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インド:GM棉は華々しい成果という研究、しかし「持続可能性」は?

農業情報研究所(WAPIC)

03.2.8

 GM技術をめぐるインドの混迷

 遺伝子組み換え(GM)作物をめぐるインドにおける抗争がますます激化しそうである。インドは、昨年、害虫を殺す毒を生産する遺伝子を組み込んだGM棉(Bt)の承認によって、初めて商用栽培にGM作物を導入した。開発企業やバイオテクノロジーにかかわる多くの科学者は、その成果を強調している。しかし、インドには、ヴァンダナ・シヴァを指導者とし、NGO「科学・テクノロジー・エコロジー研究在団」を組織的拠点として、在来種子の収集・保存・普及に努め、伝統的農法こそインドの生活と文化を守る道と言う「ナヴダーニャ」運動など、GM技術導入への強力な抵抗勢力がある。彼らは、GM推進者が強調する様々な成果を否定、昨年はGMマスタードの承認の延期に一役かった。インドのGMへの対応は混迷を深めてきた。

 このような状況のなかで、インドのGM棉は収量を大きく増やし、農薬使用を大きく減らし、経済的にも多大な利益をもたらすという新たな研究が現れた。これはGM論議に新たな頁を付け加えるものとなろう。2月7日付のNature-news(Transgenic cotton a winner in India)は、この研究について次のように伝えている。

 インドGM棉の劇的成果を示す研究

 2001年からの農場実験により、インドでは、GM棉は慣用品種を80%上回る収量をあげることが明かになった。バイテク企業によれば、昨年の商用栽培の結果も、それほど華々しいものではないとはいえ、類似のものであった。しかし、環境団体は異論を唱えている。

 ドイツ・ボン大学の農業経済学者・Matin Qaimは、GM作物は特に熱帯途上国で有用だと言う。彼によれば、「人口成長と制限された農地は一層大きな収量が必要だということを意味する」。彼とその同僚は、インドの3州の157の典型的棉農場を調査した(1)。農民は非GM品種とともにBt棉を栽培した。Bt棉は、典型的にはインド棉農民に収穫半減の損害を与える綿実蛾幼虫に抵抗する毒素を出す遺伝子を組み込んだものである。Bt棉の収量は、慣用品種に比べて80%も多く、殺虫剤使用は70%ほど少なかった。GM種子の費用は通常の棉の4倍になるが、収量改善により5倍の価値に相当する収穫が得られた。2001年のBt棉の利得は、綿実蛾幼虫が多かったから、特に大きかった。数年間の農場実験は、Bt棉の収量が慣用品種よりも60%高いことを示した。Qaimは「農民は非常に積極的だ」、「需要を満たすために必要な十分な種子がない」と言う。

 南アフリカでも類似の成果があったと認めるイギリスのリーディング大学の開発研究者・Stephen Morseは、棉で見られた利得は他の作物には拡張できないだろう、トウモロコシのような種は害虫よりも土壌の質や水の影響の方が大きく、害虫の種類も多くてBt遺伝子は対抗できないだろうと言う。

 こうした議論に対し、「科学・テクノロジー・エコロジー研究在団」の副理事長・Asfar Jafriは、個人的に二つの州で研究したが、Bt棉が劇的に失敗していることが分かったと言う。在団によれば、Bt棉は慣用品種よりも収量は低く、虫害も多かった。

 モンサント社によれば、2002年、インドの綿作総面積・9千万haのうち、Bt品種が栽培されたのは4万haであった。これらGM作物の収量は慣用品種よりも30%高く、農民1人当りの所得をha当り3千ルピー(63ドル)増加させた。同社は、2003年には25万ha以上のBt棉作付を見込んでいる。

 北米や中国のような温帯地域では、Bt棉の収量は慣用品種を僅かに上回るだけである。アーカンサス大学の棉研究者・Fred Bourlandは、米国ではせいぜい収量は2−3%改善されるだけと言う。熱帯では、虫害が一層大きな損害を与え、農民は農薬を十分に買えず、また農薬に対する抵抗性も共通に見られるから、改善の余地が大きい。

 害虫におけるBt抵抗性発達の問題ーGM技術は持続可能な農業生産を保証するのか

 同じNature-newsは、インドに関する研究とは別に、米国・アリゾナで綿実蛾幼虫が減ったというもう一つの研究(2)についても触れている。この研究によれば、アリゾナでは抵抗性棉の普及により綿実蛾幼虫が減ったが、非GM棉作付地が害虫がBt品種への抵抗性を発達させるのを妨げたことを示唆しているという。

 ところで、Nature-newsが扱ったと同じ研究について、2月6日付のNewScientistの記事(GM crops boost yields more in poor countries)は、この問題について次のように報じている。ニューデリーの「遺伝子キャンペーン」議長のSuman Sahaiは、ドイツ研究者が明かにした華々しい成果は「持続できる」かと問い、インド農民は抵抗性が発達しないようにするために必要なGM圃場中への非GM作物の「避難地」を作らないだろうと言う。インド政府はBt棉圃場の20%に非GM品種を栽培するように要請しているが、僅かな土地しか持たない多くの農民はこんな余分なことはしないだろうというのである。

 熱帯途上国の多くの農民が同様な状況にあるとすれば、「GM作物は特に熱帯途上国で有用だ」というドイツ農業経済学者の主張にも疑問符が付く。それは本当に「持続可能な農業生産」を可能にし、食糧不足に現に直面し、問題がますます深刻化するであろうこれら途上国の食糧の確保に貢献できるのか。このような疑問への答えは出ていないように思われる。

 (1)Qaim, M. & Zilberman, D. Yield effects of genetically modified crops in developing countries. Science, 299,900-902,(2003).
 (2)
Carrière, Y. et al. Long-term regional suppression of pink bollworm by Bacillus thuringiensis cotton. Proceeding of the National Academy of Sciences, published online, doi:10.1073/pnas.0436708100 (2003).

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