++「BRING ME TO LIFE」第一章(2)++

BRING ME TO LIFE

第一章・囚われの姫君
(2)







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 コーディネイターは、遺伝子を調整された完璧なる生命体。
 故にナチュラルには致命的な病気には感染しないし、自然発症の恐れもない。
 だが、それを逆手にとって、コーディネイターにしか効果が現れない薬物を開発する者も存在する。そしてそれは、彼らを敵視する ナチュラルとは限らない。

「………ん……」
 寝覚めが悪い。気分が悪い。気持ちが悪い。
 胸がムカムカして、頭がギリギリと締め付けられるよう。
「…………… !?」
 しかし、目の焦点がゆっくりと合うと、それが見たことのない天井で、思わず飛び起きてしまう。
 途端に眩暈を起こし、半身を起こした状態で倒れそうになった。
「っ…」
 右手でベッドに手をつき、左手で額を抑える。
 …どうしたんだ。
 思い出す。自分は一体どうしたのか。

「気が付いたかね。キラ・ヤマトくん」
 ガチャッという物音にはっと顔を上げると、扉を開いたのは砂漠の虎ことアンドリュー・バルトフェルド。
 水差しとコップを持って、彼は扉を閉め、自然にベッドサイドの椅子に座った。
「…」
「頭がグラつくだろう。水を飲んでもう少し休めば、すぐに良くなる」
 コップになみなみと水を注いで、キラの前に差し出す。
 その間に、キラは思い出していた。
 カガリと共に買い出しに出た街で、妙なアロハ男と出会った事。その男を狙う銃撃戦に巻き込まれ、彼が砂漠の虎その人だと知り、 ソースを頭から被ったカガリのために屋敷に招かれた事。そして、語り合った事…。
 しかし、そうだ。
 カガリと共に帰してくれるという事で玄関へ向かう途中、突然嘔吐感と激しい頭痛を覚え、そのまま意識を手放してしまったのだ。
 キッとアンディを睨みつけるキラ。
 彼は困ったように苦笑し、肩を竦めた。
「これには何も入っていないよ。何なら、私が先に飲もうか?」
「結構です。それより、彼女は」
「彼女なら今、アイシャが責任を持って送り届けているよ」
 つまり捕えられたのは自分一人という事か。
「強引な手段だった事は謝罪しよう。だが君はただ捕える事はできても、簡単に身体検査をさせてはくれなかっただろうからね」
「身体検査?」
 一瞬顔が青ざめそうになったのを、虎は気付いただろうか。
「捕虜に身体検査をするのは当然だろう。どこに武器を隠し持っているか知れない。…しかしまさか、天使(アークエンジェル)を守る 騎士(ナイト)が、実は姫君(プリンセス)だったとは…思わなかったがね」
「!!」
 びくんっ、と心臓が跳ね上がる。
「なっ、何をわけのわからない事を言ってるんですか!」
「誤魔化せる状況かどうか、自分の状態をよく確認してから言うんだね」
「…っ」
 虎に背を向け、恐る恐る両手で胸を確認する。

 ―――――ない。
 女性特有の胸のふくらみを抑えつけていた薄型の特殊プロテクターが、取り外されていた。
 見られた。知られた。
 かあっと頬が熱くなる。

「僕の名誉の為に言っておくが、君が女性と判明してからは、ちゃんと女性兵士に検査を代わってもらったよ」
 キッ、と顔だけ振りかえってアンディを睨みつけるキラ。
 彼はやれやれと方を竦め、サイドボードに水差しとコップを置いて足を組む。
「で? どうしてわざわざ性別を偽っているのかね?」
「……」
「ヘリオポリスのIDも男扱いだ。一体どうなっている?」
「そんな事、あなたに関係ありません」
 これ以上教えてなどやるものか。


 両親から…特に母から、きつく言われていた。女性であることは絶対に秘密なのだと。
 だから、どんなに嘘をつく罪悪感に苛まれても、アスランにさえ隠し通していたのに。
 こんな形で暴かれる事になるなんて。
 ―――フレイにだけは………知らせてしまったけれど。

 表情が翳り、再び顔を背けて俯きこむ。
 やれやれとばかりに溜息をつかれたが、振り返る気にも、顔を上げる気にもなれなかった。
 しかし。
「…っっ!?」
 思いきり肩を引かれ、乱暴にベッドへ仰向けに倒れこまされる。そのまま、両肩を固定されて動きを封じられた。
「なっ」
「君は自分の置かれた状況を正しく理解しているかね? 君はコーディネイターとはいえ、立派な地球軍の士官だ。それがこうして 捕えられているという事は、捕虜になった、という事なのだよ」
「そっ、そんなことは分かってます! それとこれと、何の関係が」
「捕虜に対する尋問は、正攻法だけとは限らないという事だ。例えば…」
 あっという間にキラの両手を束ねて頭上で固定したアンディは、空いたもう片方の手で彼女の乱れた服の前を完全に開き、するりと その肌に触れた。
「っ!!?」
 びくん、と跳ねる体。
 触れた手が愛撫に変わり、本能的な恐怖で身をよじる。
「なっ、何す…っ、やめて下さい!!」
「やめて欲しいのなら、先ほどの私の問いに答えてもらおうか」
 意地悪な微笑。
 羞恥で赤く染まった頬。眉を寄せて睨まれても、扇情的なだけで。
 蹴り飛ばしてやろうかと足を上げれば、彼の膝に組み敷かれて封じられてしまう。
「く…っ、や…やめ…っ…!!」
 快感、又は快楽と呼ばれる未知の感覚に怯えて震えるキラ。
 潤んだ大きなアメジストの瞳で見つめるように睨まれて、アンディの悪戯心はエスカレートしてしまう。
 無理に抑えつけられていたにしては形のよい胸の膨らみ。バランスを考慮して計算された女神像のように、彼女の体は美しかった。
 その胸の膨らみと鎖骨の中央あたりを狙って、唇を落とした。
「!!」
 また体が震えるのが手に取るように解る。アンディは構わず、そこに赤々と痕を残した。
「…ん…っ」
 鼻にかかったような甘苦しい吐息。
 もっとかき乱してみたいとも思ったが、そこは大人として理性を保つ。
「――――ほう? どうやら感度は良好のようだな」
「!」
 かっと頬に熱が集まる。
 キラの上からベッドサイドへと降りるアンディ。腕を解放されたキラは咄嗟に左手で服を集めて体を隠し、右手で迷わず彼の頬を打った。
「……一体っ、何考えてるんですかあなたは!!」
 必死なキラの様子に、思わず目を見開き、そして笑ってしまうアンディ。
「安心したまえ。子供に本気で手を出す程不自由はしていないよ」
 潤んだ瞳をキッと尖らせたその時、コンコンと扉がノックされた。
 はっと掛け布団の中に潜り込むキラ。
「アンディ? 彼女を、送り届けて来たわ」
「ああ、ご苦労。今行く」
 ぽんぽんと布団の上から軽く叩く。
「念の為に言っておくが、見張りがいるので下手な真似はしないように。じき、君を本国へ連行する事になるだろう。本国から迎えも来る」
「………」
「まだ本調子じゃないんだ。ゆっくり休んでおく事だな」
 そう言い置いて、アンディは部屋を出た。


 ―――出るなり、アイシャに耳をぐいっと引っ張られる。
「痛てててっ、アイシャ!?」
「アーンディー? さては彼女に悪戯したわね?」
 えっ、と思わず彼女を見ると、にっこり微笑んでいた。
 …この微笑みが怖いのだ。
 それにしても女というのは、どうしてこう鋭いのだろう。
「………ちょっとした悪戯をしたのは、否定しないが、…なぜ解るんだ?」
「あら、誰でも判るわ。アンディったら鼻の下伸ばしてるんだもの」
 にっこり。
「それにほっぺた。冷やしておかないと、部下達に示しがつかないわよ?」
 極上の笑顔で微笑みかけながら、耳をつねる手は力の緩む気配がなかったりして。
 …これだから彼女にはかなわない。

「隊長!!」
 そこへ、見るからに怒りを見て取れる表情の副官・ダコスタが走ってくる。振り向いたアイシャは、やっとアンディの耳を解放した。
「バルトフェルド隊長、例の捕虜から手錠を外したと聞きましたが…」
「ん? ああ」
 こともなげに頷くアンディに、ダコスタは戸惑いを隠せない。
「…隊長!! あれはあのストライクのパイロットでしょう!?」
「ダコスタ君。ひとに対して『あれ』というのは失礼よ。改めなさい」
 穏やかな口調でそう諭したアイシャ。顔は笑っているが、…微妙に笑っていない。
 うっ、と詰まるダコスタだたが、しかし食い下がる。
「…彼は、我々の仲間を何人も殺しているんですよ! そんな相手を野放し同然で屋敷に置かれるとは、失礼ながら、正気の沙汰とは 思えません!!」
「そう神経質になる事もない。彼女が狂戦士になるのは、ストライクという獣の皮を被った時だけだ。むやみに爪を立てるような馬鹿な 真似はしないさ」
「しかしっ、…はっ、…はっ? 隊長、あの…今なんと」
 まぬけに言葉をどもらせ、ダコスタは困惑してしまう。
「ん? 君はまだ聞いていなかったかね?」
「アンディ、忘れたの? 検査の時部屋にいた者にはトップシークレットとして固く口止めしたでしょう?」
 あの時とは当然、アンディがキラの身体検査を行った時だ。
 カガリが着替えを済ませ、二人が玄関へ向かい、キラが倒れて、カガリに当身を入れ。
 そうして捕えた捕虜に対して隊長自らが身体検査をして、…結果、女性体である事が暴かれて。その瞬間アンディは、同室していた 二名の兵士にこのことを口外せぬよう緘口令を出した。ただ、カガリを送って戻ったアイシャへ伝言を指示した以外は。
「ああ」
「ああ、じゃないわ。しっかりして頂戴」
「た、隊長、あの…」
「つまりそういう事だ。他言無用だが、彼女は女性だよ」
 …そんなあっさり言われても。
 眩暈を覚えたのは気のせいではないはずだ。
「丁度良い。アイシャ、ダコスタ君。君達に極秘任務を命ずる」
「は、はっ」
 思わず額を抑えてしまったダコスタだったが、アンディの隊長としての声にはっと姿勢を正す。
「まず、アイシャ。キラ・ヤマトについての情報を集めろ。どんな些細な情報も逃すな」
「了解」
「ダコスタ君。君には、君の古巣のデータを洗ってもらう」
「は?」
 奇妙な指示に、ダコスタは思わず問い返してしまう。
「…『エルクラーク研究機関』のデータを、ですか? しかし、今の私のコードでどれだけアクセスできるか…」
「あらゆる手段を許可する。責任は私が持とう」
「…」
 当惑を隠せない。
 が、しかし。
 彼が―――砂漠の虎と異名を取る程の人物がここまで言うという事は、何かあるのだろう。そこに何かがあるという、確信が。
 勿論その何かとは、キラ・ヤマト、もしくはストライクに関する事である筈。
「了解しました!」
 力強く返答して、情報室へ向かう。


「――――――アンディ…」
 複雑な視線をよこすアイシャに、彼は困ったように微笑した。

 エルクラーク研究機関。
 それは、モルゲンレーテ社への出資の八十%近くを占めるエルクラーク財団が所有する研究所。数セクションに分かれ、それぞれ 遺伝子研究や兵器開発、コーディネイターの不妊症治療研究等を専門的に取り扱っているとされる。
 一部にはモルゲンレーテとほぼ同化しているセクションもあるとの噂もあるが、書類上は全くの別物。
 だが、この研究機関の特異性は他にある。
 一つは、その内部がほとんど非公開となっている事。
 地球の各政府ともプラント評議会とも太いパイプを持ち、その両者から研究依頼があるとされている。それを裏付けるのが、 トッシークレット扱いの情報が多すぎる事実。結果、その研究内容や成果・結果の詳細を外から窺い知る事はほとんど不可能となっている。
 もう一つは、その構成人員。研究者にしろ管理者にしろ、ナチュラルとコーディネイターの両者が入り乱れているという事実。
 ナチュラル対コーディネイターという構図の戦争の真っ只中にあって、このエルクラーク研究機関だけはその常識が通用していない。

「何か、確信があるの?」
「…そう改めて問われると、実は困ってしまうんだがね」
 でも。…おそらく、何かある。

 IDにすら『男性』と記される程、完璧に男を装っていた少女。
 ナチュラルの中で生活していたコーディネイター。
 ストライクの中で目覚める狂戦士。
 ―――彼女にまつわる全ての因子が、あまりに特異すぎて。
 更に、ヘリオポリスでモルゲンレーテが極秘裏に開発していたMS。エルクラークとモルゲンレーテの繋がりは前述した通りだが、 キラがそのヘリオポリスで暮らしていた事さえ偶然じゃなかったとしたら。



「………むしろ、何も出なければいいんだがな……………」
 ぽつりとこぼしたアンディの言葉に、アイシャは小さく目を伏せた。




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