WTO 米欧GMO紛争で最終報告 勝者も敗者もない無意味な貿易紛争

農業情報研究所(WAPIC)

06.9.30

 WTOが9月29日、EUのバイテク製品承認・販売に影響を与える措置に対する米国・カナダ・アルゼンチンによる訴状を審査した紛争処理パネルの最終報告を発表した。

 WTO:Reports out on biotech disputes,06.9.29
 http://www.wto.org/english/news_e/news06_e/291r_e.htm

 その結論は、既に報告した仮裁定の結論(*)と変わっていない。それは、遺伝子組み換え(GM)作物・食品の利用を統制する厳格なEU法の適法性やGM食品が安全かどうか・通常食品と異なるかどうかを問題にするのを拒絶している。GMO新規承認のモラトリアムについても技術的問題を取り上げただけで、それ自体 は一定の状況では許されることを示唆している。

 *WTO仮裁定 EUのGMO承認手続は合法 安全・有用性を示唆という米国発表は真っ赤な嘘,06.2.14、地球の友 GMO紛争WTO仮裁定文を公表 中国や途上国の迅速な承認を強要!?,06.3.3、「遺伝子組み換え作物の将来 その4 WTO米欧紛争裁定の真実とその影響」 農林経済(時事通信社) 06年6月12日 2-5頁

 この決定を受け、ジョハンズ米農務長官は、「今日の決定は世界の農民が長年の間バイオテクノロジーについて知ってきたことを確認するものだ。最初のバイテク作物が1996年に商品化されて以来、我々は毎年その採用が二桁の%で増加するのを見てきた。バイテク作物は世界の食料の必要を満たすのを助けるだけでなく、土壌・水資源に対するプラスの環境影響を与えている」と述べた。しかし、もちろん裁定がこんなことを「確認」するはずがない。それはバイテク作物の誇大宣伝にすぎない。

 USDA:Agriculture Secretary Mike Johanns And U.S. Trade Representative Susan Schwab Announce Favorable Ruling In WTO Case On Agricultural Biotechnology,06.9.29

 繰り返しになるが、報告の結論を要約しておこう。

 パネルは、先ず、次のことは問題にしなかったと明言する。

 ・バイテク製品が一般的に安全であるか否か。

 ・この紛争で問題になったバイテク製品が対応非GM製品と”類似”(like)の製品であるかかどうか。提訴国は類似製品だと主張したが、パネルはこの問題に取り組む必要がないとした。

 ・EUにバイテク製品の販売前承認を要求する権利があるかどうか。この問題は提訴国も取り上げなかった。

 ・様々なあり得るリスクの科学的考慮を要求する製品ごとのアセスメントを定めるEU法(指令・90/220、指令・2001/18、規則・238/97)がWTO協定の下でのEUの義務と合致するかどうか。これも提訴国が取り上げなかった。

 ・特定のバイテク製品の安全性評価に関する関連EU科学委員会の結論。提訴国は、様々なEU諸国によるいくつかの疑問や反対の科学的基盤を問題にしたとはいえ、これらはやはり問題にしなかった。この点に関しては、紛争当事国との協議の上、多くの科学専門家の助言を求めた。

 従って、パネルは、GMOの安全性、EUGMO規制の基本的枠組などは一切問題にしていないことになる。

 パネルが問題にしたのは、第一に、EUの承認手続におけるリスク評価の根拠がWTO衛生植物検疫(SPS)協定に照らして適切かどうかである。

 欧州委員会と専門家が提供した証拠や助言によるかぎり、マーカー遺伝子からの抗生物質抵抗性の人間の消化管内バクテリアへの移転などの多くの懸念は実際には起こりそうもないように見えた。他方、(バイテク植物に合体されたものも含む)農薬を通しての標的害虫における農薬抵抗性発達などの懸念は実際に起こり得るように見えたという。

 しかし、パネルは、EU立法の下で検討されるあり得るリスクは、SPS協定がカバーするタイプのリスクであると結論した。バイテク植物の消費や栽培を承認する前にありそうなリスクを考慮するEUの権利は、どの提訴国も問題にしなかった。

 取り上げられた第二の問題は、GM製品新規承認のモラトリアムである。これについては、提訴国はこのモラトリアムの期間を1998年10月から2003年8月までとしていたが、パネルは、この事実上の一般的モラトリアムは1996年6月から2003年8月29日までとした。その上で、EUが一定の製品の承認申請を審査しなかったという提訴国の主張を検討するために、27の申請の審査記録を調べ、うち24の製品について、SPS協定に照らして適切な期限内に承認手続が完了しなかったとした。こうして、これら24の製品についてEUSPS協定違反を犯した認めた。

 つまり、モラトリアムは、SPS協定上は正当な手続の執行、個々の製品の承認を遅らせ、SPS協定が定める適切な期限内の承認ができな くさせたから違法だったと言うだけで、モラトリアムをSPS協定に合致するように改めよと勧告する。モラトリアム自体の違法性は決して問題にしてい。そして、EUはこのモラトリアム自体を既に解除してしまっている のだから、この勧告さえ実質的には無意味だ。

 第三に取り上げられたのは、EUが承認したGM製品の禁止を続ける6つのEU諸国(オーストリア、ベルギー、フランス、ドイツ、イタリア、ルクセンブルグ)のセーフガード措置である。これについては、SPS協定違反をはっきり認めた。

 これらGM製品については、EU科学委員会がEU規模での承認に先立つ健康・環境リスク評価で問題なしとしており、これら諸国が禁止を正当化すために提出した証拠もこれらの結論を問題にするものではないとしている。パネルは、このようなEU科学委員会のリスク評価は十分な科学的証拠に基づくものした。

 パネルは、これらの国が問題の製品の禁止を支持するに十分なリスク評価を提供したかどうか、EU科学委員会のリスク評価が合理的禁止理由を提供するかどうかも検討したが、どちらも禁止を正当化するとは考えられなかったと言う。こうして、これらセーフガード措置はSPS協定に違反していると結論した。

 ただし、この決定を受けて、これら諸国がどう動くはない不透明だ。これら加盟国は、欧州委員会の再三再四のこのような要求を頑強に拒んできた。この態度がWTOの決定で俄かに変わるとは必ずしも考えられない。

 米国政府はこの裁定でGM作物が一気に世界中に広がると期待しているが、この期待は必ずしも実現しないだろうという筆者の以前からの見方も変わらない。

 モラトリアムは既に解除されているのだから、これに関する裁定結果は、もはや何の実質的意味ももたない。仮にEU6ヵ国がセーフガードを解除したとしても、消費者がまったくGM作物・食品を受け付けないヨーロッパの現状では、農家も市場もその急速な受け入れに向かうとは考えられない。最近の米国未承認GM米混入問題は、ヨーロッパの反GM運動をますます勢いづけるだろう。

 また、この裁定は、GMOの安全性にお墨付きを出したわけではなく、EUの厳しいGMO規制を非合法としたわけでもないから、健康や環境、そして農業そのものへの悪影響を恐れる途上国と中心としたEU以外の国々が、GM作物・食品の導入を急いだり、強要される理由もまったくない。それを急がせ、強要するのはWTO裁定ではなく、米国の一方的措置(自由貿易協定交渉や途上国特恵の廃止などを通じての)だけである。WTO裁定の最大の問題は、生物多様性条約に基づく生物安全性議定書(カルタヘナ議定書)に調印していないか、それを批准していない米国、カナダ、アルゼンチンのような国がこれを無視してこのような行動に走ることは野放しにしたことだ。

 地球の友・ヨーロッパは、このWTO紛争では明確な勝者も敗者もいない、何も変えない貿易紛争は無意味オだったと言う。

 Transatlantic biotech trade war: "No winners" says FoEE as WTO makes ruling public,06.9.29