農業情報研究所

ニュージーランド、チーズ生産性を高めるクローン牛を開発

農業情報研究所（ＷＡＰＩＣ）

03.2.6

　ニュージーランド・ハミルトンにある政府所有研究所・Ruakura Reseach Centerがチーズ製造工程を速め、容易にする牛乳を出す遺伝子操作牛を造り出したとNature Biotechnology誌に発表した（Brigid Brophy et al.,Cloned transgenic cattle produce milk with higher levels of β-casein and κ-casein,February 2003 Volume 21 Number 2 pp 157 - 162）。今後、量産化技術の開発に取り組み、10年以内には、この牛乳による製品の販売が可能になる見込みという。これまでも遺伝子操作によって家畜に本来存在しない生産機能をもたせようとする試みがなされており、血友病や嚢胞性繊維症を治療するための蛋白質を生産する遺伝子操作羊・山羊・牛やクモの糸の蛋白質を乳中に分泌する山羊などが開発されている。しかし、商用販売向けの食品を製造するためにこの技術が適用され、成功した例はない。

　チーズは牛乳をレンネットを使用して凝乳とホエーに分離するときに生産される凝乳から作られる。この研究所は、この過程を速め、容易にする二つの蛋白質を増やすことに成功した。第一の蛋白質・κカゼインは凝乳を生産する過程において決定的役割を演じ、第二のβカゼインはレンネットの作用を強め、凝乳を固化する。造られた牛は、普通の牛の２倍のκカゼイン、５倍のβカゼインを生産するという。研究所は、大量のカゼインを生産するために、遺伝子を操作された細胞核によってクローン牛を造り出したものである。生まれた子（？）牛１１頭のうち、９頭が多量のカゼインを生産したという。

　酪農産業はニュージーランドの中心産業であり、これが実用化されれば、同国の経済に大きな貢献をするのは間違いない。しかし、遺伝子操作食品の安全性への懸念は消えていないし、動物の遺伝子操作の環境への悪影響への懸念は植物の遺伝子操作以上に強い。さらに、動物福祉にかかわる「倫理上」の問題も加わる。昨年８月に出された米国科学アカデミーのバイオテクノロジー動物、特にクローン家畜の安全性に関する報告書は、食品安全や環境への影響についていくつかの問題を指摘するとともに、１）体内受精またはクローンを通して生産された子牛や子羊は、出生体重が大きく、妊娠期間も長い傾向があり、これは難産につながる。２）現在使われている技術のあるものは極度に非効率的で、生き残る胎児は少ない。生き残る動物の多くは、挿入された遺伝子が適切に発現せず、しばしば解剖学的・生理学的・行動的な異常が生じている。３）乳中での薬品生産のための遺伝子が動物体内の他の部位に移り、悪影響を引き起こす可能性もあるなどと、動物福祉上の観点から強い懸念を表明している。そのうえで、こうした技術に対する現在の連邦政府の規制のフレームワークは適切でない可能性があると指摘した。食品医薬局（FDA）も新たな規制方策を検討中である（参照：米国：科学アカデミー、遺伝子操作動物の安全性で報告書,02.8.22）。昨年9月には、イギリス政府の諮問機関である「農業・環境バイオテクノロジー委員会」も同様な勧告を行なっている（イギリス：遺伝子組み換え動物のコントロールを勧告ー政府諮問機関,02.9.10）。

　この開発を伝えたニューヨーク・タイムズ紙の記事も、「米国食品医薬局（FDA）はクローン動物からの乳や肉は、そのような製品に関する政策を開発中は販売されないように求めてきた。クローン動物からの製品が許されたとしても、遺伝子操作動物からの食品の別の審査が要請されよう。遺伝子操作が乳に予期されざる変化を生じさせなかったことを確認するための検査が行なわれなければならない」と指摘している（Cloned Cows Are Engineered for Faster Cheese Production,1.27）。

　動物に多大な犠牲を強いてまで専ら経済的利益が追求されれば、遺伝子操作食品への不安を払拭できないどころか、ますます高めてさえいる世界の多くの人々、消費者が、この技術への反感を一層強めることになるかもしれない。そうなれば、ニュージーランドは、遺伝子操作チーズによって経済的利益を得るどころか、逆に多大な損失をこうむることになるかもしれない。それは非常に危険な「賭け」となる可能性がある。

　関連報道
　GM cows to please cheese-makers,NewScientist.com,03.1.26
　GM cheese from cow clones,BBC News,03.1.27
　New Zealand clones cows for cheaper cheese,The Guardian,03.1.28