汚染が生じた場合には有機農業と加工業者への損害賠償を求めるという決議を送りつけた[xviii]。欧州委員会がこれを受け入れることはあり得ない。かといって、GMOゼロの有機農業基準を緩めれば、有機農産物・食品に対する消費者の信頼が揺らぐ。それは、通常の農産物・食品に格下げして販売するか、需要を減らすしかない。どのみち損害は避けられない。

要するに、欧州委員会が言うような「共存」はありそうもないということだ。これでは、有機農民を始めとする反GM農民の欧州委員会不信は強まるばかりだろう。彼らを含む多くの環境団体、消費者団体は、最初から「共存」など不可能と見てきたが、GM作物・食品の販売・導入をめぐる立場は、もともと欧州委員会と異なっている。欧州委員会は、リスク評価手続を強化し、厳格な表示・トレーサビリティー規則を制定したからには、残る問題は経済問題に還元される「共存問題」だけだと主張する。だが、これら反GM派にとっては、GM食品・作物の導入がもたらす問題は、なお環境の問題であり、食品安全の問題でもある。 

例えば、種子の一定レベルのGM汚染を許容するという欧州委員会の立場が明らかになった昨年9月、地球の友・ヨーロッパは、例えばナタネのような作物について提案された種子汚染のレベルは、農業者がそれと知らずにヘクタ−ル当たり1万の GM種子を撒くことを許すもので、「スーパー雑草」発生などの環境リスクばかりか、消費者にGM食品を強要する汚染にもつながると反対を表明している。彼らにとっては、「共存措置」もGMO導入の阻止につながるものでなければ意味がない。そんな可能性もほとんど期待できない状況のなか、地域レベルでのGMO導入の禁止に向けた運動が広がり、強まっている。

反GM農民・市民・消費者グループは、地方団体に対し、その領土へのGM食品・GM作物の導入を禁止するように要請する運動を展開してきた。いわゆる「GMフリー」地域化への要請である。他方、EUには、生産効率だけを追求する大規模農業生産を可能にする条件に欠け、安売り競争では生残れない多くの地域がある。例えば、山岳地域を多く抱えるオーストリアの多くの農民は有機農業に生き残りを賭けている。有機農業だけではない。品質・安全性への信頼を武器に農業の生き残りを図り、それが地域経済の活性化に重要な役割を演じている多くの地域がある。GMOへの消費者・市民の反発の強さを考えると、GMO導入はこれら地域の命取りとなりかねない。反GMグループの呼びかけに、EU全土の多くの地域が呼応している。GMO新規承認モラトリアム解除は、この動きに一層の拍車をかける。今や、GM食品・作物導入をめぐる戦線の重心が、地域・地方とEU(欧州委員会)・国の間に移ってきた。 


[i] EEA(02.3),Genetically modified organisms (GMOs): The significance of gene flow through pollen transfer.報告内容の簡単な紹介は、農業情報研究所(02.3.28) EU:欧州環境庁(EEA)、GM作物花粉による遺伝子移転に関する報告を発表

[ii] European Commission(03.3.5),GMOs: Commission addresses GM crop co-existence.

[iii]European Commission(03.7.23),GMOs: Commission publishes recommendations to ensure co-existence of GM and non-GM crops

[iv]農業情報研究所(02.5.24) 欧州議会委員会、法的ルールでGMO・非GMOの共存確保を

[v]農業情報研究所(02.6.13) 法的共存ルールなしのGM作物解禁に警告:EU消費者団体

[vi]農業情報研究所(02.3.28) 前掲。

[vii]European Commission(03.9.2),Commission rejects request to establish a temporary ban on the use of GMOs in Upper Austria;農業情報研究所(03.9.3) 欧州委員会、北オーストリアのGMO禁止要請を拒否

[viii] EEA(02.3)、前掲。

[ix] Agrisalon(04.4.20), Les producteurs de maïs "prêts" pour les OGM, selon une étude.

[x] JRC02.5,Scenarios for co-existence of Genetically modified,conventional and organic crops in European Agriculture.参照:農業情報研究所(02.5.18)  EU:GM作物と非GM作物の共存は困難

[xi] European Commission(03.9.29),Questions and Answers about GMOs in seeds;農業情報研究所(03.9.30) EU:欧州委、種子GM汚染上限設定へ、共存は可能なのか

[xii] SCP(01.3.17), Opinion concerning the adventitious presence of GM seeds in conventional seeds.

[xiii] Agrisalon(04.5.6) M. Lepeltier pour la coexistence des cultures OGM et non-OGM.

[xiv] Agrisalon(04.5.23),OGM: la France "bien décidée à rester très vigilante", selon M. Gaymard.

[xv] DW-World(04.5.15),German parliament Approves Gene-Food Law.

[xvi]農業情報研究所(04.4.2) デンマーク、GM共存ルールを制定、GM作物栽培者には補償基金料金

[xvii] AEBC(03.11), GM Crops? Coexistence & Liability;農業情報研究所(03.11.17) GM作物共存・責任に関する英国政府バイテク委員会報告

[xviii] Agrisalon(04.9.12),Au parlement européen, la FNAB refuse toute contamination par les OGM.

4.GMフリー地域

(1)GMフリー地域とその根拠

欧州委員会のお墨付にもかかわらず、環境と食品安全を脅かすというヨーロッパ市民のGMOに対する不信は消えていない。前節で述べたように、「共存措置」も、GM作物栽培導入が環境・食品安全・非GM農業にもたらすリスクを解消するものではない。少なくとも現段階では、これらのリスクを回避するためにはGMOのヨーロッパへの大々的導入を阻止するしかない。多くの環境保護団体・消費者団体や一部農民団体が「モラトリアム」の解除に反対してきたのも、そのためである。モラトリアムが解除されれば、GMOの大々的導入を阻止する確実な手段はない。従って、モラトリアム解除への動きが強まるとともに、これら団体は、それに代わる手段の構築を急いできた。その手段が、「GMフリー地域」である。

 前に述べたように、EUレベルで一度GMOが承認されれば、その環境放出・販売を禁止する権限は誰にもない。国や地方公共団体などの公権力が禁止すれば、域内での商品の自由流通というEUの大原則を犯すことになる。GMOからの絶対的保護を与える法的根拠はない。国が発動することができる「セーフガード」は一時的なものだし、限界があることは(中)で述べた。

 GMOフリー地域とは、すべてのGMOを領土内から排除する地域を意味する。これを絶対的に保証する法的手段がない。反GM団体は、様々なレベルの地方権力によるGMフリーの「希望」の宣言を求めた。国により大きな違いはあるとはいえ、地方公共団体は、環境や住民の生活に直結する非常に広範な権限を与えられている。それを利用して、その領土へのGMOの導入を事実上阻止しようというのである。

キャンペーンの中心的担い手の一つである「地球の友」のGMフリーゾーン・キャンペーンの「ガイド」[i]は、国による違いはあると断りつつ、次のような自治体権限を例示している。

 ・教育:学校給食の諸規定(給食にGM食品を出さない)。

 ・社会サービス:給食の諸規定。

 ・食品政策:健全な食事や地域で栽培された食品・有機食品を促進する政策。

 ・農業政策:借地農による当局農地の利用。

 ・自然保護:一部自治体は自然保護にかかわるし、GM作物により脅かされる生物多様性行動計画も策定できる。

 ・公園等:公園や庭園の植物の選択。

 ・地方経済:ファーマーズ・マーケット、有機農民、地方生産物だけを扱う小売業者は、製品がGM作物で汚染されると損害を受ける。

 ・観光:特に競争地域がない場合、田園がGM作物で一杯になれば被害を受ける。

 ・廃棄物処理:実験サイトからのGM物質が地方当局承認の埋立サイトに運ばれる恐れがある。

 ・すべての地方自治体は、地方経済の改善、生物多様性の保全と強化、田園地域の保護など、持続可能戦略の策定を義務付けられている。

農業、地方経済、観光、自然保護にかかわる懸念が強い農村地域ではGMフリーへの希望が強いだろうが、都市地域ではGMフリーへの動機付けは弱いだろう。しかし、それでも、サービス提供、消費者選択や不明確な賠償責任の倫理問題に焦点を当てて論議を前進させることが重要、また行政区域外に農村用地を所有する都市もあると言う。

GMO一括禁止の根拠にはならないが、部分的にはより強力な法的根拠も利用できる。それは、GMOの販売・利用許可手続を定めるEU指令(2001/18/EC)そのものである。その第19条(3)の(C)は、GM作物の許可は、特殊な生態系/環境、及び/または「地理的領域」(地域)の保護の条件を特定しなければならないと述べる。この条件のなかには、特定のGM作物は、特定の地域では栽培できないという条件も含まれる。もちろん、これを具体化するためには、国の当局を通して欧州委員会に許可を求める必要がある。北オーストリアの要請が拒否されたように、ハードルは高いが、最も有力な武器であり、これまでにGMフリー宣言をした地方の大部分がこれを根拠にしている。

(3)GMフリー地域の広がり

自らの領土の環境と住民の福祉がGMO、とりわけGM作物の導入によって脅かされるかも知れないと恐れる多くの地域が、反GM団体のこのような根拠を掲げての呼びかけに応えた。

英国

英国のキャンペーンは02年10月に始まったが、地球の友によると、イングランドのGMフリー地域は、既に44地域に達している[ii]。2月25日にハンプシャー州議会がGMフリー決議を採択、GMフリー政策をもつ地域に住む英国人口は1,400万人に達したという。

さらに、03年11月には、イングランド・ウェールズ・北アイルランドの最大の私的農地所有者で、24万haの土地(うち80%が農用地)を所有する英国ナショナル・トラストがGMフリーに進み、その土地でのGM作物栽培禁止を決定した。また、英国最大の農業者(3万4,000ha)であり、年に50億ポンド(1ポンド≒205円)の食品を販売するコープ(Co-op)も今年、GM作物・食品を一切禁止した。自己所有地でのGM作物栽培はもちろん、自己ブランドのGM食品の販売やその銀行がもつ顧客の資金のGM技術への投資も止めるという。

 ウェールズ議会はGMフリー政策を採択、スコットランドでもGMフリー地域樹立への動きが急ピッチで進んでいる。

フランス

フランスでは、02年4月、環境保護団体・農民団体・有機農業団体・国際援助団体等12の組織が共同して、全市町村にGM作物の屋外実験と栽培を禁止するように要請するキャンペーンを始めた。市町村長・議員宛の呼びかけ文書[iii]は、@ヨーロッパは、GMO生産・輸出国の圧力の下で、GM作物のモラトリアム解除に向けてのますます強力になる圧力下にある、A世論の75%はGMOの栽培とGMO製品を拒否している、B小地片での実験の背後に、すべての非GMO栽培を不可能にし、高品質農業(有機農業、ラベル等)の存在を危機に陥れるGMOの大規模栽培への拡張が見えていると、この運動への参加を呼びかける。

この運動は、実験や栽培に無関係な都市的市町村にも関係している。これら市町村も「団体食堂には責任があり、議員・市町村長は給食の質に関して用心深くなければならない」とも言う。必要ならば法的支援も行なうと言い、屋外実験と栽培を3年間禁止するとともに、市町村の学校給食とすべての市町村食堂に、同期間、GMOを含む食料の購入と使用も禁止する条例・決議・宣言の雛形も添えられている[iv]。この呼びかけに応えた市町村は、フランスの全市町村のほぼ1割に相当する1,000市町村に達している。ただし、単なるGMO反対の宣言や決議はともかく、禁止の決定は、国の代表である県知事(フランスでは公選ではない)の圧力や提訴を受けた行政裁判所の判決により、ことごとく取り消さなければならなかった。

しかし、今年2月、ボルドーの行政控訴院(第二審の行政裁判所)が、初めて南仏・ミディ・ピレネー州ジェール県の小村・ムシャンのGMトウモロコシ栽培禁止の有効性を認めた。ムシャンは経営数23、利用農地面積884ha、牛の総頭数64という小さな村だ。県全体の経営数1万1,000のうち162が有機農業、1,390が何らかの品質認証経営を営む(2000年農業センサス)。GM作物栽培が始まれば、これら非GM農業の汚染は避けられないだろう。ルパージュ元環境相は、これを機会に、有機農民を汚染の犠牲者に変えるのは恥ずべきことと確認する[v]。6月13日の欧州議会選挙の候補でもある彼は、市町村の決定をフランスのすべての行政裁判所が差し止めたら、「国家と政府に重大な問題を突きつけることになる」と言う[vi]。GM作物の栽培問題は、国と地方の関係という国家組織の基本問題を改めて提起している。

市町村だけではない。EUのモラトリアム解除が不可避の動きとなると、州の動きも活発になった。社会党知事をもつ5州(リムーザン、サントル、プロバンス・コート・ダジュール、ミディ・ピレネー、アキテーヌ)は、02年と03年、既に反GM宣言を採択していた。モラトリアム解除が確実となった今年の地方選挙に際し、大部分の社会党候補は、勝利の暁には、反GMの立場を取ると公約した。フランスの州の権限は小さく(実は「州」の名に値するかどうかも疑問だ)、州自体がGMフリーを宣言しても実効はない。だが、GM反対の立場の採択により、政府の圧力に苦闘する市町村長を支える力になると言う。ボルドー行政控訴院の判決が反GM州知事の動きを勢いづけた。地方選挙は左翼の地滑り的大勝利となった。ブルゴーニュの元農相・フランソワ・パトリオットはいち早く公約を果たした。州議会は4月23日、市町村でのGM作物栽培に反対するように市町村長に要請する決議を採択した。ポワトー・シャラントの新知事も4月26日、GM作物の民間・公機関によるすべての屋外実験と地域領土でのすべての栽培に反対する決議案を議会に送った。ローヌ・アルプ、ペイ・ド・ロワール、ピカルディーもこの動きに続いた。工場畜産地帯・ブルターニュの議会議長は、7月1日から、「家畜用GM飼料のいかなる輸入もわが州の港を通らないように」監視を強化すると言う。これら社会党知事の決定は緑の党の強い働きかけや支持を受けてのものだ。緑の党は、間近に迫った欧州議会選挙に向けて国民の意識を刺激するのが目的と言う[vii]

ヨーロッパ全土への広がり

このような動きは英国やフランスだけのものではない。「地球の友」の最新の発表[viii]によれば、GM作物の栽培禁止を望む地域は欧州全域で増えつづけており、ロシアまで含めた少なくとも22のヨーロッパ諸国でGMフリー地域樹立に向けた運動が始まっている。それは、最も目立つ動きの一部を次のように要約する(フランス、英国については省略。より詳しくは、www.gmofree-europe.org)。

オーストリア:9州のうち8州がGMフリーを望むと示唆している。100以上の市町村がGMフリー決議を採択した。北オーストリアはGMフリー地域を創設する法律を制定した。他の5州の議会がGMフリーを宣言するように各州政府に要求している。

ベルギー:120市町村がGMOフリーを宣言。

ギリシャ:54県のうち40県がGMフリーを宣言、さらに9県が追随しようとしている。

イタリア:500以上の市町村が農業におけるGMOの利用に反対の立場を取ってきた。既にGMフリー宣言をしたこれら市町村と、最近GMO禁止を示唆した市町村を合わせると、イタリア国土の80%近くがGMフリーを宣言することになる。

スロベニア:オーストリア・イタリアの州を一部に含むバイオ地域アルプ・アドリアの有機農業団体が03年6月、共同GMフリー声明に調印。

昨年11月には、ヨーロッパの様々な州の行政官(つまり、単なる運動団体ではない)が「ヨーロッパGMフリーネットワーク」を立ち上げた。これは北オーストリアとイタリア・トスカーナが既に始めていたものだが、これに7ヵ国・10州[注1]が結集した[ix]。その宣言[x]は、EU諸機関に対し、次のことを要求した。

 @いかなる競争歪曲も回避し、補完性原理[注2]を十全に考慮したヨーロッパ・レベルでの調和的アプローチを確立する手段を明確に規定すること。

 A慣行及び有機農業からの製品がGM作物に汚染された場合、「汚染者負担」原則に基づく責任を明確に規定すること。

 B伝統製品と有機農業のための種子にGMOが存在することを回避するあらゆる措置を講じること。

 Cヨーロッパ諸地域が、その決定が商品自由流通の原則への違反と見なされることなく、―経済的・環境的特有性を考慮し、各国内の責任分担を尊重して―自身の領土またはその一部をGMOフリー区域または地域と定めることができると認めること

 これら地域は、欧州委員会の勧告で定められるようなGMOと非GMOの共存を受け入れることは、「生産システム、規制、地域振興のレベルで官民当事者が作り上げてきたものを無に帰することを意味する恐れがある」と言う。GMOを禁止する法律[注3]を既に制定したトスカーナの農業大臣は、GM作物と非GM作物の隔離を許さない彼の地域の小規模経営を考えと、共存概念を信じるわけにはいかないと語る[xi]

 [注1]北(Upper)オーストリア、トスカーナ(イタリア)、アキテーヌ(フランス)、バスク(スペイン)、リムーザン(フランス)、マルケ(イタリア)、ザルツブルク(ドイツ)、シュレスヴィッヒ・ホルシュタイン(ドイツ)、トラキア・ロドピ(ギリシャ)、ウェールズ(英国)。今年4月には、スコッティッシュ・ハイランド(英国)、ブルゲンラント(オーストリア)も加わった。

 [注2]一般的あるいは公式には、EUの「分権化」、「民主化」を確認する原理とされている。EUを設立するマーストリヒト条約で、EUの基本原則の一つとして明文化された。その第3b条は、次のように述べる。「共同体[EUの一翼を構成する欧州共同体(EC)のこと]は、その専属的権限に属さない分野においては、補完性原理に従い、提起された行動の目標が加盟国のレベルでは十分に達成することができず、提起された行動の規模または効果に鑑み、共同体のレベルにおいて一層よく達成することが可能な場合にのみ、かつその範囲内でのみ行動する」(国立国会図書館内EC研究会編「新生ヨーロッパの構築―ECから欧州連合へ」日本経済評論社、1992 、13 頁)。これについては、筆者はかつて、「ECの管轄領域の拡大・権限の実質的強化と裏腹の関係にある」、「地域政策への「地域」、「地方」の参加の道が開かれたが、それは逆に地域・地方に対する中央統制の強化を容易にした」と書いておいた(同上、13-14 頁)。GMOをめぐって現在起きていることは、まさにこのことを実証するものだ。

 [注3] Friends of Earth,GMO-Free Europe:A guide to Campaigning for GM-free zone in EuropeAppendixFに英訳が収載されている。なお、同資料のAppendixGには、オーストリア・Carinthian州の”Biotechnology Precautionary Billの英訳も収載されている。

終わりに―EU・国家と地域・住民の溝は埋まらない

 欧州統合は、国家の力を相対化することで、地域・地方の地位を相対的に高めるとも言われてきた。だが現実は必ずしもそうとは言えなかった。地域・地方のもつ権限と能力が国により違いすぎる。各国の地域・地方は共同・協調を欠いた。このような事態の根本的原因がそこにあった。国家の力の相対化は、専ら欧州委員会の地位を高めてきた。GMO新規承認モラトリアムの解除の過程は、それを如実に示す例である。だが、それは地域の結束を強める最高の契機ともなった。GMOはEU制度の根幹にかかわる問題を浮き彫りにした。

 だが、これはEUそのものの地位を貶めるものではない。気候変動(温暖化)、化学物質汚染、水質保護・・・、これらの問題で、欧州委員会は常に行動を渋る加盟国・企業を先導してきた。環境保全、食品安全等、住民に直接かかわる問題での欧州市民のEU支持は絶大だ。モラトリアム解除は、決定権を国に取り戻せという国家主義的主張を高揚させている。しかし、これは欧州市民のためにはならないだろう。問題は、市民の生活に直接かかわる地域・地方がどこまで自律性を取り戻せるかにある。GMフリー地域運動の高まりは、遂に欧州委員会の態度をいくぶんか和らげさせるところまできた。今年1月、欧州委員会は、地方住民の強い懸念と地方伝統農業の保護などの経済的関心が駆り立てるGMフリー地域樹立の試みを拒絶するのは難しいと認めた[xii]

 しかし、GMOの問題に限って言えば、欧州委員会と欧州市民の距離はますます遠くなるだろう(欧州委員会は、まもなく新たな二つのGMOの承認過程を開始する)。国家と市民の距離も同様だ。何故なのか。EUや各国の指導者は、GMOの安全性(環境と人間の健康にとっての)が「科学的」に確認されれば、その導入には経済的問題以外、何の問題もないと考える。各州が次々とGMフリーを決議するなか、フランス農業省は粛々と新たな屋外実験計画を発表した[xiii]。ペイ・ド・ロワール州が、州領土の屋外でのあらゆる官民の実験と栽培に反対を表明すると、フィロン教育・研究相は、研究と革新に敵対すると激怒、植物バイオテクノロジーには世界レベルでの将来性があり、多くの切り札を持つフランスが科学的・技術的独立性を護ることができるように、これを保持せねばならないという声明を出した[xiv]

 だが、多くの人々にとって、GMOは科学的評価を超えた何ものかである。GM技術は、BSEと同様、科学技術が制御できない結果をもたらす恐れがある。このような結果を、現在の科学技術は予想できない。それは、実験で確かめるべきものではなく、単純に禁止すべきものである。長い時間をかけて生まれてきた生命体には、簡単には手放せないアイデンティティーがある。遺伝子レベルでは大きな差はなくても、トマトはトマト、ポテトはポテト、ヒトはヒト、チンパンジーはチンパンジーだ。自然は、ポマトは作らない。作り出すとしても、気の遠くなるような時間をかけてだ。時間は生命の本質的要素だ。

 生命体を直接操作するというGM技術の特性自体が、「民主主義」にかかわる解決不能な問題をもたらす根源なのだ。モラトリアム解除がもたらしたEU・国家と地域・地方・住民の間の溝は、当分埋まることはないだろう。ヨーロッパにおけるGMOの将来は、この力比べの結果にかかっている。


[i] Friends of Earth,GMO-Free Europe:A guide to Campaigning for GM-free zone in Europe.

[ii] Friends of Earth,GMO-free Europe:United Kingdom.

[iii]CAMPAGNE NATIONALENI ESSAI, NI CULTURE OGM POUR MA COMMUNE JE M'ENGAGE,02.4.24.

[iv]農業情報研究所(02.7.8 ):フランス:12団体、全市町村にGMO屋外実験・栽培禁止を要請。関連:同(02.7.31):フランス:町議会、GMO商用・実験用栽培反対宣言

[v] La cour dappel confirme un larrêté municipal anti-GM contre un préfet,Agrisalon,04.2.20.

[vi] Les conseils réginaux de gauche engagent le combat contre les OGM,Le Monde,04.5.6.

[vii] Les conseils réginaux de gauche engagent le combat contre les OGM,Le Monde,04.5.6;Ségolène Royal,présidente(PS) du conseil regional de Poitou-Charentes La region se declare opposeé à tout essai public ou privé”, ,Le Monde,04.5.6

[viii] Friends of Earth,CAMPAIGN LAUNCHED FOR NEW EU RULES ON GM-FREE AREAS.

[ix] Friends of Earth,European network of GMO-free Regions.

[x]http://www.foeeurope.org/GMOs/gmofree/PDFs/GM-free%20regions%20network%20declaration.pdf

[xi] EU Regions call for GM free zones,Information from the Biotechnology Programme of Friends of the Earth Europe,December 2003.

[xii] Friends of Earth,CAMPAIGN LAUNCHED FOR NEW EU RULES ON GM-FREE AREAS.

[xiii] MAAPAR, Décisions d'autorisation de programmes de recherche 2004 sur les OGM(04.6.1).

[xiv]V?u du Conseil régional des Pays de Loire de sopposer à toute culture dOGM une attitude jugée "sévèremment" par François Fillon,Agrisalon,04.5.22.