BRING ME TO LIFE
第二間奏・暗躍の始まり
奇妙なデータが送信されてきた。
暗号化されたテキストデータと、その暗号化を解除するキープログラム。その二つが一揃いになっているのだ。
敵による撹乱かウィルスと思い、ナタルはすぐそれを削除するよう指示を出した。しかし、アラスカからの信号だったらどうする、
というフラガの硬い声に、思いなおしてチェックを行う。
…このキープログラムを、ナタルは知っていた。
「………!! ラミアス少佐……」
「? どうしたの?」
ナタルがわざわざ自分を、『艦長』ではなく『ラミアス少佐』と呼んだ事にひっかかって、体ごとCICを振り返る。
ナタルは立ち上がって艦長席へ駆け寄り、何やらマリューに耳打ちする。
「えっ!?」
思わず大声で顔を見返すマリューに、ナタルは厳しい顔で頷いた。
…そのやりとりに、時折見られる軋轢は全く感じられない。
「…どうしたんだ。その様子じゃ、アラスカじゃなさそうだが」
ただならぬものを感じて、真面目に問うフラガ。
「…え、ええ…。…この件は私が処理します。バジルール中尉、これを私の専用端末へ転送して。それから、しばらく代行を。データは
転送後、即削除するように」
「了解しました」
すっと入れ替わり、ナタルが艦長席に座る。
「…おい。何なんだ、一体」
「いえ、…艦長の、身内の方からでしたので」
「…ふぅん…? …まあいい、取り敢えずそういう事にしておくか」
データの転送作業を行うナタルにそれ以上は問わず、ふぅ、と溜息をつく。
「フラガ少佐も、少し休まれては如何ですか。もしザフトの襲撃を受ければ、もはや少佐しか頼る人はおりません」
「…そうだな…」
微妙に上の空なフラガに、ナタルは小さく溜息をついた。
「ヤマト少尉が、ご心配ですか」
「…………」
フラガだけでなく、CICのシートに座るミリアリアもまた、小さく俯く。
…キラ。無事だろうか。
元々彼はコーディネイターだ。敵軍の捕虜とはいえ、ザフトも彼をぞんざいには扱わないだろう。
だが、友を守るためにとこちらへ留まった彼は、…その状況を受け入れるだろうか。
脱走を試みれば、殺されても文句は言えない。
……ずっと、ずっと戦う意味を探し、戦う理由をその都度確かめて、悩み、苦しんでいた…華奢で繊細な少年の無事を、願わずには
いられない。
地球軍の少佐としてではなく、エンディミオンの鷹としてでもなく。
ムウ・ラ・フラガという、一個人として。
作戦室へと足早に向かう途中、食堂を通る。
だからといってどうという事もなく、当たり前のようにその部屋を通り過ぎるつもりだったのだが。
「何よそれ…! 何よ、それっ!!」
甲高い少女の悲鳴のような叫び声に、思わず足を止めた。
「いい加減にしてよ!! それじゃ私が、キラが殺されるのを望んでたみたいじゃない!!」
「違うのかよ!! ああ、確かにお前の親父さんは気の毒したよ! けどな、キラは精一杯戦ってただろ! それを見ようともしないで、
本気で戦ってないとか喚き散らして、それで突然サイからキラに乗り換えたりしたら、誰だって裏があるって思うだろ普通!!」
「うるさいうるさいうるさい!!! 何よ、あんたなんかに何がわかるっていうのよ!! あんたなんかより、私のほうがキラの近くに
いるんだから!!」
「やめるんだ! 二人ともよせって! オレ達が言い争ったって、キラが帰って来るわけじゃないだろ!」
「サイはちょっと黙ってろ! この我侭女には、誰かが一度ガツンと言ってやらなきゃいけないんだよ!」
責められているのは、フレイ・アルスター。責めているのは、トール・ケーニヒ。仲裁に入っているのが、サイ・アーガイル。
おろおろと見ているのが、カズイ・バスカーク。皆、キラと共にヘリオポリスからAAに乗る事になった少年達だ。
…キラが消えた事で、彼らのバランスもまた、崩れているのだろう。
危ういバランスが、一気に。
「何よ!! 私一人が我侭みたいな言い方して!! あんた達だって充分我侭じゃない! キラ一人に背負わせて、キラ一人に
戦わせて!!」
「よすんだ、フレイ!」
「ダメよ!! キラには私がいないとダメなの! 私が傍にいてあげないとダメなの! そうじゃないと、キラには支えてくれる人なんて
他にいないんだから!! だからっ、絶対戻ってこないとダメなの!! あの子を理解してあげられるのは、私だけなんだから!!」
混乱し、涙を流しながら半狂乱のように叫ぶフレイを抑えるサイ。しかし、トールは言い募る声を止めようとしない。
「お前がキラの何を分かってるって!? ふざけんなよ!! いっつもあいつにべったりくっついて、あいつの邪魔ばっかりしてたじゃ
ないか! 大体、お前が志願したから俺達もキラも軍に残ったってのに、お前は何やってんだ!? キラにべたついてばかりいないで、
ちゃんと自分のした事に責任取れよ! それこそキラを本当に思ってるっていうんなら、キラの力になれる仕事を覚える努力見せてみろよ!!」
「何よ! 偉そうに!! あたしにそんな事言ってるひまがあるんなら、さっさとキラを連れ戻してきてよ!!」
「フレイ、落ちつくんだ。キラは大丈夫だよ、むこうに友達がいるんだから。そいつが何とかしてくれるよ、きっと」
「それって、イージスのパイロットの事か? でも…その友達には、会えないんじゃないかな、キラ」
冷静に口を開いたのは、先ほどから事態を見守るばかりだったカズイ。
「なんで!!」
興奮したまま疑問をぶつけてくるトールと、視線だけで同じ事を尋ねてくるサイ。
「聞いたことくらいあるだろ、コーディネイターって、仲間意識が異常に強いって」
「だったら、キラはちゃんと迎え入れてくれるはずだろ」
サイの言葉に、しかしカズイは眉間に皺を寄せて答えた。
「…そうかな…。キラ、地球軍に入って、ずっとコーディネイターと戦ってたわけだろ? …裏切り者って言って、…すぐ処刑とか
されちゃうんじゃないかな……」
「!」
小さく息を飲んだのは、マリュー。
「……いやぁぁぁぁぁ!!!」
「フレイ! フレイ、落ち付くんだ」
錯乱する赤い髪の少女。必死に抑えるサイ。
「おい、お前ら何騒いでるんだ!?」
不穏な空気と絹を裂くような声に、マリューを追い越して部屋へ飛び込んでいくカガリ。マリューを無視する形になってしまったが、
もともと彼女はマリューに声をかけるつもりでいた。そこに突然悲鳴があがったのだから、彼女の気質では悲鳴の方へ飛び込んで
しまっても仕方が無い。
「………」
だが無視されたのを幸いと、子供達の仲裁はカガリに任せ、マリューは作戦室へ急いだ。
カズイの指摘は、自分が完全に失念していたものだ。
ストライクのパイロットがいかに優秀かは、エースパイロットを幾度も退かされたザフト自身がよく知っている。だから、それが
コーディネイターと分かれば、彼をむざむざ殺しはしない。自軍の戦士として吸収しようとするだろう。だから一先ず殺される怖れはない。
その間にこちらに…地球軍に連れ戻す工作ができる。
そう、思っていたけれど。
…そうだ。裏切り者と叫ばれ、撃たれる怖れがあったのだ。
正式決定では『ありえない』としても、『事情』を知らぬ誰かの感情が暴走したら。
子供でも思い至る可能性に気付かなかった自分を内心で激しく叱咤しながら、作戦室へ入り、扉を厳重にロック。更に室内へのあらゆる
干渉をカットした。
既に手に持っている自分の専用端末に、例のデータを受信済み。そのデータを呼び出して、解析する。
この暗号化解除キープログラムは、ただそのプログラムがあるだけでは使えない。
解除プログラム自体も暗号化されており、それを解析できるものでなければこのキープログラムを使うことはできないのだ。
マリューはそれをあっさりと解析して、キープログラムを起動。
解析されたテキストデータは、誰のもか判らないIDアドレス。
メール、通信、電話。それら全てを受け取る為の、IDアドレス。
しかもこのアドレスは、通常の通信機器からはアクセスできない。
「……」
ここへ連絡しろ、という事か。…特殊な通信手段を用いて。
作戦室の机に埋め込まれている通信端末を立ち上げ、裏コードを入力。
通信端末は、通常とは違うモードに再起動する。
ニュートロンジャマーによる干渉を受けない特殊な通信手段。連合もザフトも採用していないそれを、このアークエンジェルは
有していた。
但し、それを知るのはマリューと、ナタルだけ。
これの難点は送信と受信に少々タイムラグがある事。…だが、少し根気があればいいだけのこと。
モニターに、初めて見る人の姿が鮮明に映し出された。
「あなたね。このデータを送ってきたのは」
こちらが先に口火を切る。画面の中に現れた人物は何かを言おうとしたが、その時にマリューの言葉が届いたらしく、その言葉を止め、
はいと頷いた。
「やはりアークエンジェルにもあるのですね。エルクラークがニュートロンジャマーに干渉されず」
「そんなことはどうでもいいわ」
ぎくしゃくと二人の言葉が重なる。言葉を遮られた相手は沈黙し、こちらも次の言葉を紡ぐのに少々準備が要った。
「…用件は、何」
画面の男は小さく溜息をついて、言葉を続ける。
「…マリュー・ラミアス博士。あなたに、お尋ねしたいのです。…教えて頂きたい」
迷わず自分を『博士』と呼んだ男に、一瞬眉を寄せる。
「…『天使の種』の真実を」
………やはり、そう来たか。
「…人にものを問うときには、せめてまず自己紹介をするべきではないかしら。あなたは、私を知っているようだけど?」
「失礼、申し送れました。私はマーチン・ダコスタ。六年前、カレッジセクションを卒業した者です。お疑いなら、お送りしたIDを
エルクラークのデータバンクで照会して下さい」
「このナンバーでは、貴方は研究機関には配属されずにエルクラークを出ているようだけど、何故そのコードネームを知っているの。
目的は何?」
「君達が『sample:K-2』と呼ぶ少女を救いたい」
「!?」
ダコスタとは違う声が飛びこんできて、一瞬びくっと震えてしまうマリュー。
画面には、ダコスタの横から別の男が入りこんで来る。
「私はアンドリュー・バルトフェルド。ご存知だと思うが、ザフト軍地上部隊隊長を務めている者だ。そして『sample:K-2』つまり、
キラ・ヤマトの身元を預かった者でもある。…私がこの話に興味を持つのも、至極当然だと思うがね」
「………」
この状況を、どう判断するべきか―――――。
冷や汗が伝うのを、感じた。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
オリジ要素大全開であります。
ほんとは天使じゃなくて女神か神にしたかったんですが、諸事情で挫折。
で、話変わりますが、海原的カレッジ組のイメージは次の通りです。
サイ…とにかくいいヤツで友達思いな委員長体質。
トール…とにかくいいヤツで友達思いな熱血系。
ミリアリア…お姉ちゃんか妹タイプ。いい意味で普通のいい子。
カズイ…冷静にというよりも冷めた目でものを見てるような気がする。
いらん事言いだけど本人に悪気はないと信じたい。
フレイ…好きな子と友達になってその子を一人占めしないと気が済まない小学生。
例:「キラちゃんに話しかける前にまず私に許可とってね」とか
例2:「なんでミリィちゃんがいるの? キラちゃんは私と二人で行くんだよ!」(←かなり決めつけてる)みたいな。
2003/07/05一部改稿。結局虎さんの正式なお名前は「アンドリュー」のようですね。
…それならそれでちゃんと統一して発表してくれー、とはまあ、…あまり主張しないでおきます(^^;)
いや、これ書いた当時かなり困ったんで主張したい気もするんですけどね。
アイシャもものによっては「愛人ではなく恋人」とか書いてあったりするし…。
今更そんなこと言わんでくれ、とずっこけそうになりました。
ああ、それと、「コーディネイターが大人とみなされる年齢」も、ものによって食い違ってるんですけど。
これは十三歳でいいんですよね? 小説とか、一部では十五歳になってますけど…??
でも三年前にプラントに行ったアスランが、三年後にはアカデミーを卒業してるんだから、
プラントに移ってすぐアカデミーに通い始めたんじゃないかと思うんですけど…。
そうなるとやっぱり十三で正解だよなぁ、とか思うんですが。