BRING ME TO LIFE
第一章・囚われの姫君
(1)
男達の密談から、少し時間をさかのぼる。
「……ん…」
「気が付いたかしら? お嬢さん」
女性らしい高い声に、アジアなまりの発音。
誰…?
…思い出し、ハッと身構える。
「貴様っ!!」
「安心して。あなたはちゃんと帰してあげるわ」
「何!?」
持ち前の気の強さでキッと相手を睨みつける。
「ホラホラ、そんなに身を乗り出しては、危ないわ」
「っ…」
言われてみれば、ここは車の助手席。
周囲を確認すると、確かに市街地へ向かっている。
「………あいつはどうした?」
「屋敷で教えたでしょう。彼はコーディネイター。私達には彼を保護し、本国へ帰す義務があるの」
前髪の左右のサイドにメッシュが入った品の良い女性は、そう言って冷静に言葉を選ぶ。
「保護に義務って…あいつは自分の意志でこっちにいるんだぞ! 拉致もいいところだ!」
「……」
女性はサングラス越しにちらりと少女を見ると、再び運転に意識を戻す。
「………あなた、今の戦争は何と何が戦っているか、知っている?」
「? 何だ今更。地球軍とザフトに決まっているだろう」
「実質は、ナチュラル対コーディネイター、といったところね。この構図の中でコーディネイターである彼がナチュラル側の兵士として
戦う事に、どんな意味があると思う?」
一瞬眉間にシワを寄せて押し黙ってしまう少女。
そんな少女の表情に優しく苦笑して、女性は言葉を続けた。
「彼の存在は、とてもデリケートだわ。バランスが危うい。もしも彼がMSの操縦能力に長けていなければ、また話は違ったのだろうけど…
どちらにしても、ナチュラル・コーディネイター、双方にとって格好の材料となる事は間違い無いわ」
「材料? 何の」
「…戦いを仕掛ける口実よ。もしくは利用価値でもいいわ」
ザフトにとっては、同胞を多く殺した裏切り者として。
地球軍にとっては、唯一奪取を免れたMSの優秀すぎる操縦者として。
裏切り者を始末する。ザフトにとってはそれだけでも攻撃の格好の口実になる。しかも相手は民間人にまぎれるでもなく、堂々と敵軍の
艦に乗っているのだから更に都合が良い。
地球軍にしても、コーディネイター同士で戦い合うという事態は思わぬものであっただろうが、しかしこの状況は好都合なはず。
両親がナチュラルなら裏切られる心配は薄い上に、万一の事態があって切り捨てる事になったとしても、苦々しさを感じなくて済む。
所詮コーディネイター、の一言で片付くのだから。
更に言えば、賢明な指導者ならこの状況を、「コーディネイターにもナチュラルと相容れる者はいる、頑なな支配者きどりなのは一部だ」
として世論を煽ることも有り得るだろう。…現在の指導者は、彼を単なる特攻隊長としか利用していないようだが。
「…その上彼は、優秀すぎる結果まで出してしまった。…これを利用しない指導者はいないでしょう。このままの状態でいる事は、
何より彼にとって良くないわ」
「どうして! あいつは友達を守りたくてアークエンジェルに乗ってるんだ! お前達こそ、裏切り者とかいって吊るし上げる為に
あいつを捕えたくせに!!」
女性の言い様にムッとした少女が反論するが、女性はどこか悲しそうな表情のまま、じっと前を見据えて運転を続けている。
「あなたは賢い子だわ。わかるはずよ。彼の置かれた立場が、どんなに危険なものか」
その上でそう諭されては、…どう反論する気にもなれない。
確かに一理ある…とか思ってしまうのも、また困りもの。
…そういえば、彼がストライクのパイロットとなって再会してから、彼の笑顔を見ていない。
彼が守ると言って憚らない「友達」達との間に流れる、奇妙な空気も感じていた。
それを思い出すと、更に何も言えなくなってしまって。
程よい町外れで、車は止まった。
無言で車を降りる。
「私はアイシャ。あなたは?」
「…カガリだ」
「カガリ。平和になったらまた会いましょう。その時には、あなたと別の話がしたいわ」
「………」
複雑な顔で小さく俯いた少女に微笑して、アイシャと名乗った美女は車を発進させた。