招かざる来訪者がいるとは知らないキラとラクスは。
「ラッ、ラクス！　あの、お風呂ならバルトフェルドさんのところでも入れてもらってたから…」
「いけませんわ。砂漠は砂だらけなのでしょう？　油断していてはすぐに体中ざらざらになってしまいます」
「あの、でも僕は…」
「ご遠慮なさらずに。わたくしのお気に入りのエッセンスを入れておきましたから、ゆっくりとリラックスできますわ」

　…こんなやりとりをしていたりした。
　そして結局、押しきられたキラは、バスルームへ放り込まれる事に。

　エッセンスによって薄い緑色になっている湯船に入る前に体を流そうと、シャワーコックを捻る。
「…ラクスとアイシャさんって、絶対似てる…」
　二人共、にっこり微笑んで相手に有無を言わせぬ能力の天才だとしか思えない。
「そういえば、バルトフェルドさんがアイシャさんに口で勝ったの見たことないや」
　ふと思い出して、思わずぽつりと口に出す。
　二人のやりとりを思い出して、クスクス笑ってしまったりして。

　そして。
　微笑んでいた唇は引き結ばれる。

　たくさんのものを、置き去りにしてしまった。
　ミリアリアやトール、カズイは大丈夫だろうか。心配、してくれていると思う。それにフレイは…自分を慰める事で自分自身を慰めて いた、あの淋しい少女は、自分がいなくなってどうしているだろう。…サイが支えているのだろうか。
　自分に多くのものを教えてくれたフラガ。他人にも自分にも厳しいバジルール。優しいが故に責任と板挟みになる事の多いマリュー。 気のいい親分のマードック曹長。…彼らは、どうしているのだろう。
　アークエンジェルは無事なのだろうか。
　そして、カガリは無事にアークエンジェルに戻れたのだろうか。
　アイシャを信頼していないわけでは、決してない。しかし肝心のカガリ自身に無鉄砲なところがあるので、どこかで突拍子もないことを していそうな気がして。


　みんな、無事でいるだろうか。
　突然消えた自分を、どう思っているだろう。
　…裏切ったと…思われているだろうか…。

　ああ、こんな時に聞きたい声がいない。
　常に傍にいてくれた、懐かしい電子音が聴きたい。

「…トリィ………」


　熱いシャワーと沈む思考。
　バルトフェルド達の屋敷でくつろげなかったわけじゃない。
　彼らはとてもよくしてくれた。捕虜のはずの自分を、娘か妹のようにかまってくれた。
　…だけど。

　わかってる。本当は。
　本当に聞きたいのは。
　言ってほしい言葉は。

　彼からでなくては、意味がない。

　ねえ。
　君とはもう、
　…もどれないのかな。

　ヘリから降りてきた君が僕を見る瞳は…『捕虜』を見る視線で。
　あの時、君の強いエメラルドグリーンの瞳は、鋭利な刃になって僕の心を貫いたんだ。



　ねえ。
　もう、本当にもどれないのかな。

　僕達は、どこで擦れ違ってしまったんだろう。
　大事なものを守りたい。それだけのはずだったのに。






　………………あんなにいっしょだったのに。

　　　ガタッ、ドン！！

「………　キラ様？」
　バスルームから響いた衝撃音に、はっと振り返るラクス。立ち上がり、バスルームの扉の前に小走りで近付く。
「キラ様？　どうかなさいまして？」
　規則正しい水音だけが返事の代わりに聞こえてくる。

　まさか、倒れた！？

　ぞくっと背筋を冷たいものが走った。
　医者を、と呼びに出ようとして、ふと立ち止まる。
　軍医を呼ぶにしても、到着するまでに何かあったら？　だからといって医務室まで彼を引きずっていくのは無理だ。それに、動かしたら 危険な状態だったら？
　ラクスは医師免許を持っている。ただの象徴としての歌姫であるだけ、という状態から脱したかった彼女は、あっさり医師免許を取り、 ナチュラルもコーディネイターも診察できる能力を有している。
　彼女は一瞬で判断した。

「キラ様、失礼致します！！」
　決めたら遠慮や恥ずかしさは吹き飛んだ。そもそも、キラの命がかかっているのだ。恥ずかしいだのはしたないだの言っている暇はない。


　そしてラクスは、シャワーに打たれながら倒れたキラの裸体を見てしまう。


　ラクスが軍医を呼ばなくて良かった。
　彼女が咄嗟にアスランを呼ばなくてよかった。

　目覚めたキラは、そう噛み締めることになる。