BRING ME TO LIFE
第九章・埋まる溝、深まる亀裂
(3)
「………おい、アスラン」
刺々しい声で自室に戻ろうとしたアスランを呼び止める。
剣呑と振り返ったアスランに、しかし彼がひるむはずもなかった。
「お前とあいつがどういう関係かは聞き損ねたが、お前にあいつを縛り付ける権利はない。それだけは覚えておけ」
ぎり、とアスランの拳が握り締められる。
「…お前こそ…あれだけストライクのパイロットを憎んでいたくせに、女だと分かった途端手のひらを返すとはな」
「何だと?」
ゆらりとイザークがアスランに一歩向き直る。
アスランはこれ以上ないくらいの冷たい視線を、鋭くイザークに刺す。
「…キラは誰にも渡さない…お前にも、誰にも」
「まるで自分の所有物みたいな言い方だな。そんなことはキラが」
「気易くキラの名を呼ぶな!!」
イザークの声を遮って、彼の肩を壁に叩きつける。
「っ! アスランっ!! 貴様…大きな口を叩くなら、その前にそれ相応の誠意をキラに見せてからにしろ!!」
「煩い!! お前に何が分かる!!」
「お前こそ分かってるのか!? このままじゃラクス・クラインと板挟みになって苦しむのはキラなんだぞ!!」
「ラクスも俺も、お互いに恋愛感情はない! 婚約を解消するのに何も問題はない!!」
「まだ解消してないのが問題だと言ってるんだ!!」
「っ………」
咄嗟に反論する言葉が見つからず、息を詰める。
「そうじゃなくても貴様らは政府に祭り上げられて、すでに夫婦も同然のような報道をされているんだぞ! そんな状況で、お前のその
病的な執着がマスコミに漏れてみろ!! 捕虜になった裏切り者がザラ家の子息を誘惑したとか何とかでっち上げられて、キラが槍玉に
上げられるのは目に見えてるだろうが!!」
「………」
「お前が責められるのは自業自得だ! だがキラは、お前のせいで巻き込まれる事になるんだぞ!!」
「……………」
ばつが悪く顔を背けるアスラン。
そんな彼を容赦なく睨み付ける。
「…貴様とキラがどういう関係かは知らん。だがオレは遠慮しない。選ぶのはキラだ」
動く気配も口を開く気配もないアスランを一瞥して、イザークは自室へと歩き出した。
角を曲がると、壁にもたれて腕を組んでいるディアッカが待ち構えていた。
「…お前さ…マスコミに漏れたらとか思うんだったら、もうちょっとボリューム考えて喋れよ」
一瞬立ち止まるが、そう言われた途端ムッとして、再び歩き出す。
ディアッカはするっとその後ろへついた。
「アスランも言ってたけど、お前あいつがストライクのパイロットだって忘れてないか?」
「忘れてない」
「お前のその傷くらわせたのも、ミゲルを殺したのも、あいつなんだぞ」
「分かってる!!」
「……まあ、分かってて惚れたってんなら、もう何も言わねェけどさ」
自室の前まできて、扉も開かず唐突にイザークの足が止まった。ディアッカがおっと、とつんのめりそうになってしまう。
そのタイミングを見計らったかのように振りかえって、ディアッカの胸倉を掴み上げた。
「惚れたァっ!? あいつにか!? オレが!? ふざけるな!!」
「ふざけるなってお前、今盛大にアスランに宣戦布告してたじゃん」
「何!?」
「遠慮はしない、選ぶのはキラだ。…どっからどう聞いたって略奪宣言だぜ」
「……………」
ほんっとにこいつって嘘つけないよな。
絶句したイザークの表情に内心でそう呟きながら、はぁと溜息。
「おっ前、あそこまで露骨に言っといて自覚なかったのかよ」
「オレはっ! ……そういう意味で言ったんじゃないっ!!」
胸倉を掴んでいた手が離され、視線を逸らす。顔が僅かに赤い。逃げるように扉を開き、早足に中へ入りこんだ。
じゃあどういう意味で、と問い詰められるのをいやがるように。
「やれやれ。けどお前、覚悟だけはしとけよ」
あっさりと、真剣に告げる。
「覚悟?」
訝しんで振り返るイザーク。
「アスランの奴、最初から妙にストライクに入れこんでただろ。あれはミゲルが殺されたからってだけじゃないなとは思ってたけど、
…一筋縄じゃいかないぜ。あの恋敵」
シュン、と扉が閉まる。
一人に戻ったイザークは、不機嫌にどすっとベッドに座った。
…浮かぶのは、キラ・ヤマトのことばかり。
不思議な少女だ。
ナチュラルどもに思い知らせてやると志願し、戦いから逃げようとする連中は皆腰抜けだと思っていた。中立という曖昧な立場に逃げる
など、論外だと。
だから、ヘリオポリスが墜ちた時だって、何とも思わなかった。むしろ自業自得だと。
けれど。
あのシャトルに乗っていたのが民間人だと、そうキラの口から知らされた時、頭の後ろを鋼の板でガツンと殴られたような衝撃が走った。
何も知らない子供だったのだと、あいつは言う。
ユニウスセブンに花をたむけてきた人達だったのだと、あいつは泣く。
『撃墜する』『落とす』…それは『殺す』に直結する。その命を奪うという事の本質を、オレはわかっていなかったんじゃないだろうか。
しかもそれを、見透かされていたような気すらしてくる。
…それにしても、彼女の不思議さはそれだけでは終わらない。
最大の謎は、あの華奢な少女がストライクを駆って自分達と戦ってきたのだという事。
「…あいつ…いつ、どこで操縦訓練を受けたんだ」
工業カレッジの学生で、教授からデータ解析を頼まれたりしていたくらいなのだから、OSの書き換えについては彼女の才能と納得しよう。
だが、それを実際操縦するとなると、相応の訓練を必要とする。
しかも、初めてストライクに乗ったその時にOSを書き換え、その場にいた友人を守り、なおかつミゲルを退けたというのだから、
これを才能の二文字で納得しろと言われても、それは無理だ。むしろ奇跡といわれた方がまだ納得できる。
ミゲルとて相当の実力者。確かに纏う制服は緑だったが、その実力はクルーゼを始めとして誰もが認めている。クルーゼ隊に入隊して
すぐの自分達を指導してくれたのは他ならぬミゲルだったのだ。G奪取作戦が成功していたら、彼の制服も赤に変わっていただろう。
ラスティも含めG奪取作戦終了後はそのGのパイロットとなる事が内定していた自分達五人のうちの誰かが欠ければ、彼がそれを受け
継ぎパイロットになっていたはずなのだから。
その彼に、初乗りの初実践で、打ち勝った。
嘘をついているとは思えない。
だが。
ならば、彼女は…コーディネイターの中でも異質な存在である事に間違いは無い。
裏切った裏切らない、それ以前の問題で。
いわばナチュラルの中でコーディネイターが異質なように、コーディネイターの中で更に異質な存在………。
「……キラ・ヤマト…か」
知りたい。もっと知りたい。
彼女の事を。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
海原が実際アスランボイスで聞いてみたいセリフ第一位が出ました。
「気易くキラの名を呼ぶな!!」
是非聴きたいです。はい。
ちなみに第二位は第九章(2)の「イザークはよくて、俺は嫌なのか!!」
第三位…はまだ出てません。
ところでアスラン、お互い恋愛感情ないから婚約解消は問題ないって言ってますけど、
ありまくりですってば。
ラクスとの婚約には政治色も絡んでるって事すっかり頭から飛んでます、このお兄さん。