農業情報研究所農業・農村・食料欧州ニュース:13年10月29日

EU 共通農業政策(CAP)改革が最終合意 日本農政の盲点を知る

 10月25日、EUの政策形成・決定権限を持つ欧州委員会、閣僚理事会、欧州議会の三者が共通農業政策(CAP)改革について政治的合意に達した。大部分は6月26日に合意されていたが、9月24日、最後まで残されていた多年次財政フレームワークに関連した問題でも最終合意に達した。あとは閣僚理事会と欧州議会の承認を待つのみ、新たなルールは2014から、新たな「直接支払」 ルールの大部分は2015年から発効する運びという。

 合意された改革CAPの柱は、@直接支払、A単一共同市場組織、B農村開発、CCAPの財政・管理・モニタリングに関する一般規則からなる。ただし、直接支払以外の柱については基本的改変はない1)。6月26日の合意について既に述べたところ(⇒EU 共通農業政策(CAP)改革に合意 大規模農家援助を減らし、モノカルチャーに歯止め,13.6.30)と重なるが、以下欧州委員会の「メモ」2)に拠り、新たな直接支払制度の特徴的要点を記しておく。減反廃止、直接支払の大規模農家への集中が取沙汰されている日本の農政改革との対照が際立つ。

  (1)例えば市場組織については、砂糖生産割当の2017年9月30日をもっての終了、大腸菌汚染勃発のような緊急事態に対応するための全部門をカバーする「危機準備金」(Crisis Reserve  直接支払の年々の減額で調達)新設などの改変はあるが、価格支持のための基本措置としての公的市場介入・民間貯蔵(在庫)援助は、牛肉・乳製品の買い入れ期間延長で実効性を高めた上で今まで通り存続させる。

 (2)CAP Reform – an explanation of the main elements,EC,13.10.26

 今次改革の最大の狙いは、砂糖会社・テート & ライル社や英国王侯・貴族が巨万の補助金を受け取るといったことに象徴される直接支払の不公正・不公平の是正である。それなしにはEU予算の4割にもなるCAP予算に対するEU市民の支持は得られない。そのために、このような不公正・不公平の最大の原因とされる歴史的基準(2000-2002年の受取額)に基づく支払を改め、現在の有効農地面積(2015年が基準だが、それまでの投機的土地取得を防ぐために、これは2013年と関連づけられる)に基づく支払に切り替えた

 基礎支払

 従来の「単一農場支払」(参照:EU共通農業政策(CAP)改革の内容,04.5.8)は、この新基準に基づく「基礎支払」(Bacic Payments」に変わる。直接支払のために各国に配分される予算の総額は、その70%までがこの「基礎支払計画」(Bacic Payment Scheme)に充当されねばならない。この予算の国別配分や地域配分の調整を通じて、国・地域の間に存在する単位面積当たり支払額の個別農家間での不均衡を漸次解消に向ける措置も導入された。

 大規模農家への支払については、15万ユーロ(2000万円)以上の個別農家支払は、少なくとも5%削減する。これで浮いた資金は農村開発資金に転用することができる。各国は、最大支払額を30万ユーロに定めることもできる。 この点に関しては改革は不徹底(大規模農家、というより農企業の強力な抵抗が奏功)というしかないが、方向は大規模農家に支払を集中しようという日本の現政府・与党とは全く逆である。

 こうした直接支払は無条件で与えられるわけではない。すべての直接支払(や一定の農村開発支払やワインに対する支払も)を受ける者は、環境、気候変動、土地の良好農業条件、人・動物・植物衛生基準、動物福祉に関する多くの制定法の要求を尊重する義務を果たさねばならない(クロス・コンプライアンス)。環境支払だけでなく、すべての直接支払が、いわば持続可能な農業の実践と引き換えに与えれらるのである。クロス・コンプライアンスは農業者以外 は誰も受け取ることができない支払を(納税者に対して)正当化するための要件である。

 青年農業者

 こうした基礎支払に加え、新たに農業に参入した青年農業者(40歳未満)には最長5年間、追加支払 をしなければならない。直接支払のための割当総額の2%までをこれに充当するのは各国の義務とされる。しかも、これは農村開発計画の下で青年農業者が利用できる他の措置( 従前からの青年農業者就農援助)への追加であり、それに代わるものではない。

 農業者の世代交代がEU農政の最優先課題であることを示す措置である。

 小規模農業者

 各国は小規模農業者に対し、農場規模と関係なく500〜1250ユーロの特別助成をすることができる。これを受け取る小規模農業者は、環境にかかわるものは除き、クロスコンプライアンスを免除される。 このための総支払額は、各国に割り当てられた直接支払総額の10%を超えないようにする。EUのアセスによると、この「小規模農業者計画」に参加を希望する農家の3分の2は3f未満の農家で、その農地はEU27ヵ国の総農地面積の3%だという。

 条件不利地域

 各国は「自然の拘束がある地域」には、割り当てられた直接支払総額の5%までの追加支払いを行うことができる。これも農村開発計画の下での条件不利地域支払には影響を与えない。

 生産関連支払

 困難を抱え、社会的・環境的に重要な特別のタイプの農業または部門を持つ部門または地域の生産レベルを維持するために、各国は割り当てられた直接支払総額の8%までを「生産関連」支払、つまりWTOのルール上は削減対象となる「黄色」の支払に充てることができる。

 グリーニング(環境尊重支払)

 各農家は、基礎支払に加え、気候と環境に有益な農慣行を尊重することで、面積当たりの追加支払を受けることができる。各国は割り当てられた直接支払総額の30%までをこれに充てる。これは強制的で、違反は厳罰(支払削減と罰金)に処せられる。

 有機農地は、いかなる追加要件もなくこの支払を受けることができる。

 その他の場合、これを受けるための基本的農慣行は次の三つである。

 @永年草地の維持

 A作物の多様化

  耕地が10fを超えない農家は少なくとも2つの作物、30fを超える農家は少なくとも3つの作物を作る。主要作物が耕地をカバーする比率は75%以下、二つの主要作物が耕地をカバーする比率は95%以下でなければならない。

 B15f以上の耕地を持つ大部分の農場について、保有する耕地の少なくとも5%を、生垣(ヘッジ)、樹林、休閑地、景勝地、ビオトープ、植林地などの「環境重点区域」(ecological focaus area)として確保。

 既存の環境支払のための農業慣行も、この支払を受けるための農慣行に置き換えることも考える。

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 漏れ来るところによると、わが国政府・与党は、5年後をめどにコメの生産調整(減反)を廃止、減反への参加を条件にコメ農家に配っている補助金は14年度から大規模農家に対象を絞った上で支給額を減らすことを検討しているという(減反 5年後廃止検討 政府 来年度から補助金減額 東京新聞 1.10.28)。5年後に減反を廃止したのちの大規模農家補助金はどうなるのだろうか。減反で米価がある程度維持されている現在でも、大量の補助金なしには大規模農家も立ち行かないことは再三述べたとおりだ(農政「改革」 政府の尻叩く中央大手マスコミは現実知らずで筋違い政府・与党 農政改変に着手 生産調整、戸別所得補償・・・廃止 大規模経営こそ崩壊の危機)。減反で米価が下がるときには、今以上の補助金が必要になる。それをどういう名目で払うのだろうか。

 食料安全保障?これは国際的風当りが強すぎる。インドの貧民救済食料補助金でさえ、穀物の世界市場価格に影響与え、貿易歪曲的と、農業補助金をめぐるWTOの争論で米国等の攻撃に曝されている。「豊かな」日本の「食料安保障補助金」が認められるだろうか。TPPで米関税の撤廃を免れたとしても、日本への米輸出増大を期待してきた国からの絶好の攻撃材料となりかねない

 これより、一部平野地域で企業的大規模農業が生き残ったとしても、それが「持続可能な農業」から大きく離れ、また周辺農業が壊滅、中山間地域が荒廃地に帰するときには、食料安全保障の大義名文も立たない。

 TPPを待たずして日本農業は自壊?それはどうしたら避けることができるのだろうか。ヒントの一つはEU農政にあるだろう。