BRING ME TO LIFE
第十章・歌姫と戦争
(1)
二人を強引に追い出して、彼は穏やかな表情で戻ってきた。
「驚かせてしまってすみません」
「あ、…いえ……」
手で頬をごしごしこすりながら、座りなおすキラ。
「昨日はろくに話もできないまま、一方的にひっぱたいてしまって。…ただ、言ったことを取り下げるつもりはありませんけどね」
「………」
「…と、こんな話は後にしましょう。どうやらあなたとは、ゆっくり話す席がちゃんと用意されたようですから」
「…」
顔を上げると、彼は優しく微笑んでいた。
昨日の厳しさが嘘のように。
「お隣、いいですか?」
「え? …あ、はい、どうぞ」
確認をとってから、キラの隣に腰掛ける。手に持っていたバッグから、体温計を取り出して差し出した。
「僕、こう見えても医者の端くれなんです。だから、診察させてもらいますね」
「…え……あの」
「ニコルです。ニコル・アマルフィ」
「キラ・ヤマトです。…えと、ニコルさん…それじゃ昨日…」
さっき二人を追い出した時に彼が自分を『彼女』と呼んでいたことを思い出して恐る恐る尋ねると、ニコルは困ったように微笑した。
少しだけ、頬を染めて。
「…昨日も、僕が診察させてもらいました。だから…その、すみません。あなたが女性だという事は、昨日もう……」
「………」
アスランにもみんなにも、必死で隠してきたのに。
秘密が暴かれる時はあっという間。
何ともいえない顔で絶句してしまったキラに、ニコルは小さく溜息をついた。
「本当にあなたは謎の多い人ですね」
「え?」
「女性だという事をちゃんと主張すれば、もっと優遇されるのに。御存知でしょう? 第二世代コーディネイターの男女比」
「…僕は、第一世代ですから…」
「あ、……」
俯いて、耳で計るタイプの体温計を操作するキラ。
そのキラの表情に、ひょっとして彼女はナチュラルの両親を守る為に地球軍に志願したのだろうか、とニコルは考えた。
プラントにおけるナチュラルの扱いは、排斥の一言。
そもそもプラントは、ナチュラルから不当な弾劾を受けたコーディネイターが新天地を求めて移り住んだ場所。ナチュラルを受け入れて
いるプラントは中立国所属のプラントのみで、その数は圧倒的に少ない。
それでも、子供にコーディネイトを施した親であれば、一応プラントに住むことはできる。だが、血のバレンタイン以降、ナチュラルへ
向けられる眼差しは冷たく憎悪に満ちたものに染まりきっている。自分達は野蛮なナチュラルとは違うと、そのプライドがあるから
辛うじて『事件』が起こらないだけで。
そんな中で両親を暮らさせるのはいたたまれないと、そして戦争が泥沼化し膠着している今、ナチュラルがプラントにいるのは危険だと、
そう思って地球に降りたのだろうか。
…だが、地球においても『第一世代のコーディネイターとその親』というのは微妙な存在の筈。実際、過去にブルーコスモスのテロや
虐殺に巻き込まれたのはコーディネイターばかりではない。子供にコーディネイトを施したというだけで、同じナチュラルでも殺されたと
いうのだから、危険な事に変わりは無いのに。
と、そこまで考えたところで、そういえば照会した彼女の資料には、地球軍のID以外に中立国オーブ・ヘリオポリスのIDもあった
事を思い出した。
確かに中立国なら、ナチュラル人口の方が圧倒的に多いものの、コーディネイターへの風当たりはそう大したものではない。だが、
彼女はストライクに乗る為にヘリオポリスにいたのではなかったのだろうか。
問い尋ねたい。なぜ、と。
様々な疑問の答えを求めたい。
…しかし。今はまだ問うべきではない。
そんな疑問を、ちゃんとぶつける機会があるのだから。それもこのすぐ後に。
だから今は、医師に徹底しなくては。
「…熱は下がったみたいですね。ちょっと血液検査させてもらいたいので、腕、いいですか?」
「はい」
大人しく従って腕を出す。小型の採血機がちくりと刺して、あっさりと血液採取は終わった。
「ありがとうございます。それじゃ、朝食にしましょうか」
「…あ」
結局飾られたままのトレイへ視線を移して、困ったような顔になってしまうキラ。
「………いただきます」
けれど、わざわざ持ってきてくれたのだからと思い直し、トレイを膝の上に乗せる。
バターロールを千切って、口へ運んでゆく。
「…ゆっくり噛んで、少しでも食べて下さい。無理に全部は食べなくていいですから」
ニコルの優しい声に頷いて、キラは黙々と食べ続けた。…と言いたいところだが。
「……ごちそうさまでした…」
「……」
バターロールを半分とヨーグルトだけを食べ終えて、苦しそうな表情でキラはそれをサイドテーブルへ戻した。
「…すみません、折角……イザークが持ってきてくれたのに」
あれ、アスランが持ってきたんじゃなかったのか、なんて頭の片隅で思いながら、しかしいくら何でも、病み上がりの人間にこの量は
少なすぎる。
「…キラさん? もう少し食べられませんか? せめて果物だけでも…」
「……………」
うっ、と詰まって、泣き出しそうな仔猫のような目でじっとトレイを見るキラ。
そんな彼女に、ニコルはそれ以上強く勧めることもできなくて。
「…わかりました。無理しなくていいって、言ったところでしたよね」
「すみません…」
「その代わり、栄養剤を注射しておきますから」
「…はい」
注射器の準備を始めるニコルに、大人しく腕を出す。
その細い針先が、キラの白い腕に刺し込まれた。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
実際キラってどのくらいごはん食べてるんでしょう。
本編では食べてるシーンほとんど出てこないし。
わざわざ描写する必要がないから画面に出てこないものだと解釈するにしても、
それにしてはカレッジ組はわりとしょっちゅう食べてる気が(^^;)するんですけどね…。
ほっそいし、キラ。…痩せの大食いとも言いますが、キラの場合はほんとに少食のような感じ。
とりあえずここのキラはべっこり凹みまくってるので食欲減退しまくっています。