++「BRING ME TO LIFE」第十章(3)++

BRING ME TO LIFE

第十章・歌姫と戦争
(3)







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 すっかり冷えてしまった紅茶を淹れ直して、ラクスが戻ってくる。
「ねえディアッカ。今までお話したような事を、考えたことがありますか?」
「…いんや。そこまで深く考えた事なんか、ねェよ」
 ぶすっと答えるディアッカに、ラクスは可笑しそうにクスクス笑った。
「軍に入って、活躍して、敵を討って、勝って、勝ち続けて。そうすりゃ、…こんな戦争なんかすぐ終わるって信じて、突っ走ってきた んだからな」
「その真っ直ぐな気性、好きですわよ。ディアッカ」
 にこっと笑うラクス。その顔に、先ほどまでの何かを含んだような気配はまったくない。
「そしてそれは、軍人である為には必要な事なのでしょう。兵士が自分の考えを持ってそれぞれに動いていては、統率が取れません。 それでは『組織』が崩壊してしまいます。個としての考えを持ち、それに基いて動くことは、兵士として最も愚かなことです。あくまで 上官の命の通りに動き、命令に従って戦い勝たねばなりません。…そうでしょう?」
「………」
「たとえザフトという軍の特色として、ある程度現場において各自の判断で行動することが許されているとは言っても、隊長命令や作戦 目的から大きく外れるような行動を起こすことは、当然できません。独断先行も、あくまで作戦遂行の為に必要であれば認められるという だけのこと。大筋を外れることはできませんわ。…つまり…、ディアッカ」
 ふっ、と真顔に戻り、真っ直ぐにディアッカの目を見る。

 …本当は、自分で気付いて欲しかったけれど。
 実際に軍属となって、戦って、…殺して。
 その中で気付いて欲しかったけれど。

「あなたが勝ち続ける事でもたらされる結果は、誰かの思惑通りに戦局を運んでいるだけに過ぎません。…例えば圧倒的な勝利をもって 戦争を終結させたとして、その後の世が本当に平和になるのかどうか、それを考えたことはありますか? 殺して、殺されて、失われた 命の上に遺された、怒りと憎しみだけが満ち満ちた世界に、勝者として君臨するものが押し付ける平和など、本当に『平和』と 呼べますか? それで遺された人々は幸福になれますか?」



 押し黙ってしまったディアッカ。
 新しく淹れた彼の紅茶は、結局またぬるくなってしまった。
「…キラはきっと、わたくしと同じものを見ています」
 そんな彼に、最初の質問の答えを語り出す。
「戦えば戦う程、殺せば殺す程に、戦争の終わりには近付いていたとしても、平和からは遠ざかってゆく。敵を生かして守れば殺される。 敵の死をもって戦いを終わらせなければ守れない。今の戦場は、そんな不毛な死の繰り返しでしかありません。…では、それを終わらせる には、どうしたらよいのでしょう」
「…そ、れは……」
 答えに窮するディアッカに、優しく微笑むラクス。
「…その答えは、まだわたくしにも見定めることができません。……キラとわたくしが、寸分の違いなく同じ意見だとは思いませんわ。 けれどキラは、戦場の中にあって戦い続けながら、でも戦う事に迷うことのできる強い方。ただ大切な方たちを守るために戦う。 戦いたくないのに戦わねばならない矛盾を抱えて、それでも戦場に立つ強い方。戦争の終わりと、その向こうにある筈の平和な時代を 見たいと願い、もがき、壁にぶつかって苦しむ方。………だから…どうしようもなく惹かれるのですわ。きっと」
「……………」
 複雑な表情で、ディアッカはテーブルを睨む。

「ハロッ、ミトメタクナイ、ミトメタクナーイッ」
 ぴょんぴょんと飛び跳ねてくるハロにはっと気付き、受け止める。
「…なんだかな…。なんか、オレが考えなしのバカみたいじゃねえか」
「そうですわね」
 微笑んだまますんなり肯定すされ、片眉を吊り上げてやれやれと溜息。そのまま、ハロを放ってやる。
「テヤンデイッ、ハロッ、ハロッ」
 跳ねてゆくハロを目で追って、時計に気付く。
 長話をしたり寛いだりしている内に、もう十時が近付いてきていた。
「―――――タイムリミットだ。じゃ、オレ行くわ」
「あまりキラを苛めたら、承知しませんわよ? わたくしの大切なお友達なのですから」
 ディアッカは少し目を丸くして、似合わぬ盛大な溜息。優しく微笑んで、すっと彼の手を取る。
「…あなたを混乱させるつもりはありません。ただ、あなたにも探してほしいのです。戦争の向こうにある平和を。そして、あなたの 見出した平和の姿を、わたくしに教えて下さいませ」
「……………」
 取られた手をすくい返して、その甲にそっと唇を落とす。
 誰からの目があっても、歌姫に忠誠を誓う騎士のキスに見えるように。
「気をつけて帰れよ」
「ええ。あなたも、お気をつけて」
 他の誰にも見せない甘い笑顔を返して、部屋を出るディアッカ。


 まだ少し、気分が重たいけど。
 とにかくこの為に降りて来たのだから、山ほど溜まっている疑問をぶつけてやる。
 ストライクのパイロットに。

「…あ〜、でもあんまりキツく言ったらあいつ怒るだろうなァ。それに…」
 ……イザークとアスランの二人から同時に殺気を飛ばされるのだけは勘弁してほしい。
 二人のあの少女への思い入れぶりを思い出し、やれやれと溜息。
 さっきからなんだか溜息が多いなと思いながら、昨日の応接室へ辿りつき、ルームコールをかける。
 中の応答を待たずに部屋に入ると、…アスランとイザークが零下百何十度だろうという程の冷たい空気を放ちながら、離れたところに 座っていた。お互い、相手の姿は目に映さないようにして。

「……おいおい…。この部屋冷房効き過ぎだっつーの」




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