++「BRING ME TO LIFE」第十三章(3)++

BRING ME TO LIFE

第十三章・錯綜する想い
(3)









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 強引にアスランを連れ出したニコルは、彼を自分の部屋へ招き、まずお茶を淹れた。
 彼が一口飲んでから、切り出す。
「アスラン。少し、キラさんと距離を置いてくれませんか」
「……………」
 ソーサーにカップを戻そうとしていたアスランの手が、止まる。
「彼女との同室も、撤回して下さい」
「断る」
 即答するアスランの声の冷たさに、さすがにギクッとしてしまう。
「主治医として、彼女の健康の為に言っているんです」
 かちゃん、と殊更音を立ててカップを戻すアスラン。
「キラ・ヤマトは捕虜だ。プラントへ送致するまで、俺が責任を持って彼女の身柄を預る。そのための同室だ。医師の判断だとしても それは譲れない」
「アスラン…! …子供みたいな駄々こねないで下さい」
「何?」
 僅かに棘を含み始めたニコルの言葉に、アスランの視線もきつくなる。
「あなただって本当はわかっているんでしょう? キラさんの食欲減退も精神疲労も、全部あなたが発端なんですよ! あなたの一挙 一動に…彼女がどんなに過剰に反応するか。あんなに傍にいて気付かない筈がない」
「……………俺が、キラに疎まれてると、そう言いたいわけか。だから隔離しようって事か!」
「…どうしてそういう曲解するんですか…!」
 自嘲気味な歪んだ笑顔から吐き出される言葉に、ニコルは逆に呆れてしまう。
「そういう事だろう!! 俺が、俺の存在がキラの負担になっていると、そう言いたいんだろう!! お前は!」
「落ちついて下さい。まったくもう、本当にキラさんの事になるとすぐ頭に血が昇るんですね。普段はあんなに冷静なのに」
「っ………」
 ぎりっと握った拳。静かに、息を吐き出しながら力を抜く。
 そうしてアスランは、一度自分を落ちつかせようと、もう一度紅茶を飲んだ。
「…あなたは、なにをそんなに焦っているんです?」
「………」
「彼女が地球軍側につく事になった経緯は、聞いたはずでしょう? 僕はあれで、納得できましたけど。アスランは違うんですか?」
「……………」
「擦れ違いはしましたけど、それでもやっとキラさんはあなたのところに戻ってきたんじゃないですか。逃亡してAAへ戻る機会を 伺っている様子もない。あなたと敵対してでも守りたかったご友人が、まだAAに乗っているにもかかわらず…ですよ? これがどういう 事か、わからないんですか?」
 冷たい瞳のまま、ふいっとニコルから視線を逸らす。
 そんなアスランの様子に、盛大な溜息が出てしまう。
「………逃げたりしたら、あなたに迷惑がかかるからですよ」
「……俺に?」
「そうです。あなたが身元引受人である以上、捕虜の彼女が抵抗したり反抗したり、逃亡しようとしたりしたら、あなたの管理責任能力が 問われる事になるでしょう。キラさんは、それを思って、大人しく捕虜としてここに留まっているんですよ」
 表情の変わらぬアスランに、ニコルはまた小さく溜息。自分も、紅茶を一口飲んだ。


 どうして自分がここまで言わないと分からないのだろう。いや、むしろアスランには、それを分かっていて否定しているような節も 見られる。
 ニコルには不思議でならなかった。
 彼女はあんなにアスランを思っているのに、どうして彼は気付こうともせず、否定するのだろう。
 合意無く強行手段に出たアスランに怯え、戸惑ってはいるものの、彼を恨んだり憎んだりするような様子は全く見受けられない。その ことで彼を責めている様子もない。
 それが、つまりどういうことか………。傍目から見ている自分にもよく分かるのに、どうして一番近くにいる筈の彼が気付かないのだろう。

 一方アスランは、暗い気分でニコルの話を聞いていた。
 脳裏に浮かぶのは、送信されてきた特別平和大使たちのデータ。
 その内五名は、彼女がAAに残り地球軍に志願する理由となった、ヘリオポリスの友人達だという。
 女子二名。…男子、三名。
 この男達の中にキラを『女』にした奴がいる。
 いや、ひょっとしたら、MAを駆りストライクと共にAAを守ってきた『エンディミオンの鷹』…この男かもしれない。彼が突然 パイロットになって戦場へ出る事になったキラを何かとかまい、支えていたらしいという事も、データには書き添えられていた。
 …キラが『女』として好意を捧げ、その身を委ねた相手。この四人の内の誰かが。
 ニコルの言いたいことなど、アスランにはよく分かっている。だが彼は知らないのだ。キラには自分と違う意味で特別な存在がある事を。
 キラにとっては自分など、偽りを通して済ませられる程度の、ただの昔の友達にすぎないのだ。
 それなら完全に切り捨てればいいのに、…彼女は優しいから。
 一緒に過ごした九年間を、それでも友達として大事にしてくれるから。
 …所詮、同情にしかすぎないのだろうけど。


「……………それで結局、同室を撤回してくれる気はないんですか。アスラン」
「……ない」
 静かに、だがはっきりと答える。
「アスラン…」
「正式な連絡はこの後行うが、後日オーブから特別平和大使がここへやってくる」
「え?」
「その構成人員のほぼ全員が、元AAのクルーだ」
「……」
「表向きは終戦のきっかけにするためにキラをオーブへ引き取るためとか言っているが、それを隠れ蓑にしてストライクのパイロットを 取り戻そうという地球軍の策謀でないという保証はない。彼女への監視は、強化せざるをえない」
「…それで同室は続行、あなたは二十四時間キラさんにべったり。そういう事ですか?」
「…」
 べったり、というニコルの言い様に一瞬眉をひそめてしまう。
 それに気付いているのかいないのか、ニコルは再びカップに口をつけた。
「……でも、良かった。彼らの目的はどうあれ、お知り合いの方に会えれば、キラさんもホッとします」
 アスランの拳がまた握り締められて、ガタンと立ち上がる。
「ニコル。用件がそれだけなら、俺はこれで失礼する」
 予想通りの反応だとばかりに、また溜息がでてしまう。
「わかりました。でも、あなたがどんなにキラさんを閉じ込めたくても、僕は主治医として、彼女を引き篭らせる気はありませんからね」
「………治療だというのなら、できる限りは協力する」
 そう言いって、半分以上紅茶の残っているカップを置いて出ていってしまうアスラン。


「…まったく…本当に、どうして気が付かないんでしょう…」
 やれやれと肩を竦めてしまう。

 アスランはキラが好きで。そしてキラもアスランが好き。
 キラにはアスランが特別で、アスランにもキラは特別で。
 ほんの僅かな間しかキラと交流のない自分にだって、はっきり見えるのに。…それを思うと、なんだか心にすきま風が吹くような 不思議な感覚さえ覚える程。
 わかっていないのは恐らく当人同士だけ。


 お互い、あともう少し言葉があれば、そしてそれを信じ合う事ができたなら、幸福を手に入れることができるのに。
 確かに彼女はコーディネイターでありながら地球軍に組した裏切り者と位置付けられ、捕虜として拘束されている身ではあるが、しかし 同時に貴重な女性のコーディネイターである以上、彼女に極刑が下ることは考えにくい。強硬派が、裏切り者の血など要らぬ、などと 不穏な事を言い出したりしない限りは。
 だとしたら。
 彼女を公然と手に入れられる位置にいるのは、きっと国防委員長の子息であるアスラン・ザラに他ならないというのに。

 どうしてあんなに彼女を追い詰め、自分も追い詰めるのだろう。



「…不器用な人達ですね」
 ……ニコルはぽつりと呟いた。




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
ニコルvsアスラン。しかしやはりアスランはヘタレ気味。
…なんでカッコいいアスランが書けないかなぁ、私…。
ここに限って言えばむしろニコルのほうがキリッとしてるような(^^;)
だ、第二部に入ればちゃんとカッコいい見せ場あるから、アスラン!!(←かなり必死に自己フォローしてみる)
…ていうか、本当は第一部第二部っていうふうに分けるつもりじゃなかったんだけど…インデックスが重くなってきたんで…。