南部アフリカ:飢餓と遺伝子組み換え食糧援助の狭間で

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農業情報研究所(WAPIC)

2002.8.29

 食糧危機が迫るなか、南部アフリカの一部の国が遺伝子組み換え(GM)品が含まれる食糧援助の受け入れを拒んでいる。この選択は、一見、無謀に見えるが、決して理性を欠いているわけではない。安全性や環境影響をめぐる評価が今なお不確定なGM製品の受け入れを逡巡するのは極めて正当な行動であり、このような製品を危機に乗じて押し付けようとする国際社会への強烈な批判でもある。

 現在、政争・干ばつ・大量の雨と洪水などにより、サブ・サハラ・アフリカの21ヵ国が食糧「緊急事態」にあり、南部アフリカで緊急食糧援助を必要としている人口は1,300万人に近いと言われる。地域の基礎食糧であるトウモロコシの生産は急減、特にジンバブエでは昨年の4分の1以下、レソトでは3分の1、マラウィ・ザンビア・スワジランドでは半分ほどに落ち込んでいる(FAO,Southern Africa: Millions on the brink of starvation,8.26)。

 そのなかで、レソト、マラウィ、スワジランドはGMトウモロコシの受け入れを決めたが、ジンバブエ、モザンビーク、ザンビアが抵抗している。食品としての安全性への疑念もあるが、それ以上に恐れているのは、受け入れた食糧としてのGMトウモロコシが農民により種として播かれることである。そうなれば、将来、GM製品に頑強に抵抗しているEU等の市場を失うことになるかも知れない。伝統的品種のGM遺伝子による汚染の恐れもあり、死活的に重要な遺伝子資源の喪失につながるかもしれない。いわゆる「スーパー雑草」の誕生により、将来の農業生産に重大な損害を与える恐れもある。これらの懸念に加え、米国は、国際市場が受け入れを拒む製品の市場開拓の手段として食糧危機を利用しようとしているのではないかという疑念も強い。

 Financial Times紙は、GMトウモロコシをめぐるこのような恐れを鎮めるために、援助用のGMトウモロコシを大量に抱え込んでいる国連保健機関(WHO)がジンバブエで緊急会議を開くと報じた(WHO urges countries to accept modified food,FT com,8.21)。WHOのコミュニケーション・アドバイザーは、この会議は、とりわけ食糧の欠如と保健システムの崩壊により長期的に健康危機に曝されている1,300万人の全体的保健状況を検討するもので、計画されている議題にGM問題は含まれていないし、WHOは受け入れを拒否されたトウモロコシのストックを抱え込んでもいないと反論している(Letters to Editorials:WHO has not stockpiled rejected grain,Financial Times,8.26,p.8)。実際、この会議に関するWHOのプレス・リリースも、GM問題には一言も触れていない(WHO and health ministers to discuss humanitarian crisis in southern Africa,8.19)。

 しかしながら、この会議の中心議題がGM食糧援助問題となったことは事実である。米国国務省は、21日、この会議に向けた「バイオテクノロジーと南部アフリカへの米国食糧援助」と題する声明を発表した(Biotechnology and U.S. Food Assistance to Southern Africa ,8.21)。この声明は次のように述べている。

 南部アフリカで1,300万の人々が飢餓の危険に直面しているのに、農業バイオテクノロジーの安全性に関する間違った情報のために米国民が送った10万トンの食糧援助の配布が遅れている。この食糧は米国民が毎日食べているものと同じであり、安全かつ健全である。米国は諸政府が食糧と農業に関するそれぞれの国家政策を決定する権利を尊重するが、今は援助を拒否すべき時ではない。米国は、今年末までに必要な人道的援助の50%に相当する50万トンの食糧を供与する。しかし、他の供与国からの援助は、必要と予想される量をなお満たしていない。我々は、EUに対し、バイオテクノロジー作物から作られた食品が安全であると地域諸政府に保証するように要請する。

 要するに、GM食品の安全性を強調するとともに、援助受け入れの一つの障害となっているGM食品をめぐるEUの態度の変更を迫っているのである。EUは、この米国の要請を一旦は拒絶した(Brussels refuses to back US over GM food for Africa,Financial Times,8.23,p.4)。しかし、23日には、生物多様性条約のカタルヘナ議定書は、遺伝子組み換え体(GMOs)の輸入を受け入れるに先立ち科学的リスク評価を実施する権利を各国に与えているが、EU自身はGM食品が本来的に安全でないと信じる理由をもっておらず、EUの科学者は、例えば加工食品に使われる七つのGMトウモロコシの安全性を確認していると発表した。ただし、米国の援助トウモロコシがどのようなGM製品なのかは与り知らぬという(EU makes its safety assessments of GM products available for WHO meeting in Harare,8.23)。米国を完全に支持するわけではないが、一定の歩みよりであることは間違いない(Brussels eases stance over GM food for Africa,Financial Times,8.24,p.3)。それは、農業バイオテクノロジーの推進を目指しながら、市民の抵抗により厳格な規制を余儀なくされているEU執行部(欧州委員会)の基本的態度に合致する。

 この米欧の妥協を受け、28日、WHOは、南部アフリカ諸国の保健相等やユニセフ等関連国内・国際組織の代表者による会議が行なわれたジンバのブエ首都で、「GM食品が人間の健康リスクを呈することはありそうもない」から、南部アフリカ諸国はGM食品援助の受け入れを考慮すべきだという見解を発表したNo evidence of danger in eating GM food, WHO Director-General tells famine struck countries,8.28)。発表によると、WHOも食糧農業機関(FAO)も、GM食品の公式評価は行なっていないが、「主要原産国が確立された国家食品安全性リスク評価を実施してきたことを確信する」。GMOを含む食糧援助の受け入れと配布に関する最終的責任と決定は関係国にあるが、南部アフリカ諸国政府は制限のある食糧援助の厳しい結果を慎重に考慮しなければならない、と言う。

 このように、いまや国際社会全体がGM食糧援助受け入れを迫っている。しかし、GMOをめぐる国際的論議に注意深く耳を傾けてきた南部アフリカ諸国のリーダーたちが、こうした見解をすんなり受け入れるはずもない。「実質同等」の原則に基づく現在の安全性評価が、遺伝子組み換え技術により生み出されるかもしれない未知の新たなアレルゲンや慢性毒性の調査に関して不十分であることは、欧州の公的食品安全機関も認めている(農業情報研究所:フランス食品安全機関、遺伝子組み換え食品のリスク評価に関する意見を発表,02.1.31;イギリス:ロイヤル・ソサイエティ、GM食品に慎重意見,02.2.5)。スターリンクのような食用として未承認のGMOの混入に関する情報は世界中に知れ渡っているし、食糧援助へのスターリンク混入の事実も発覚している(農業情報研究所:援助食糧にスターリンク(NGO緊急リリース要約),02.6.28)。さらに、米国は、未承認GMOの低レベル混入を公認する方向にさえ動いている(農業情報研究所:米国:政府、GM作物圃場試験前の安全性評価を提案,02.8.3)。米国産食糧の安全性への疑問は高まるばかりである。

 さらに、南部アフリカ諸国が最も恐れる援助食糧が種として播かれた場合の周辺作物や野生植物の汚染に関しては、国際社会は何も答えていない。一旦は否認された援助食糧によるメキシコ在来コーンの遺伝子汚染は、改めて確認されようとしている(メキシコ:死活的に重要な遺伝子プールがGMコーンに汚染;Mexican scientists reportedly confirm his findings of engineered corn in maize,San Francisco Chroncle,8.26)。除草剤が効かない「スーパー雑草」誕生の報告もある(農業情報研究所:イギリス:カナダに「スーパー雑草」の広がりー英国の発表,02.2.5)。ジンバブエやモザンビークが援助トウモロコシを粉にして受け入れる方向に動いたのは、この状況下でやむに止まれぬ選択であった(モザンビーク:首相、援助トウモロコシ、配分前に粉にジンバブエ:遺伝子操作コーン紛争終結)。ただし、これも実現するかどうかは不確かである。ザンビアは、なお援助を拒んでいる(ザンビア:GM食糧援助を拒否)。Financial Times紙への投稿(Food aid that may have been souce of serious crop pest,Financial Times,8.28,p.12)によれば、1970年代末のタンザニアへの米国食糧援助からトウモロコシ芯食い虫が侵入、東アフリカ全域に拡散して巨大な経済的損害を引き起こした経験に鑑み、ザンビアが援助食糧受け入れに慎重になる理由がある。地域のトウモロコシの遺伝子汚染は、もっと深刻な危険を生み出すだろうと言う。

 これらがすべて「誤った情報」だと言うならば、米国政府はその根拠を示さねばならないはずである。「原産国」の安全性評価を信頼すると言うWHO、FAOもその根拠を示さねばならない。それが行なわれたとは聞かない。米国国民の「人体実験」が安全性を証明していると言うが、この実験結果の評価の基準もないはずである。あり得るリスクの十全な確認が予めなされていないのだから、十全な評価の基準などあり得ない。

 しかし、こう言ったところで、このままでは迫り来る飢餓の悲劇を避けることはできないであろう。今は、このような悲劇を繰り返さないために、米国主導の食糧援助ー時に輸出市場開拓の手段と批判されるー体制そのものを問うとともに、途上国の農業生産増強のための援助に期待するほかないようだ。FAOは、2015年までに飢餓を半減させるために、年に240億ドルの追加投資が必要だと言う(Anti-Hunger Programme (Second Draft))。しかし、進行中の持続可能な発展に関する世界サミットにおいて米国や日本など主要先進国が政府開発援助(ODA)増額の確約を渋っていることに象徴されるように、これは実現が望めない期待にすぎないようである。

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