BRING ME TO LIFE
第三間奏・水面下の思惑
(1)
その日、一人の青年が彼の元を旅立ち、別の青年が彼の部屋へ呼ばれた。
「ゲイル・カーフェイ。君を本日付けで私の副官に任命する」
「はっ!?」
端整な顔立ちの青年は目が飛び出るほど驚いた。
「アイシャとダコスタ君の後任だ。…不服かね?」
デスクにつかず窓際に立つアンディが、悪戯っぽく尋ねる。ゲイルは力いっぱい否定した。
「いっ、いえっ!! …しかし、なぜ自分が…」
「当然、君が優秀な戦果を上げているからだよ。現場での判断力、後方から戦局を見極める観察力、敵の弱点を的確に突く力、仲間を導く
指導力。どれを取っても私の右腕として申し分ない能力を有している」
「………」
呆然としているゲイルに、ニッと笑って見せた。
「まあ、難を上げるとすれば、少々頭に血がのぼりやすい性格…といったところかな?」
「そ、それは………」
ぐっと詰まってしまう。初々しいリアクションに、アンディはハハハと笑う。
「テンションコントロールはこれから身につければいい。君にはその力がある。頼んだぞ。君には二人分の働きをしてもらわなければ
ならんのだからね」
「は…はっ!!」
喜びに顔をほころばせ、敬礼を改める。
しかし、彼の隣で微笑んでいるアイシャの視線に、はっとしてしまう。
彼女とは少し前に、一悶着あったのだ。
「…失礼ながら、サバーハ副官には、私が後任で異存はないのでしょうか」
生真面目な顔でそう言われ、アイシャは思わず吹き出してしまった。
「あなた、まだあの時のことを気にしているの?」
「…」
ばつが悪そうに俯くゲイルに、アイシャとアンディは顔を見合わせ、また小さく笑った。
キラがまだ、バルトフェルド邸に滞在していた時の事である。
彼は、屋敷内を自由に歩き回る『ストライクのパイロット』に対して、遠慮なく敵意をぶつけたのだ。
「よくもそうやってのうのうとしていられるな!! 今まで自分が何をしてきたと思っている! そしてここを、どこだと思っている!?」
「え……っ」
突然背後から怒鳴りつけられてぎくっと振り返り、立ち止まるキラ。
「俺はお前を許さない、絶対に!! 本当ならここで撃ち殺してやりたいくらいだ!!!」
「っ…」
「あの時お前に倒されたバクゥに…俺の親友が乗ってたんだ!!」
はっとして、目を見開く。それから、辛そうな色を瞳に乗せて微かに俯いた。それがまたゲイルの神経を逆撫でする。
「そんな顔をしてごまかされると思うなよ!! この人殺しがっ!!」
びくっと小さく震え、僅かに瞼を伏せるキラ。
そんな傷ついたような態度が益々ゲイルを苛つかせて、更に言い募ろうとした時。
「やめなさい」
穏やかだけれど厳しい声が、キラの背後から聞こえた。
アイシャだ。
「サバーハ副官…!! しかしっ、こいつは!!」
「仲間を殺したと彼を責めるの? なら、あなたも責められる覚悟はあるのでしょうね。彼にとっては私達もまた、仲間を殺した仇なのよ」
「!!」
「勿論それが免罪符になるわけではないわ。でも、そのメビウスの輪を絶ち切れないから戦争が終わらないのも、また事実なんじゃ
ないかしら」
ムッとして、キラに寄りそうように歩み寄ってきたアイシャに向き直った。
「お言葉ですが、第二副官! 自分は、戦争が終わらないのはナチュラルが自らの愚かさを認め、悔い改めないからだと考えています!
それにっ………!!」
ぎりっ、と拳を握り締める。
「あれは一方的でした…血のバレンタイン!! あの非道で一方的な攻撃で、私の両親は死にました!! 必死に私を育ててくれた姉も、
ブルーコスモスの連中の虐殺に遭って殺されました!! 失礼ながら、公私共に恋人である隊長と共におられるサバーハ副官には、
奪われたものの痛みはおわかりにならない!!! だからそのような甘い事が言えるのです!!」
息を荒げるゲイルに、キラは複雑な瞳を向ける。
そして、アイシャはその表情から微笑みを取り払った。
「……ゲイル・カーフェイ。一つだけ言っておくわ。私は、不幸自慢は嫌いよ」
「っ…!!」
アイシャを睨み返す。
が、今までの勢いで言葉を返すことはできなかった。
普段の彼女からは想像もつかないような、冷たい眼差し。
だが、すぐにいつもの微笑を浮かべると、キラを振り返った。
「行きましょう。今日は新しい紅茶を用意してみたの」
「あ…は、はい」
キラの返答を確認して、アイシャは自室へ向かおうとゲイルに背を向けた。
「……あの」
だが、『彼女』がゲイルに向き直った事に気付き、振り返る。
「確かに僕は、沢山の人を殺してきました。アイシャさんの言うことも一理あると思うけど、だからって、僕の罪が無条件で許されるとは
思いません」
「……だったら、その身で償ったらどうだ! あいつが受けた痛みを、お前が受ければいい!!」
「償う意志はあります。あなたの気の済むようにして下さい。でも、僕の命で償うことはできません」
「は! 結局命乞いか!?」
嘲るように吐き出すゲイル。
だが、まっすぐに彼を見るキラの視線には、そんな曇りは一切ない。
「僕にはまだ、守らなくちゃいけない人が…守りたい人達がいます。だから、命で償うことはできません。それ以外の方法で、あなたの
気が済むなら、それで僕が手にかけた人が安らかに眠れるなら、できることはなんでもするつもりです」
「っ………」
ふざけるな、と罵倒してやりたいのに。
そのまっすぐな視線に射貫かれて、声が詰まる。
「…もういいでしょう、カーフェイ。…行きましょう」
「………」
そっとキラの肩に手を置いて、体の向きを変えてやる。
眉間に皺を刻んで黙りこくってしまったゲイルを見遣っていたが、キラはアイシャの誘導のままに、彼女の部屋へ一歩踏み出した。
だがそこで、ふと今度はアイシャが振り返る。
「そうそう、昨日遺名の前に折り紙の花が供えられていたけれど、あれはあなたかしら?」
「は? い、いえ」
「でしょうね。あれを供えたのは彼だもの」
「!?」
「ア、アイシャさん…知って……?」
キラも同じように、驚きに見開いた目でアイシャを振り返る。
そんな『彼女』にいつもの優しい微笑みを返して。
「行きましょう」
「は…はい…」
複雑な表情で固まっているゲイルを気遣うように振り返ってから、キラはアイシャの後ろに続いた。
「………なん…なんだ、あいつは……!」
あれが、鬼神のような戦い方で親友や盟友達を倒してきた、ストライクのパイロットだというのか。
あんなに真っ直ぐな、美しい瞳の少年が。
そして、ゲイルは後になってから知る。
アイシャもまた、血のバレンタインで天涯孤独の身となっていた事を。
「それとこれとは、話が違うでしょう?」
微笑みながら、アイシャが言葉をかける。
「あなたの能力は、私も認めているわ。私の後任としてあなたを最初に指名したのは私よ?」
「え…………」
「そういう事だ。頼んだぞ。カーフェイ君」
「…は……、…はっ!!」
今度こそ。
何の気後れも戸惑いもなく、彼は二人に対して敬礼をした。
「では早速ダコスタ君の仕事の引継にかかってくれ」
「了解!」
決意を新たにしたゲイルは、そのまま部屋を出た。
「………さてはて、どうなるかな」
ふぅ、と小さく息をつくアンディ。
「だけど考えたわね。特別平和大使とは」
「まあ、あのお嬢さんが私の言葉を多少でも考えてくれた事には喜ぶべきなんだろうが。…だが………」
「……ええ」
二人の表情が複雑に引き締まる。
「…頼んだぞ、アイシャ。大使として出向予定の名簿を見たが、殆ど皆子供だ。…彼女らとて、子供に事情は話せないだろうからな」
「ええ。わかっているわ」
しっかりと頷き返して。
…そっと、口付けを交わす。
「……………行ってくるわ」
「ああ。…気をつけてな」
「ええ。アンディも」
甘く囁き合って、アイシャは部屋を出た。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
キラ、この頃はまだ元気だなぁ…なんて思いながら更新作業してました。
本館でちらっと書きましたけど、海原は小説書くペースと更新のペースが連動していないので、
ある程度元の小説が先行して書き上がってるんです。
というわけで、…白状しますと、実はこのへん書いたのは結構前なんです。なんか微妙に懐かしさを感じてみたり(^^;)
本編ではかなり参っててやさぐれダークな状態だったこの頃のキラですが、この落ち付き様は虎夫婦効果と見ました(笑)
…自分で言うなって感じですね。失礼致しました。
で、唐突に登場した新キャラ・ゲイル君。
ごめんよ。私にもきみの痛みはわからない。
そういう形で大事な人を失ったことがないし、両親も健在だし。平和に暮らしてるし。
だから、すごく悩みながら書いてたのをよく覚えてるよ。
それから、もう一つごめん。
………多分きみの出番はもうないと思う(^^;)